地震読本2,346冊デリバリー
2006年 11月 27日
こっちの小学校は朝が早い。昼間があまりに暑くて、勉強なんてやってられないので、まーまー涼しい時間にササッと授業をする。『こどもプロジェクト地震読本』を配布するのには早朝じゃないといけないので、今朝は午前7時に出発。小学校のデータ収集をしてくれた東グループの姉ちゃんエスティンと、運転手は東。
今日配付したのは全部で14校。報告として、以下に学校名と配付数(生徒数+先生数)を記しておく。
{Wojo 2(160), Ngoto(235), Pacar(215), Wukirsari(100), Imogiri 2(250), Imogiri 3(300), Gadungan Kidul(130), Gadungan 1(185), Gadungan 2(130), Pundong 1(190), Pundong 2(105), Patalan(121), Patalan 4(100), Patalan Baru(325)}
【最初に訪ねたウォジョ第1小学校の校長先生と】
以上、今日ですでに2,346冊が子供たちの手に届いた。残りは654冊。ここまで配ったところでお昼になってしまい、小学校には誰もいなくなっちゃったので、今日のデリバリーは終了。残りは東の家の近くの小学校と、この救援活動の最初を助けてくれていたブラム夫婦の一人娘が通っている小学校へ配付するとする。
ところで、今日の地震読本配付、正直いってムッチャ疲れた。
これは、単に天気のせいじゃない。ここは南半球なので、クリスマスは夏になる。確かにむちゃくちゃ暑い。でも今日の疲労はそのせいだけじゃない。
まず小学校に入っていき、代表者(最初は校長先生狙いで、いない場合は代理)に会い、こちらの趣旨を告げる。そこでまず、
「あらまぁ~、日本から?でも、インドネシア人みたいですわねぇ~、インドネシア語、お上手で・・・」
ってアリキタリなお世辞攻撃から始まり、次になんでこの本を持ってきたのかを説明する。
「で、日本のどちらから?」
彼らは私が名古屋から来たことを知りたいんじゃない。日本のどこの組織かを知りたいのだ。こどもプロジェクトの場合、ここらへんから説明が複雑になってくるので時間を要する。
それでも、同伴のエスティンがたまに交代で話してくれたので、暑さの中で喉カラカラにしながら毎回おんなじこと言うのもなんとかクリア。しかししかし、まだこんなにも疲労しているのはなぜか。それは、14校のうち3校で遭遇した、とんでもないヤツらのせいなのだ。
二つ目に行った小学校のオヤジ、コイツは校長じゃないんだけれど、代表で私とエスティンを客室に迎え入れ、
「で・・・。オホン・・・」
何をもったいぶってるかと思えば、
「今回のサポートは、この本だけ?本・・・だけ? お金とかはないんかね?」
ときた。この手の輩と会うと私はすぐキレる。こんなジジーなんか相手にせず、生徒数だけを聞き、テントで授業中の先生に本を手渡しした。こんなジジーに預けて、本が届くかもわからん(子供のケンカみたいに聞えるか?)のでダイレクトが一番。
幸いにも、この女の先生はとてもいい感じの人で、
「まぁ、ありがとうございます。これをくださった日本の皆さんに神の恵みがありますように。
我々も、これで子供たちと学び、今後に生かしたいと思います」
とまで言ってくれた。この言葉で救われたけど、あんなジジーが教育機関にいると思うとインドネシアの子供たちの未来が心配になる。
【この女先生の真摯で謙虚な態度には救われた】
さらに別の小学校。仮設テントで授業中の女先生は、子供たちなんてお構いなしに、ひたすら携帯電話でSMS(ショートメッセージ)をパカパカ打っていた。私が近づいていって、
「日本の皆さんが地震についての知識本を作ったので、ここで配付したいのですが、生徒数は何人ですか?」
と聞くと、めんどくさそうに携帯電話から手を離し、
「あの~、この本以外には何も支援がないのですか?お金とか?」
ときた。それも子供たちのいる前で。
ついにキレた私は
「先生、もしもこの、『地震についての知識』という日本の皆さんからの気持ちだけじゃ足りないというなら、私が代表して謝りましょう。お金が欲しいなら、どうぞ他の機関に頼んでください」
こんな先生経由じゃ心配なので、テントの子供たちにその場で渡して配ってもらった。
【ちなみにこの写真の先生たちはイイ人。オバカな先生撮ったら私のカメラにおバカがうつるのでそんなことはしない(って子供のケンカか?】
