Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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10月24日◇廣田緑展OPENING

 ついに東京は日暮里、HIGURE 17-15 casでの個展が始まった。展示は10月23日から始まったのだけれど、オーナーの都合により、オープニングパーティは24日夜となった。東京に来てから一度も降ったことのない雨が、オープニングの時間を狙ったかのように降り出して寒い。


b0090333_19311319.jpg 会場の入り口にあたる一階の展示。ここには「交換プロジェクト」の日本編が並ぶ。


b0090333_19315492.jpg オープニングに合わせてキレイな蘭の花が届いたと思ったら、なんと演出家の宮本亜門さんから!亜門さんとはバリで知り合い、玉城の家にも泊めていただいた仲。超ハードなスケジュールのため、帰国してもなかなか会えないけれど、最後に会ったのは去年の夏だったか。
 今日はヨーロッパへもっていくミュージカルのリハの日で、本人が来られないからということでこんな素敵なお花が届いた。どうもありがとうございます~~~♪♪


b0090333_19431876.jpg オープニングには、私がインドネシア料理を準備した。スタンダードに温野菜のサラダGADOGADO(ガドガド)と、サテ・アヤム(焼き鳥)。決め手はピーナツソースだから、これさえ美味しければ万事OK。
 HIGUREの廣田展担当である高橋さんが、しっかりインドネシアのビール、ビンタンまでオーダーしてくださったから、テーブルはもうインドネシア一色になった。


b0090333_19361847.jpg HIGUREの建物の中でも、もっとも味のある空間は地下にある。フィリピンで交換してきた1000個の交換物は、この部屋に展示している。この暗さを利用して、ドキュメントビデオも上映。


b0090333_1937224.jpg この「ヒト」は私が交換プロジェクトとしてアジア諸国のお年寄りと作品交換するようになった最初から使っているフォルム。半漁人という人もあれば、ペンギンと呼ぶ人もいる。私は常に「ヒト」と呼んでいる。今回は会期中に日本のお年寄り70人とこれを交換してもらう予定。


b0090333_19385497.jpg バリでの古い友、Sさんも来てくれた。Sさんがいるわ、インドネシア料理はあるは、ビンタンビールはあるはで、いったいここがどこなのか、一瞬わからなくなる。
 亜門さんの共通のお友達で、ガラス・アーティストである今日太さんも来てくれた。懐かしい人と会えるのは、いつもオープニングの醍醐味。皆さん、本当に雨の中、ありがとうございました!
 その他にも、写真を一緒に撮れなかった皆さん、本当にありがとうございました!

 HIGURE 17-15 casでの展示は11月23日まで続く。
by midoriart | 2009-10-24 19:29 | Art
 10月15日に名古屋に着き、秋の日本の気温に慣れたところで19日の夜に東京へ移動。20日の朝からHIGURE 17-15 casでの作品設置を始めた。


b0090333_23264660.jpg 展覧会初日までには3日間、展覧会場は3フロアあるから、1日1フロア完成させていけばいい計算。とはいえ、設置を手伝ってくれるのはHIGUREのスタッフ一人だから結構な仕事量。
 まず設置プランが一番固まっている2Fから始める事に。ここは「交換プロジェクト」の「バリ編」を展示する。HIGUREスタッフで、今回の私の個展を担当してくださるTさんと、大きな写真プリントを壁に貼りこんで行く。


b0090333_23292973.jpg こちらは翌日。B1Fのセッティング中。味ある空間を生かして、「フィリピン編」と「ブリタル(東ジャワ)編」を展示。黒くて暗い空間に、映像を直接当てて見せるようにした。東京芸大彫刻科出身のスタッフも手伝ってくれた。
 この展示では、フィリピンの映像界の重鎮、Kidlat Tahimik(キドラット・タヒミック)によるドキュメントビデオも上映。実はこのおじさん、日本にもたくさんのファンがいるすごい作家。


b0090333_23373396.jpg 今回の展覧会場、HIGURE 17-15 casは日暮里と西日暮里の間、谷中銀座からほど近い場所にある。これは3Fのオフィス。コーディネーターの兼平さん、廣田展担当の高橋さんも遅くまでつきあってくださった。


b0090333_23331184.jpg 今回の個展『Memory of Asia ~お爺ちゃんの時代~』では、これから始める「日本編」もある。ジョグジャで作って持ってきた陶の小作品を、日本のお爺ちゃん、お婆ちゃんと交換してもらうのだ。だから東京には展覧会期間中の一ヶ月間滞在する。
 ここはHIGUREが準備してくれた千駄木のレジデンス。小さいけれど、この中にすべてコンパクトに整っているからなかなか使い勝手がいい。


b0090333_2335677.jpg 私はどんな空間でもすぐに自分の空間にしてしまうことができる。翌日にはもう、ずっと昔から住んでいたような気がする。ここもあっという間に馴染めそうだ。11月25日まで、私は千駄木の住民となる。

 展覧会中、どんなお年寄りとの出会いがあるか、楽しみだ。次回はオープニングと個展会場の様子について報告ができるだろう。
by midoriart | 2009-10-19 23:24 | Japan
廣田緑 Memory of Asia ~お爺ちゃんの時代~
開催のお知らせ



