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Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

2月19日◆雨季の憂鬱と日本からの慰問団


2月19日◆雨季の憂鬱と日本からの慰問団_b0090333_213490.jpg ここんところ、雨季が本格化している。ジョグジャはジャカルタほど排水システムが悪くないので洪水こそないけれど、一定時間に集中して降るので、我が家の前の道路も時間によってはボートが出せそうになる。雨水がひいたあとには、お決まりのゴミがあちこちでヘバりついていて美的にも衛生的にもよろしくない感じ。
(写真はジャカルタの洪水。おっちゃんが船漕いでるのは墓場。死んだ人もたまったもんじゃない)


2月19日◆雨季の憂鬱と日本からの慰問団_b0090333_214354.jpg そんな雨季に入り、まず影響の出たのが米。例年なら新米がぞくぞく集まり始めるはずの今、米の入荷はさっぱりで、稲は収穫までまだ2ヶ月以上かかる見込み。天候不順で通常の植付けが遅れたり、水害で苗を植えなおしたのが原因だけれど、それに加えて私の暮らしている中部ジャワでは、病害やネズミの被害もかなり大きいらしい。
(ジャカルタの市民の足、バジャイ。ジョグジャの我が家の前も、このくらいの水位にはなる)


  おかげで1週間ほど前から米の値段がいきなり上がってて大変。市場では購入量の制限をしたり、安値の米を買うのにすごい人が並んだり、天気は悪いは米は高いは、エライことになっている。

 最近の雨は午後から降り始めるので、筆と足りなくなってきた絵の具を買うのに朝一番から出かけてきた。午前10時頃、バリのN翁よりSMS(携帯電話のショートメッセージ)が入った。
「ヒロタさん、ジョグジャで豪雨だって聞いたけど、大丈夫なの?」
  豪雨は毎日のことなんだけど、バリの翁が心配するような何かがあったのか?


2月19日◆雨季の憂鬱と日本からの慰問団_b0090333_21112637.jpg  気になって家に戻って調べたら、どうやら昨日18日午後5時、ジョクジャのうちから北東へ3キロほどにあるルンプヤンガン架橋周辺で竜巻が起こったらしい。普段私がよく通る道だ。昨日の竜巻はここらで起こり、東へ移動してから再び西へ戻ったらしい。この約15分の間に、付近の倉庫のトタン屋根が吹き飛び、道端に出ていた屋台などは10mも飛ばされたという。車で通ってたらどうなってただろう、怖っ・・・。
(ジョグジャでの写真がなかったので、写真はアメリカ製竜巻)


 かわいそうなことに、ここに生えていた老樹ガジュマルが根こそぎ倒れてしまったらしい。最近の雨はやり過ぎ、暴れ過ぎ、ホントに。この竜巻で被害にあった家屋は519戸、負傷者も30人いるというから結構デカかったんだろうなぁ。昨日はジャカルタでも竜巻が発生して、倒木や民家破損の被害が出ているらしい。日本でも竜巻があったニュースを聞いたことがあったけれど、これも世界的異常気象の一環なのだろうか???


2月19日◆雨季の憂鬱と日本からの慰問団_b0090333_2161994.jpg そうそう、少し前にジャカルタの国際交流基金(独立行政法人ジャパンファンデーション)Tさんから連絡があった。あらゆる分野での国際交流を図っているジャパン・ファンデーションは世界中に支局をもっている。私はインドネシアで暮らし始めてからずっとここにお世話になっている。インドネシアでの個展、私が企画した日本人アーティストによる展覧会やワークショップ、近いところでは去年開催されたフィリピンでの個展の時にも、フィリピンへの渡航費と滞在費(これはマニラ支局から)、またインドネシアからフィリピンへの作品輸送費(こちらはジャカルタ支局から)を交流基金に助成していただいた。
(しつこくジャカルタの洪水の写真。都会のくせして水はけをちゃんと考えてないあたり、さすがインドネシア。毎年同じことしてて直さないあたりも本当にサスガにインドネシア)


 昨年のジャワ中部沖地震で私が始めた救援活動「こどもプロジェクト」を知った国際交流基金本部(赤坂のアーク森にある)のKさんは、ジョグジャカルタで学生生活を送ったこともあるインドネシア通、すぐに私のもとに義捐金を送ってきてくださった。そしてずっと「こどもプロジェクト」の活動をブログをとおして応援してくれていた。
 去年10月日本へ一時帰国したとき、被災地への慰問を基金本部の事業として実現させようと頑張っていたKさんと対面し、現地の子供たちに望まれるものは何か、ベストな時期は、場所は・・・と、現場の意見を伝えてきたのだけど、これがついに実現するはこびとなったらしい。そしてKさんの希望で、この交流基金からの慰問団が、我々の作ったバンブー幼稚園1舎へも訪問できるようにスケジュールを調整することになったのだ。


2月19日◆雨季の憂鬱と日本からの慰問団_b0090333_21125680.jpg 雨季の時期をできるだけずらし、2006年度の予算で実現させるとなると遅くても3月末までに実行しなければならない。というわけでスケジュールは3月20、21日。やってくる慰問団はヨーヨーのプロ、手品師、南京玉すだれ師(?)など4名。
(こどもプロジェクトが3つめに建てたロロン村第3バンブー幼稚園は2006年11月22日に開園した)


  私が幼稚園の子供たちからリクエストを受けた「サッカーの中田に会いたい(それなら私も!)」「お相撲さんを見たい」「ドラえもんに会いたい、無理ならアレを描いた人と一緒にお絵かきしたい」という希望は叶わなかったけれど、被災地の子供のことを思うやさしいオジちゃん・オバちゃんが来てくれるようなので、それはそれで楽しみ。
 撮影中で忙しい東と相談し、我々の関係したロケーションから1箇所選ぶなら、最後に建てたロロン村第3バンブー幼稚園がベストだってことになった。ここは村人と幼稚園の先生のつながりが強く、周囲の村とも円満なので、慰問団が来たときも周囲の人たちにオープンにできる。自分たちで独り占めするんじゃなくて、近隣の皆さんを招待することもできるからだ。

 日本からのご一行が来る前に、おそらくジャカルタ支局のTさんと打ち合わせすることになるだろう。詳細が決定しだい、メンバーの皆さんにもこの場で報告したいと思う。
by midoriart | 2007-02-19 21:07 | Jakarta