そんなこんなで疲労の半日だった。最後の仕事である地震読本の配布が進んだという意味では、喜んでもいいのだけれど、教育の現場にはいて欲しくない輩を見てしまうと、なんともいえぬ疲労感。例えば、これがインドネシアの習慣だっていうなら、東やエスティンはどうってことないわけでしょ、でも彼らも怒ってるってことは、やっぱヤツらがおかしいんだ。
ちょうど昨晩のラジオでも言ってたわ、インドネシア人ってのは、物に対して価値を認めることはできるけれど、知識(本)や文化(コンサート・映画)に対しては価値を認められないでいるって。被災したら、物質のサポートの方が、今後の地震に対する知識より大事ってわけだ。物事を先の先まで長い目で考えられんのかねー・・・。
ま、悪い方だけを見て心を痛めているよりは、感謝してこれを役立てると約束してくれた先生の方を思い出してればいいんだけど。それと、これを手にしたときの、子供たちの興味シンシンな顔、こっちを思い出して、今日の仕事はよしとしよう。東、エスティン、お疲れさま~。
==================================
◆東って誰?って思う方は、当ブログの「新たな仲間登場」
http://midoriart.exblog.jp/d2006-06-05を見てください。
◆「救援パック・プロジェクト」隊員って誰?って思う方は「ジョグジャ救援パック小隊:隊員紹介」
http://midoriart.exblog.jp/d2006-06-14を見てください。
◆救援パック・プロジェクトの1ヶ月の会計報告は
http://midoriart.exblog.jp/d2006-06-27を見てください。
◆救援パック・プロジェクトの2ヶ月目の会計報告は
http://midoriart.exblog.jp/d2006-07-23を見てください。
◆救援パック・プロジェクトの3ヶ月目の会計報告は
http://midoriart.exblog.jp/d2006-08-27を見てください。
◆救援パック・プロジェクトの4ヶ月目の会計報告は
http://midoriart.exblog.jp/d2006-09-27を見てください。
◆救援パック・プロジェクトの5ヶ月目の会計報告は
http://midoriart.exblog.jp/d2006-10-18を見てください。
◆救援パック・プロジェクトの6ヶ月目の会計報告は
http://midoriart.exblog.jp/d2006-11-23を見てください。
今日配付したのは全部で14校。報告として、以下に学校名と配付数(生徒数+先生数)を記しておく。
{Wojo 2(160), Ngoto(235), Pacar(215), Wukirsari(100), Imogiri 2(250), Imogiri 3(300), Gadungan Kidul(130), Gadungan 1(185), Gadungan 2(130), Pundong 1(190), Pundong 2(105), Patalan(121), Patalan 4(100), Patalan Baru(325)}【最初に訪ねたウォジョ第1小学校の校長先生と】
以上、今日ですでに2,346冊が子供たちの手に届いた。残りは654冊。ここまで配ったところでお昼になってしまい、小学校には誰もいなくなっちゃったので、今日のデリバリーは終了。残りは東の家の近くの小学校と、この救援活動の最初を助けてくれていたブラム夫婦の一人娘が通っている小学校へ配付するとする。
ところで、今日の地震読本配付、正直いってムッチャ疲れた。これは、単に天気のせいじゃない。ここは南半球なので、クリスマスは夏になる。確かにむちゃくちゃ暑い。でも今日の疲労はそのせいだけじゃない。
まず小学校に入っていき、代表者(最初は校長先生狙いで、いない場合は代理)に会い、こちらの趣旨を告げる。そこでまず、
「あらまぁ~、日本から?でも、インドネシア人みたいですわねぇ~、インドネシア語、お上手で・・・」
ってアリキタリなお世辞攻撃から始まり、次になんでこの本を持ってきたのかを説明する。
「で、日本のどちらから?」
彼らは私が名古屋から来たことを知りたいんじゃない。日本のどこの組織かを知りたいのだ。こどもプロジェクトの場合、ここらへんから説明が複雑になってくるので時間を要する。
