Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

フィリピンへの旅

 日本から7月半ばにインドネシアに戻った私は、一ヶ月もしないうちに、フィリピンへ旅することになった。アジア好きな私も、まだ訪れたことのない国だ。実は今回、ビザの問題でインドネシアをいったん出るというのが一番の目的だった。インドネシアから一番安く出られる国といえば、シンガポール。しかしこの国は過去に数回訪れ、ほぼすべてのギャラリーやミュージアムを見てしまったこともあって、今回は違う国へ出たいと思っていた。残り少ない人生、せっかくなら一度も行ったことのない国を訪ねてみたいではないか。そんな時、ふっと浮かんだのがパトリックだった。

 パトリックはフィリピン、マニラにあるナショナル・ミュ-ジアムの学芸員であり、またフィリピン唯一のエリート校、フィリピン国立大学の芸術学教授でもある。私は彼が4ヶ月インドネシアのキュレーター・シップについて調査していたときに、知人の紹介で知り合った。親しくなってみると彼は非常に有能で、日本で開催されたいくつかのアジア美術に関する展覧会にフィリピンの担当者として関わっていた。ジョグジャカルタ、バンドンでの調査を終えて最終調査地ジャカルタにいた彼と展覧会のオープニングで会ったとき、ちょうど私はインドネシアを出る予定を立て始めていた。そんなときに彼に会った私は突然「フィリピンへ行ってみよう!」とひらめいたのだった。

 彼がインドネシアでの調査を終えて8月1日に帰国、そして私は間もなく8月10日にシンガポール経由でフィリピンへ飛んだ。ジョグジャからフィリピンへの安いフライトは彼が教えてくれたタイガー・エアー。シンガポールからの往復がたったの155シンガポールドル(日本円にして約10000円)。怖いのはシステムで、チケットレスのフリーシート。予約はネットでのみ、クレジットカードで購入というもの。でも、彼のフィリピンの友人はいつもこれを利用しているという。モノは試しでこのチケットを買ってみた。そして緊張の11日、シンガポールの空港でタイガー・エアを探すと、ちゃんとカウンターはあった。ネットで購入した際に知らされた予約番号のプリントアウトをカウンターで渡すと、ボーディングパスをくれる。が座席番号はない。ボーディングと同時に、開店したてのパチンコ屋さながら、乗客がダーーーっと機内に走りこんで好きな席を取っている。まるで普通電車のノリである。安くてひどいかといえば、そうでもない。それなりに機内は清潔。機体はエアバス。しかし、安さ重視の驚くべきアイデアで、離陸直後に配られたデューティーフリーの小冊子には機内食のメニューもはさまれていて、飲食は希望者のみ、お金を払って頼むというもの。
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さらに徹底していることに、枕もブランケットも「売り」。寒がりの私はやむをえず4シンガポールドル(約300円)でブランケットを買ったが、せめて半額でレンタルしてほしい。買ったブランケットはどうなる?軽装の旅なのに、なんでブランケット持ち歩かにゃならん?捨てるのももったいないし。文句を言いながらも3時間ちょっとで飛行機は無事にフィリピンへ。勿論、交通の便の良いマニラ空港へなんて着いてはくれない。クラーク空港という、ピナツボ火山近くにあるアメリカの空軍基地跡。1991年まで使用されていたけれど、ピナツボ火山の大噴火以降撤退、周囲はフィリピン軍に引き渡され、小さな飛行場は一応国際空港となったらしい。

 あらかじめパトリックが調べておいてくれたので、私はこの国際空港とは思えないのどかすぎる空港を降り、所要時間2時間のシャトルバスに乗ってマニラ中心へ向かった。降車場になっている大きなショッピングモールで無事にパトリックと再会、彼が予約してくれた民宿へ。  彼が用意してくれたのは、彼の勤めるナショナル・ミュージアムの他にもメトロポリタン・ミュージアム、フィリピン文化センターなど、文化的な施設に簡単にアクセスできる場所で、マニラ湾まで歩くこともできる。宿も私の希望で木賃宿なのだけれど、古い民家を改造したお洒落なもので、とても満足。しかしパトリックは 「夜はね、ここからむこうダメですよ、ヤクザ多いからねー。ここからこっちになら一人歩きOK」 と説明してくれた。  私は昔から一人で海外をひょこひょこ歩くのが好きなので、自然と危険な場所に対する嗅覚がよくなっている。だから彼の行っている意味は空気ですぐにわかった。でもこの周囲の環境、わずか1週間の滞在ではあったけれど、私は好きになった。少し怪しくて、人はフレンドリーで、アジアなのに西洋的な部分の多いこの空間は気に入った。
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# by midoriart | 2005-09-02 05:15 | Art