東からのメッセージ:親愛なる日本の友へ
2006年 12月 12日
「こどもプロジェクト」終了の報告以来、ブログ上のコメントで、また私へのメールで、多くのメンバーから労いのお言葉をいただいている。ここであらためてお礼を言いたい。また、東グループへもよろしくとのコメントがたくさんあったので、昨日まとめてインドネシア語に訳し彼に渡した。【東と出会ってすぐの頃。どこへ何を届けるのかを相談中】
「みんながあんたのこと、スゴク高く評価してくれてるよ。活動の最後に、あんたから日本のメンバーに伝えたいことはない?何人かが興味をもってるあんたのバックグランドについても、もしよかったら少し話してくれない?」
と頼んだところ、今朝一番のメールで彼が返事をくれた。
以下は彼の言葉を私がそのまま訳したものだ。文中私が補足した部分は()にして「註」としてある。
親愛なる日本の友へ
まずはじめに、個人として、またインドネシア国民の一人として、5月27日に起きたジャワ島中部沖地震の被災者に対する暖かいご支援をくださった日本の皆さんに心からお礼申し上げます。
私を含む「BE VOLUNTEER INDONESIA」のメンバーは、それぞれ違ったバックグランドをもっています。現役の学生もいれば、常にあらゆるボランティア活動に関わっている者もいます。私が最初にボランティア活動に関わったのはアチェとニアスの災害のときでした。ここで私は、救援活動団体によって行われる多くの不正行為(義援金の不正使用などのことを言っているのでしょう:註)の結果、被災者たちがより困窮を極めていくという現実を目のあたりにしました。過去にインドネシアで起こった天災でも、本来最初にアクションを起こすべき既存の救援活動団体がなかなか敏速に動かず、支援が状況に適したものでないがために、被災者は被害をより大きくするという悪循環を私は何度も見てきました。
こうした経験の中から、我々は外部からの支援(物資であれ義援金であれ)が直接被災者の手に届く救援の方法を独自に考えるようになったのです。そのため、今回の地震では、被災者に対して最適でタイムリーな支援をすることができたと思っています。【こどもテント第1号チャベン村の東】
活動形態として、我々は常に被災者との現場のコミュニケーションを重要視しています。だからこそ、彼らの多くの意見を聞いた上での、被災者が最も必要とする救援を実現することができたのです。また、他の救援団体とのコミュニケーションも怠りませんでした。そうすることで、救援が一部に集中したり重複することを避け、全体に平均して救援が行き渡りました。
日本の皆さんが、私の生い立ちについて興味をもたれていると聞きました。自分自身のことを話すのは少々照れますね・・・。
自慢しているように誤解されると困るのですが、私は言ってみれば充分な暮らしのできる両親のものに生まれました。父はまぁまぁの給料所得者でしたが、だからといって我々子供は贅沢な暮らしをさせてもらったことはありませんでした。高校生くらいまで、私はこの状況に対して不満をもっていました。なぜかといって、私の両親は自分の子供よりもよその子供に贅沢をさせ、私や妹にオートバイを買う代わりに、近くにイスラム寺院を建設するような人間だったからです。
けれど、私が大学生になってから、これらすべての深い意味が理解できるようになりました。私の両親は、質素に暮らし、援助の手を伸ばしている人たち、援助を必要としている人を優先するようにと、私たち子供を教育してくれたのです。
「与えれば、与えたもの以上の恵みを必ず後に得る」両親から学んだこのコンセプトは、今も私が常に心に留めていることです。
Cahyo Inda
そして今日はプロジェクトから報告が一つ。コッキン(国際緊急援助隊)がミッションを終えて帰国するときに、我々プロジェクトのために譲ってくださったでっかいホワイト・ボードは、先日テントの撤収の際に第4テントから引き上げ、こどもプロジェクト第3バンブー幼稚園へ持っていくはずだったのだけれど、幼稚園側から引き取りにくることができないので、別の場所で使ってくれればいいと連絡があった。
そこで、東の町内で全壊してしまった幼稚園があるので、そこへ寄贈を決めた。今日ニュトラン幼稚園に、コッキン・ホワイト・ボードが運ばれた。私は今日の夕方から久しぶりのジャカルタ。展覧会の打ち合わせがメインの用事なんだけれど、運良く国際映画祭と日程が重なった。大都会の映画館で質の高い映画を見ることができるのもちょっと楽しみだ。
さらに、ジャカルタといったら、私と東を引き合わせてくれた日本人の友人Sさんもいる。彼は最近テレビや映画で引っ張りだこ(彼はインドネシアでただ一人の日本人喜劇役者)なのだけれど、明日は私のために時間を空けてくれている。活動報告も兼ねてたくさん話すことがいっぱいありそうだ。
by midoriart
| 2006-12-12 16:51
| Jawa Earthquake