それでも、同伴のエスティンがたまに交代で話してくれたので、暑さの中で喉カラカラにしながら毎回おんなじこと言うのもなんとかクリア。しかししかし、まだこんなにも疲労しているのはなぜか。それは、14校のうち3校で遭遇した、とんでもないヤツらのせいなのだ。二つ目に行った小学校のオヤジ、コイツは校長じゃないんだけれど、代表で私とエスティンを客室に迎え入れ、
「で・・・。オホン・・・」
何をもったいぶってるかと思えば、
「今回のサポートは、この本だけ?本・・・だけ? お金とかはないんかね?」
ときた。この手の輩と会うと私はすぐキレる。こんなジジーなんか相手にせず、生徒数だけを聞き、テントで授業中の先生に本を手渡しした。こんなジジーに預けて、本が届くかもわからん(子供のケンカみたいに聞えるか?)のでダイレクトが一番。
幸いにも、この女の先生はとてもいい感じの人で、「まぁ、ありがとうございます。これをくださった日本の皆さんに神の恵みがありますように。
我々も、これで子供たちと学び、今後に生かしたいと思います」
とまで言ってくれた。この言葉で救われたけど、あんなジジーが教育機関にいると思うとインドネシアの子供たちの未来が心配になる。
【この女先生の真摯で謙虚な態度には救われた】
さらに別の小学校。仮設テントで授業中の女先生は、子供たちなんてお構いなしに、ひたすら携帯電話でSMS(ショートメッセージ)をパカパカ打っていた。私が近づいていって、「日本の皆さんが地震についての知識本を作ったので、ここで配付したいのですが、生徒数は何人ですか?」
と聞くと、めんどくさそうに携帯電話から手を離し、
「あの~、この本以外には何も支援がないのですか?お金とか?」
ときた。それも子供たちのいる前で。
ついにキレた私は
「先生、もしもこの、『地震についての知識』という日本の皆さんからの気持ちだけじゃ足りないというなら、私が代表して謝りましょう。お金が欲しいなら、どうぞ他の機関に頼んでください」
こんな先生経由じゃ心配なので、テントの子供たちにその場で渡して配ってもらった。
【ちなみにこの写真の先生たちはイイ人。オバカな先生撮ったら私のカメラにおバカがうつるのでそんなことはしない(って子供のケンカか?】
そんなこんなで疲労の半日だった。最後の仕事である地震読本の配布が進んだという意味では、喜んでもいいのだけれど、教育の現場にはいて欲しくない輩を見てしまうと、なんともいえぬ疲労感。例えば、これがインドネシアの習慣だっていうなら、東やエスティンはどうってことないわけでしょ、でも彼らも怒ってるってことは、やっぱヤツらがおかしいんだ。ちょうど昨晩のラジオでも言ってたわ、インドネシア人ってのは、物に対して価値を認めることはできるけれど、知識(本)や文化(コンサート・映画)に対しては価値を認められないでいるって。被災したら、物質のサポートの方が、今後の地震に対する知識より大事ってわけだ。物事を先の先まで長い目で考えられんのかねー・・・。
ま、悪い方だけを見て心を痛めているよりは、感謝してこれを役立てると約束してくれた先生の方を思い出してればいいんだけど。それと、これを手にしたときの、子供たちの興味シンシンな顔、こっちを思い出して、今日の仕事はよしとしよう。東、エスティン、お疲れさま~。==================================
◆東って誰?って思う方は、当ブログの「新たな仲間登場」
http://midoriart.exblog.jp/d2006-06-05を見てください。
◆「救援パック・プロジェクト」隊員って誰?って思う方は「ジョグジャ救援パック小隊:隊員紹介」
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◆救援パック・プロジェクトの1ヶ月の会計報告は
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http://midoriart.exblog.jp/d2006-09-27を見てください。
◆救援パック・プロジェクトの5ヶ月目の会計報告は
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◆救援パック・プロジェクトの6ヶ月目の会計報告は
http://midoriart.exblog.jp/d2006-11-23を見てください。
by midoriart
| 2006-11-27 19:56
| Jawa Earthquake

