Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

最後の栄養補助パック

午前中、東とスネ男おじさん(第1と第3幼稚園の壁画描きを手伝ってくれた東グループの一人)が最後の物資調達に行ってくれた。70人の栄養補助パックを1週間分というと、彼のでっかいバンの後部座席までがいっぱいになる量だ。これだけを買出しし、車に積み、さらにそれを被災地で降ろし・・・という肉体労働を、ほぼ3ヶ月、東は続けてくれた。買出しには何度か一緒に行ったけれど、被災地へ届けるのには、私はついていかないことの方が多かった。

b0090333_22325485.jpg 今日は最後ということもあり、村長さんとこへも挨拶したかったので一緒に行き、荷降ろしも手伝った。こんな大変なことを断食月にもやってた東には本当に頭が下がる。いまさらながら、彼が天使に思えて目頭が熱くなった。


b0090333_22332950.jpg そうそう、その前にブラムの勤務するクラフト工房へ寄った。「こどもプロジェクト」ユニフォームがまだ残っているので、寄贈先に彼の工房近くの幼稚園を入れたのだ。幼稚園の建物自体は無事だったけれど、周辺の民家は多くが被災している。
着いた時間が遅かったので幼稚園関係者には会えなかったけれど、お向かいさんの子供がここに通ってて、ブラムとも知り合いだというので、ここに40セットを預けた。たまたま幼稚園で遊んでた子供たちには
「これは明日になったら先生からもらってね」
と言って、とりあえず記念撮影~。


b0090333_22335464.jpg 3ヶ月に渡って栄養補助パックと食事サポート(食事サポートは10月初旬で終了)をしてきたタンキル村のお隣さんがバンブー幼稚園の棟梁バンバンさんの村。ここへも1回だけの栄養補助パックを支給。57人の子供のパックを引き渡した。
【村長さんちに降ろした補助パックをバイクに積んで運ぶバンバンさん】


b0090333_22342026.jpg 3台のバイクで持ちきれず、タンキル村の村長さんもお手伝い。今日は村長さん、村の相互協力で大工仕事してる途中だったらしく、えらく格好が若いので笑えた。政府の被災者への建設援助金が降り始め、被災地では再建が開始された。こんなわずかな額で何ができるんだってな金額なので、まだまだ問題は多いけれど、今後もこの建築補助金の話はここで報告していきたいと思う。

 ここしばらく、我々の活動の報告写真が多かったので、じゃー、今いったい被災地の状況はどんな感じ?って思ってる人に見せようと、東が村長さんと喋ってる間に、タンキル村を散歩しながら今の様子を撮影して回った。

 最初の数件を撮って思ったのは、
「これ・・・
地震があった翌日に撮った写真と変わらんじゃん・・・」
ってことだ。
ここに6ヶ月、180日という月日が流れているとは思いがたい。これは特別ひどい家を撮ったわけじゃなく、どこにでもある民家。これが6ヶ月経った被災地の状況なのだ。

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 11月22日に最後の幼稚園が開園式を迎え、子供たちは雨季の前に安全な環境へ移動をすることができた。そして面白いことに、その翌日の夜、まさに半年ぶりにまとまった雨が降った。ジョグジャもようやく雨季に入ろうとしている。
 個人的には嬉しい。これで井戸の水が干上がりはしないかと心配しながら植木の水遣りをしなくて済む。シャワーだけじゃなくて、たまには湯船にもつかれるようになるだろう。けれど、こんな被災地の家々を見ていると、これで雨がきちゃったら、一体どうなるんだろう・・・と気になっていけない。


b0090333_22361742.jpg 我々ができることは限界がある。それはわかっている。
ボランティア活動も、団体行動も、ジョグジャの村の人たちと接することも、すべてが私にとっては初めてのことだったけれど、地震が起こっちゃったし、義援金も預かっちゃったし、なんとかしなきゃならないから、ここまで走ってきた。あと少しで活動も終わるというところまで来て、被災地がまだ被災当時と同じ状態なのを見ると、なんとも気持ちが重くなる。

b0090333_22365253.jpg 東とスネ男おじさんと私は、最後にタンキル村の村長さんと奥さんに挨拶をして村を去った。私のことをやたらと可愛がってくれる奥さんには今日、私の着古しではあるけれど、最近わりと女みたいな格好が好きになったために(写真ではそうは見えんか?)あまり着なくなったTシャツやセーターをまとめて渡してきた。何度も奥さんの手料理を狙いに来て、土産の一つも持って来れなくて、本当にゴメンなさい、奥さん・・・。
「ミドリ・・・、長い間ありがとうねぇ・・・。私らには、なんのお礼もできないけどさ・・・。たまには遊びに来てよ・・・」
こういう場面には弱い。返事をしようとしたけれど、声より先に涙が出そうになったので、握手してる奥さんの手をあわてて離して東の車に乗り込んだ。
 我々のサポートがなくなっても、タンキル村の子供たちには雨季にも負けずに元気に暮らしてほしい。

 残るは「地震読本」の配付、こどもプロジェクト・ユニフォームの配付とテントの撤去。
 週末は学校が休みで動けないので、「地震読本」は来週明けに東と動くことになる。引き続き報告をお待ちいただきたい。


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◆救援パック・プロジェクトの1ヶ月の会計報告は
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by midoriart | 2006-11-24 22:29 | Jawa Earthquake