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(写真は9月に開催されたTonyraka Art Galleryでの展示風景)

このたび、HIGURE 17-15 cas は10 月23 日(金)から11 月23 日(月・祝)まで「廣田緑 Memory of Asia~お爺ちゃんの時代~」を開催いたします。
 廣田はこれまでインドネシアのジョグジャカルタを中心に作品の発表をし、現在も同地で活動をしている作家です。
 近年は各国で人々の思い出の持ち物や日常品と自身が作った人型のオブジェを交換し、持ち主たちのポートレイトをインスタレーションしていく「交換プロジェクト」を展開しています。本展においても、会場近隣のお爺ちゃんやお婆ちゃんを対象に、このプロジェクトが行われます。

 会期中、交流を通して語られる言葉に耳を傾ける廣田には、どのような思いが巡ることになるのでしょうか。
対話の証としての交換物は会期中、廣田の手によって会場の風景をゆるやかに変化させ、鑑賞者の方々にも様々な思いを巡らせることとなるでしょう。


 ご多忙中のこととは思いますが、ぜひこの機会に「廣田緑 Memory of Asia~お爺ちゃんの時代~」をご高覧いただきますようご案内いたします。
 オープン翌日となります10 月24 日(土)には、ささやかなパーティがございます。廣田お手製のインドネシア料理でおもてなしさせていただく予定ですので、こちらもお誘い合わせのうえご来場いただきますよう重ねてご案内申し上げます。


HIGURE 17-15 casディレクター 小澤洋一郎

会場の場所案内はこちらをクリックしてください。

廣田緑「Memory of Asia~お爺ちゃんの時代~」

【開催日時】 2009 年10 月23 日(金) ~ 11 月23 日(月・祝) 12:00~20:00
*月曜休廊(11 月23 日を除く)

【会場】 HIGURE 17-15 cas

【主催】 HIGURE 17-15 cas【協力】 原久子【助成】 アサヒビール芸術文化財団、朝日新聞文化財団

【オープニングパーティ】 10 月24 日(土) 18:00~20:00

HIGURE 17-15 cas
〒116-0013 東京都荒川区西日暮里3-17-15 3-17-15
Nishi‒nippori, Arakawa-ku, Tokyo JAPAN 116-0013

Tel. 03-3823-6216
e-mail. higure1715cas@sea.plala.or.jp
website. http://higure1715cas.bufsiz.jp

by midoriart | 2009-10-14 00:19 | Japan
 インドネシア近代絵画の父と呼ばれるアファンディの娘さんで、同じく絵描きのカルティカ・アファンディがジョグジャ北部のムラピ火山麓に個人のミュージアムを建設したことは以前お話した(8月24日付『カルティカ・アファンディ・ミュージアム』参照)
 いくつか立ち並ぶ伝統建築の一棟は、彼女が選んだ女性アーティストの作品コレクション展示室。光栄なことに、私の作品のひとつもここにコレクションされることになったのだけれど、なんせ唯一のインスタレーション作品なため、他の作品の設置状況を見ないことにはなかなか最終的なセッティングができない。

 8月24日に行ったときにはまだまったく様子がわからなかったので、小物の設置はせずに、建設途中のだだっ広いミュージアムを見学して回り、久しぶりに会ったマミー(カルティカさんは「私はミドリのジョグジャの母なんだから」と、自分のことを「マミー」と呼ばせる)に近況を話すにとどまった。

 そして今日。一時帰国を前に、いい加減にちゃんと作品を設置してしまわないと、あとあと日本に戻ってから気持ちが悪い。なんとか時間を作って我が家から車で40分飛ばしてカルティカミュージアムを訪ねた。


b0090333_222355.jpg これが女性アーティストのコレクション棟。聞いたところでは6名ほどの女性アーティストの作品が展示されるらしい。立体作品は私だけ。


b0090333_2234121.jpg 今日の日曜日はカルティカさんの所属するジョグジャのアーティストの妻グループの月例会だったためミュージアムには正装したオバチャマが山といた。私はそんな人々の間をすり抜け、展示棟へ一人向かう。
 さすがはマミー、お手伝いさんがこんな洒落たスナックをもってきてくれた。


b0090333_2253024.jpg 実はまだ今日の段階でも全体にどんな平面作品がこの棟に展示されるのか、わからないままだった。でもやむをえない。私は自分の作品を完成させてしまうしかない。
 ある程度の位置の変更などはあるとしても、小物がどうセットされるかはちゃんとわかるようにしないと、後でディスプレイ担当者が困るので、とにかくも全部をセッティング。しかし、この棟の様子を見てると、私のこの作品はメンテナンスがかなり大変だろうなぁ・・・。



b0090333_2273445.jpg 棟の真正面、とってもいい場所いただいてます。マミー、ありがとう~♪


b0090333_2281793.jpg 外ではまだオバチャマたちが月例会の食事中。この前はまだ作品がほとんど入ってなくて、伝統建築の建設中だったのだけれど、かなり準備も進んでいて、入り口に一番近い棟は、カルティカさんの70年代の白黒作品のシリーズが展示されていた。
 この白黒のお爺ちゃんシリーズ、年寄り好きな私にはぐっとくる一点。


