Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

10月9日◇交換プロジェクト<バリ編>の成果報告


b0090333_146485.jpg 今回のバリ帰省にもっていった29体の「ヒト」の交換が終わった。
 もちろん最初に交換をお願いしたのは私の「バリの父ちゃん」、木彫りの師匠マデサナの父親だ。常備している噛みタバコとそれを包む葉っぱと交換。
 バリの我が家は観光地として有名なUBUDから東南に5キロほどの村。まだまだ元気な70歳以上のお年寄りがたくさんいるだろうと舐めてたら、意外にも少なかった。ここでは皆さんお天道様の下で働いているから、50歳、60歳でもすっかりシワシワになっちゃうようだ。こっちが年寄りだと思ってた人が実は50代ってことも何度かあった。


 逆に相当な年齢の人になると、自分の生まれを西暦で覚えたことなんてないから、正確な年齢をつかむことができない。「日本軍が入ってきた頃に何歳だった?」とか、「インドネシアが独立したときのこと覚えてる?」とか、「アグン山が噴火したときはもう成人してた?」とか、そんな大きな事件の記憶から大体の年齢を探るしかない。
 村の中で一人でも性格に年齢のわかる人がいれば、あとは簡単。
「XX爺さんと比べて、お婆ちゃんはもっと若いの?それとも上?」
と計算していく。とはいえやっぱり正確ではないことが多いけれど…


b0090333_1473287.jpg まずは父ちゃんに案内してもらって近所のお年寄りを探した。むかいに住んでるお婆ちゃんはバリのカスターで高層な家計の人だけど、70歳過ぎても建材屋の砂運びのバイトをしている。だから交換物はその「砂」。ザルいっぱいの砂をもってきてくれたけれど、丁重に断って一握りだけ交換してもらった。


b0090333_1481973.jpg 私が娘のように可愛がってるエリパニの嫁ぎ先はマンク(ヒンドゥーの僧侶)の家。大家族の末っ子と結婚したので、義理の父はお爺さんほどの年齢。話を聞いてたら日本軍がバリに入った時の記憶があるというので、70歳は越えている。ってことでタバコ1本と交換。


b0090333_1494226.jpg この村にはまだまだお年寄りがたくさんいるというので、娘婿に案内を頼んで近所を回った。嫁ぎ先の隣に、娘婿の親類というお婆ちゃんがいた。日本軍が入ってきたときにすでに娘だったということは、おそらく90歳近い。見事に垂れた乳が魅力的。
「ミドリ、この写真をジャワの展覧会に出したら、イスラム教徒が『ポルノだ』って怒らないか?」
と娘婿が心配顔。う~ん…、どうだろうねぇ。この垂れ乳で「ポルノ論争」になるんだろうか?私にもちょっとわからない。


b0090333_14102439.jpg バリの田舎では生めよ増やせよだったから、私と同じ世代の友達でも、末っ子だったりした場合には親がかなりの年齢ってことがある。絵描きの友達タンキの場合もそう。彼はまだ30歳そこそこだけれど、両親は共に70歳を越えている。痩身にくわえ煙草、ヤクザの妻っぽいタンキの母ちゃんはものすごいヘビースモーカー、缶入り煙草を常用している。私のリクエストで、使い込んだグダンガラム(インドネシアでポピュラーな煙草の銘柄)の缶カンと交換成立。


b0090333_1411145.jpg その他にはヒンドゥーのお供え物のパーツ、木彫り(さすがは私の村、木彫り師が多い)、薬のタブレットなどなど27品が集まった。滞在中に読んだ本『サムライ、バリに殉ず』の著者坂野氏から、今回のプロジェクトに役立てば…とPETA(祖国防衛義勇軍)の生き残りが集まっている組合のトップを紹介していただいた。早速ジョグジャに戻る前にそのお爺ちゃんと会い、どのくらいのお爺ちゃんがまだバリで生き残っているのか、大事なリストももらえることになった。
 今まで何気なく通っていたバリ島の各地に、実は日本軍の強制労働でバリ人が作らされた要塞や防空壕がまだ残っていることも聞いた(「ロームシャ」という日本語がそのままインドネシアに残ってるくらいだからな)。


 今回はここまででタイムオーバー。交換プロジェクトは11月末~12月にかけて私が再度バリに戻って継続させることにする。私のレバラン休暇もこれで終わり。N翁の紹介で素晴らしい本と出会えた。そして気軽に貴重な情報をくださった著者坂野氏にも感謝!
 次回のバリには残る73体の「ヒト」を持って出かけるぞ~。
by midoriart | 2008-10-09 14:04 | Bali