2月25日◆2ヶ月半ぶりの被災地訪問
2007年 02月 25日
マイクロウェーブの調子を試すため、今日は5分でバゲットを焼いてみた。成功!想像どおりのほんのりキツネ色に焦げたトーストの完成!10年あまり、フライパンで焼いてきたトースト。もちろんそれでも焼けなくはないけれど、中への火の通り方が、やっぱり違うもんだ。とにかく10年欲しくて手に入らなかったものが今ここにある幸せ。しばらくはこの喜びと感動を、美味いトーストと共に味わえそうだ。
昨年末の解散&慰労会(2006年12月9日付『こどもプロジェクト解散パーティinタンキル』参照)以来、「こどもプロジェクト」の立役者、東とは会っていなかった。彼もすでに今までの暮らしに戻り、テレビや映画、CMの撮影などのプロジェクトに参加して仕事をしている。
少し前に報告したように、国際交流基金の慰問団がもうすぐジョグジャにやってくる。これは本部(東京)からの企画で、ジャワ島中部沖地震の被災地を4人の芸人さん(という言い方でいいのかわからないけれど)が慰問することになり、その公演会場の一つに、我らのバンブー幼稚園が選ばれたのだ。本部のKさんは「こどもプロジェクト」の早くからのメンバーでもあり、過去にジョグジャで学生時代を送ったこともあり、特に思い入れもあるようだ。
過去に作った3つの幼稚園のうちから一箇所を選ぶにあたり、東とも相談した上で、一番最後に作ったロロン村第3幼稚園に決めた。なぜなら幼稚園の関係者が村の衆とうまくやってるし、先生たちが私たちの想像する「先生=教育者」、心から子供の教育や将来のことを考えてるように見えるからだ。
選んだ以上、この幼稚園の現状が気になっていた。1月末に一時帰国からジョグジャに戻り、雨季を迎え、被災地がどうなっているか、ずっと気になってはいたものの、自分自身の雑用があって、なかなか足が向かなかった。活動当時は毎日のように通っていた場所だけれど、用がなくなって思えば、実際にはとってもとっても遠い場所だったのだなぁ・・・。
東に連絡して、彼の撮影が終わって時間が出来たら、一緒に3つの幼稚園を回ってもらうように頼んでおいたら、今朝携帯にメッセージが入った。
「ミドリ、今日なら時間があるから向こうまで行けるよ」
それで早速、雨の中を二人で被災地へ向かったというわけだ。12月9日の解散パーティ以来、2ヶ月半ぶりの被災地。
まずはジェティス村第2幼稚園。幼稚園のまん前にこんなでかい建物が建設中でビックリした。せっかく気合入れて描いた絵は、この建物で隠れてしまっていた。なんでも政府が村単位に送った支援金で、この村は集会所を建てるらしい。日曜ではあるけれど、大工がそぼ降る雨の中、タラタラと仕事をしていた。(右端に茅葺き屋根が見える、それが第2幼稚園)
幼稚園の中はこんな感じ。今日は日曜なので無人だけれど、ちゃんと有効利用されているようで安心した。
次に交流基金の慰問団が訪れる予定のロロン村第3幼稚園へ。やっぱりここを選んで正解だった。周辺まで清掃も行き届き、環境が保たれていた。遊具も、村の衆が相互協力で運んで盛り土した広場に移されていた。
中もこの通り。名古屋のメンバーが学園祭で参加者と一緒に作ってくれた折鶴も、ちゃんと天井から垂れ下げてあった。
さらに、トイレ周辺にはこのように小さな植木鉢が並べられていた。3つの幼稚園の中で、我々が作って手渡した後に、現場の人たちが何らかの形で手を加えてあるのを見たのはこの幼稚園だけだ。もらったものを「もらいっぱなし」にするのではなく、自分たちでよりよくしようという気持ちが見えて嬉しかった。そして最後にタンキル村第1幼稚園へ。
ここは昔の記事を参照してもらえばわかるけれど、幼稚園の先生がちょっと信用しにくい態度に出てたり、いろいろ問題もあったので、慰問団の話があったときもまったく候補にするつもりはなかった。けれど今回は3つの幼稚園の現状を見ておきたかったし、なんといってもタンキル村の魅力は幼稚園じゃなくて村長さんの奥さんの手料理。だから今日の幼稚園訪問でも、私と東は無言のうちに、ここを最後の視察地と決めていた。そうすれば奥さんの手料理をいただいて腹を満たして帰宅できる。
わざわざ伝えておいて奥さんが無理して豪勢なものを用意してくれちゃっては恐縮なので突然いったにもかかわらず、運良く私の大好物、ココナツミルクをふんだんに使った鶏肉のグライ(煮込み)が出来たところだった!幼稚園の視察も忘れてしっかりいただいた。
村長の家も、政府からの再建補助金で少しずつ家の形になってきていた。それでもこの毎日の雨と、家一件建てるにはとても足りない政府補助金のため、まだまだ先は見えないという感じだけれど、今日3箇所を見て周り、以前の悲惨さからは少し立ち直ったかな…。少なくとも、行って帰ってきたら車も身体も埃だらけというのはなくなった。(一番最初に作ったタンキル村第1幼稚園)
でも逆にこの雨季で、寒がりの私なんかは気づかないうちに身体の芯が冷えてしまっていて、家に帰ってすぐに暖かいお湯をためて湯船につかった。村長の奥さんも、
「最近は寒くってねぇ・・・」
と言ってたから、お年寄りたちにはつらい季節だろう。私たちが関わった被災者のみんなが風邪を引かないようにと祈りながら被災地をあとにした。
by midoriart
| 2007-02-25 23:10
| Jawa Earthquake

