Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

6月10日◇バリのマイ・ルーム

 10年近くバリのUBUDで暮らした私は、家族同様の付き合いをしているマデ・サナの家が第2の故郷になっている。1999年にインドネシア政府の留学生プログラムでジョグジャカルタの芸術大学に入ることになってからジョグジャに住処とスタジオを移したものの、今でも2ヶ月に一度くらいは「里帰り」している。
 バリの家族は一つの敷地に全家族が住んでいる(ことが多い)。我が家の場合は家長である農夫の父ちゃん、長男(農夫&画廊の清掃夫)家族、次男のマデサナ(木彫り師)家族、三男のサヌ家族(私のもと木彫りの師匠)、そしてつい最近結核で他界した四男の嫁と2人の娘、これだけが一緒に暮らしている。

 ジョグジャへ移る前は三男のサヌが私の木彫りの師匠であり、私は彼の相続分になる土地に小さな仕事場を借りてそこで制作をしていた。ジョグジャに移り、彼が嫁をもらってからは、たいそうヤキモチ焼きな嫁に気をつかってサヌが私と距離を置くようになってしまった。その後はその兄であるマデサナの一家が私の受け入れ先になっている。ちょうど私より3つ上の彼は、バリの兄貴といえる。
 今年3月、彼の倉庫に私の部屋を作ることに決めた。いずれジョグジャを撤退したらインドネシアでのベースはバリに移そうと思っているから、どうしても自分のスペースが必要になる。いつもはバリに「帰った」ら、若くして嫁いだマデサナの娘エリパニの部屋を私が使うのだけれど、机もベッドも置いてとなったらちょっと狭い。

 選んだのはマデサナの木彫り倉庫。とんでもなく汚い空間を掃除して4x4mのスペースを確保、ここに私の部屋を作ることにした。たまにバリに戻ったら大工を呼び、大まかに指示をしてジョグジャに戻る・・・といったプロセスを二度、今回はついに最終段階。


b0090333_2326574.jpg 部屋はここまでできていた。後は窓のガラスをはめ、ドアとその横の窓に窓枠を入れる。外側はあえてセメント仕上げのままにしてもらった。そんなに贅沢しなくても、自分で壁画を描くつもりだからだ。


b0090333_23272090.jpg せっかくキレイに塗装したのに、ちょっと前の豪雨が窓から入り、かなり目立つシミを作っていた。これは修正に時間がかかる。今回のバリ滞在は5日間。といっても仕事で戻ってきてるから、なかなか部屋を完成させるための時間が取れない。でも11日の聖日に完成儀礼をしちゃわないと、また先延ばしになる。困った・・・


b0090333_23273655.jpg って話をしてたもんだから、10日の朝起きたらマデサナと嫁のムプがすでに部屋の中で仕事していた。今まで使ってた大工がなぜか昨日も来なかったので、痺れをきらした二人が大工に頼らずにとっとと作っちまおう!と思ったらしい。私も遅れて手伝うことにした。


b0090333_23275410.jpg 窓のシミはムプが何度も塗り重ねてくれたけど、どうしても消えなかった。だったら逆に絵を描いて目立たなくしちゃえってことで、窓はお花畑フレームになった。


b0090333_23281174.jpg 外側にも壁画。
 マデはドアと窓の設置担当。なんとか明日までに完成させて儀礼を済ませてしまえば、次回戻ってきたときから私はこの部屋で自由に寝られる。兄貴、ムプ、どうもありがとう。本当にバリに戻ってくると、この人たちのおかげで里帰りしたみたいにホッとできるんだよな~。感謝です。
by midoriart | 2009-06-10 23:25 | Bali