Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

9月23日◆ジャワの交換プロジェクト:ブリタルの反乱

最近はジョグジャでブリタル(Blitar)市のことを予習している。東ジャワの小さな町ブリタルは初代大統領スカルノの出身地。そして「独立の父」と称された彼の立派な墓もこのブリタルにある。

b0090333_16173394.jpg インドネシアの子供たちはみんな「ブリタル」を知っている。なぜならブリタルで起きた「ペタ(PETA)の反乱」は歴史の教科書に必ず出てくるからだ。日本のインドネシア占領末期(1945)、インドネシア人防衛義勇軍(Pembela Tanah Air、略してペタ)のブリタル駐屯部隊が、日本軍に反乱したのだった。
(日本軍の作った「労働を!」のポスター)

b0090333_16191469.jpg日本軍は1945年8月の終戦までペタを制御下においてきたが、唯一の例外が「ブリタルの反乱」だった。反乱の動機は食事や待遇への不満で、政治的理由ではないらしい。けれどもインドネシアの歴史で、これは「独立前史」として高く評価されている出来事。反乱の首謀者スプリアディは生死不明のままインドネシア共和国初代のインドネシア軍司令官に指名される名誉を得た。


b0090333_1619389.jpg PETAとはいったい何か?
戦中、戦線拡大に伴って日本軍は兵員不足を「HEIHO(兵補)」と呼ばれるインドネシア人で補った。その次に計画されたのがけれジャワ人による「PETA=郷土防衛義勇軍」の設立。つまり、もとは日本軍の兵員の穴埋めだったのだけれど、自らの軍隊を持つことはジャワ人の願いでもあったため、たくさんのジャワ青年が志願してできたのがPETA。

b0090333_16195511.jpg PETA発足によって日本軍のもっていた教育学校が「ボゴール義勇軍練成隊」へと発展し、卒業生が故郷に帰って大団を編成するようになった。訓練には日本軍人があたり、訓練を受けたジャワ人幹部が一般募集の兵士の訓練に当たった。

 ジャワ島で66大団、バリ島で3個大団が編成され、スマトラ島にもスマトラ島民による軍が設立され、“スマトラ・ギユーグン(義勇軍)”と名づけられた。日本の敗戦後、オランダの復帰とともに勢いを増してきた独立運動を指導して、新生インドネシア共和国軍の創設に参加したのがPETAのメンバー。PETA出身のスディルマン将軍は共和国軍を率いて独立戦争を戦った。第2代大統領スハルトも、PETA中団長だった。こんな歴史の流れを見ると、もとは日本軍の勝手で結成されたPETAは、結果的には後のインドネシア国軍幹部の人材養成機関としての役割を果たしたことになる。


 11月に愛知県美術館で開催される私の個展『廣田 緑:交換プロジェクト’07 ~アジアの記憶~』では、今年5月にフィリピンはバギオで実行した1000人との交換プロジェクトと、このブリタルでの交換プロジェクト、二つの交換プロジェクトの成果を展示する予定。

b0090333_16203343.jpg バギオでの交換を思い立たせたのは、マニラの博物館で見た「デス・マーチ」だった。日本軍が行った非道な行為としてフィリピンの人たちの記憶に刻まれている。そして今度はインドネシアで、日本軍と関わりの深い場所で、関わった人たちと作品交換をしたいと思ってリサーチをしていた私は、親しい友人のチャハヨに相談してみた。
(ブリタルにあるPETA兵士の像)

「ねぇねぇ、ジャワ島内で、日本軍と縁深い場所ってどこだろうねぇ?」
「そんなの、うちの村だよ。なんたってPETAの大きな部隊があったんだから」
 これがブリタルを知るきっかけだった。


 ジョグジャの友チャハヨ。昔からこのブログを読んでくださっている方には「東」として知られる、中部ジャワ沖地震の救援活動「こどもプロジェクト」の立役者だ。その後も私たちは事あればコンタクトをとりあっている。今回の個展の準備では、フィリピンの映画監督の重鎮キドラ・タヒミックが自ら撮影してくれた私の交換プロジェクトのビデオに、日本語字幕をつけることも彼が手伝ってくれた。

 そして今度はジャワでの交換プロジェクトの場所に、彼の出身地を選んだ。これも何かの縁だろう。ひょっとして、このプロジェクトのために、もともと地震を介して彼と知り合っていたんじゃないかと思うようなグッドタイミングだ。


 自分の村の過去をテーマにして、私がブリタルへ行くことを、チャハヨもとても喜んでくれ、7時間の道のりを運転して送ってくれることになった。というか、全スケジュールを彼と、現地にいる彼の友人たちがサポートしてくれることになった。むちゃ頼もしい。
 すでに今、現地の友達がPETAの生き残り爺様たちの名簿を入手し、私が訪ねられるようにスケジュール調整をしてくれているというからスゴイ。26日の早朝に出発して、4日間で100個のヒトと交換することを目標にガンバる。

※参考サイト
http://www.jttk.zaq.ne.jp/bachw308/page028.html
by midoriart | 2007-09-23 16:21 | Yogyakarta