Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

半年ぶりの名古屋

b0090333_0532686.jpg 午前8時15分。予定通りGARUDA航空名古屋行きがセントレア空港に到着。2日前のメールで姉が
「昼間は28度もあってみんなTシャツだよ」
と教えてくれたので、少々ナメ気味にTシャツにフリースのパーカーで帰国したけれど、着陸前のアナウンスでは
「現在、名古屋の地上気温は19度・・・」
幸いにもけっこう天気はよかったので、凍えることはなかったけれど、戦後すぐに建った我が家では、じっとしてると床からじんわり冷えてくる。早めにこの気温に順応しなければ・・・。
【地震で全壊して以来、ようやくリニューアルでオープンしたジョグジャカルタ空港の国内線待合ロビー】


b0090333_0485869.jpg ところで。
 私が家を長期で空けるときに一番手を焼くのが2匹の犬問題。おとなしく小さな犬ならば、本人(本犬?)のストレスはおいといて、犬好きの家に預けることもできる。けれど、うちのティルム(黒のでかい方)は頑固者で他人様のお宅へ厄介になることなど絶対にできない。だから今までも、私の留守中には友人が毎日、2匹のためにエサを運んできてくれたのだ。
【台所の窓から見下ろしたところ。黒がティルム、茶はモジャ】

 今までは近くに住んでいるブラムの奥さん、マヤが世話をしてくれていたけれど、彼女は近々ジャカルタのプロジェクトに引っ張られてジョグジャを空けることになるという。今後のことも考えると、お金を払って、仕事として引き受けてくれる人を探しておく方が無難だった。ジョグジャ在住の日本人の友人に相談したところ、あるジャワ人夫婦を紹介してくれた。
 彼らは自らも犬を飼っていて、今は隣人の日本人が飼ってる犬の世話も任されている。父チャン(40半ばくらいか)は以前、飼ってた犬が死んだときに、悲しみのあまり泣いていたらしい。そういう感覚をもった人ならば任せやすい。
 とっても慎重な父チャンは、私の出発前にティルムと面識を作ろうと、2度も足を運んでくれた。それでも、2匹がいる庭に降りるのは勇気がいるので、今までマヤがやってくれてたように、庭に向かって開かれた台所の窓から、紐を取り付けたエサの皿を引っ張り上げ、そこにご飯を入れて戻すという方法でお願いすることにした。


b0090333_0501645.jpg 出かける前には、父チャンのご希望で、台所をこのように模様替え。2匹は庭だけでなく、台所のスペース半分(写真のカーテン奥の部分)にも入ることができるのだ。今までエサやりを引き受けてくれた数人の友人の誰一人として言わなかったことを今回父チャンから頼まれた。冷蔵庫の横の部分をしっかりシャットしてくれというのだ。そこで陶作品を収納している3つのコンテナを積み上げた。

b0090333_0504997.jpg 父ちゃんはさらに、うちの風呂場や家の前にある植木にも水をやってくれる。庭のコーナーに作ったブーゲンビリアの山と、それを取り囲んだ池、ここにも水が届くよう、おわん風呂からポンプを引き、庭に出なくても内側からスイッチを入れるだけで、風呂の水がコーナーで流れるようにセッティング。これで万事OK。今朝から父チャンはご出勤してるはずだ。
【おわん風呂に貯めた水はポンプでくみ上げられて、ホースをつたって庭にあるブーゲンビリアに届く】

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 昨日は午後2時発のGARUDAでジョグジャカルタからデンパサール(バリ)へ移動。名古屋便のフライト時間21日の00時10分までの長いトランジット時間を埋めるため、UBUD村のマデサナ兄貴に空港まで迎えに来てもらった。普段はめったに通らない、バリで有名なツーリストスポットを小1時間ドライブし、そこからバリ時代の隣人N翁宅へもお邪魔した。いつものことだけれど、出発前の風呂まで借りた。兄貴が迎えに来る午後9時半まで、こどもプロジェクトのメンバーでもあるPak.Sを交えておしゃべりに花。

 そして今日、半年ぶりの里帰り。今年はインドネシアの若手現代美術作家を日本で紹介するための美術展を東京で企画したので、4月に帰国した。ゴールデンウィークの最初にインドネシアに戻っているから、およそ半年ぶりの帰国。
空港から電車で名古屋駅、駅からタクシーで実家に帰ると、母は親類の法事と重なったため誰もいなかった。20年前から、帰ったらまずはおじいちゃん、おばあちゃん、父の入っている仏壇に帰宅の挨拶をすることにしている。仏壇前に座り、ただいまと手を合わせたとたん、驚いたことに涙が出てきた。5ヶ月に渡ってこどもプロジェクトを続けてこられたのも、あなたたちが見守ってくれてたのですね、素直にそう思えて感謝で泣けてきたような気がする。
 飛行機が空港に着陸したときには、日本に戻ってきた~という感慨がまったく湧かなかったのに、実家の仏壇で手を合わせたとたんに、大きくてやさしいものに迎えられた感じがして本当にほっとした。

 午後3時、母が法事から戻ってきた。ジャワ中部沖地震の当日から私が撮影した写真、10月4日の娘の結婚式の写真を見せると、
「この5ヶ月は本当に長かったねぇ・・・」
としみじみつぶやいた。実際にその場にいて必死で動いている私なんかよりも、どんな状態かがわからない遠くから私の身を心配していた母の方がきっと疲れただろう。お疲れ様でした。

 明日、あさっては名古屋でゆっくりできそうだ。
24日には東京へ移動、コッキン(国際緊急援助隊)で親しくなり、今もコンタクトを取り合う自衛隊の皆さんと再会できるのも楽しみ。防衛庁見学については是非このブログ内で報告したいと思う。


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by midoriart | 2006-10-21 23:46 | Jawa Earthquake