 帰りの挨拶に行くと、私もオバチャマの中に入って一緒に食事をすすめられた。食べなきゃ帰さないといわれ、美味しい美味しいランチをいただく。後のことはメールでやりとりしましょうねってことで、今日はお別れ。


b0090333_2210379.jpg 私の愛車、86年製のスターレット。3ヶ月以上洗ってなかったので、帰り道で洗車。そうだった、私のスターレットは黒かったんだな・・・。


 帰国前に一つずっと気になっていた仕事が片付いてホッと一息。
 後はもう一つ、帰国中に始まるジョグジャの大きな展覧会に出品する1点を完成させねば・・・。還暦の永ちゃんじゃないけど「時間よ止まれ」な気分だなぁ。
by midoriart | 2009-10-11 22:14 | Yogyakarta
 東が被災地パダンから帰ってきた。東(あずま)というのは私のジョグジャの友人でれっきとしたインドネシア人。本名はチャハヨ・インダという。彼とは3年前ジョグジャの地震で知り合い、縁あって9ヶ月間、一緒にジョグジャの被災地で救援活動をした仲。

 最近しばらく彼とは連絡をとっていなかったのだけれど、先日電話をしたら案の定、彼はすでにパダンにいた。
「お~ミドリ、こっちはスゴイことになってるよ(ゴホンゴホン・・・)、今度戻ったら会おう」
そして今日、彼がパダンで撮った写真をもってうちに寄ってくれた。3年前に経験があるからわかるけど、彼は今もまだ咳がとまらないようだ。なんせあのガレキの中を動いてきたのだから。


b0090333_1783218.jpg 彼はインドネシアのボランティアグループに所属しているため、スマトラ地震が起きてすぐ、ジョグジャ500名のボランティア団の一人として専用機でパダンへ飛んだのだった。とにかく身ひとつで飛び、現地で活動をするために。


b0090333_171075.jpg 以下、つい今しがた聞いた彼の話。
「ミドリ、とにかくスマトラの地震はひどいよ。なんせジョグジャがM5.9だったろ?今回はM7.8だからね。それに起きた時間がよくないよ、大きな建物にたくさん人がいる時間だったからね」


b0090333_17113027.jpg 「とにかく4階、5階立てのビルがひしゃけて1階くらいの高さになっちゃってるんだ。その下敷きになってる人が100人いるっていったって、引っ張り出せるもんじゃないだろ?
 僕が見たのは足だけ挟まれて、瓦礫から出られないおじさんだよ。まだ生きてるんだけれど、誰も彼を助けれらないんだ。2日間そこにいるんだよ。たまらないよ。おじさんは足を切ってくれ、出たいから切ってくれって言うんだ」
「で、どうなったの?」
「切ったよ。そして助け出された」
「ちゃんと麻酔したの?」
「医者もその場にいたんだけれど、麻酔はできないっていうんだ。もう年寄りだし、2日間もそこにいるんだよ。心臓への負担が多すぎるから麻酔はできないって。でも本人がもう足の感覚もないからとにかく切って出してくれっていうから切ったんだよ。この人はいい方だよ、命は助かったんだから。下敷きになったまま、飢えや疲労、出血多量で命を落とした人たちもいっぱいいるんだからね。オマケに雨に降られて」


b0090333_17155819.jpg 「日本の救援隊も見かけたよ。しかしスイスはすごいよ、道具がすごいんだ。救助犬の首についてる道具は、人間の心臓の鼓動に反応するんだよ。だから犬が人間を見つけて近寄ると、その道具が発見された人の生死を判断することができるんだ。とにかく今回は救助犬が大活躍しているよ」


b0090333_1718328.jpg 「生存者の救出作業は今日で打ち切られるんだ。もう明日からは瓦礫を壊すために大きなブルドーザーが入るんだ」
「え?でもまだ確実にその下に何百人の人がいるんでしょ?」
「でももう、丁寧に瓦礫を取り除いてる時間もないんだよ。もう次は伝染病が危なくなってくるし。だから犬はずっと働くんだよ。反応があれば、その場所はちゃんと調べて遺体収容することになるんだろう」

 話を聞く限り、ジョグジャの地震よりもひどそうだ。人口の違いがあるため、国内でも異常な人口密度のジョグジャでは犠牲者5000人とも言われた。パダンはもともとの人口が少ないため、最終的に1000人ほどの犠牲者になると予想されている。ただ被害状況は都会でおきたそれに近く、街の復興には相当な時間がかかるだろう。亡くなった方の冥福を祈るとともに、チャハヨのように身体をなげうってボランティア活動している若者たち、また各国からやってきて人命救助に携わっている救助犬くんたちにも敬意を表したい。
by midoriart | 2009-10-06 17:22 | Indonesia
 今までインドネシアと関わった日本の知人が、今回の大地震のことを心配して連絡をくださる。ジャワ島から遠く離れた場所、さらに私自身が10月半ばには個展のため日本へ出発することもあり、何も動きを起こす事はできないけれど、早くもジョグジャ在住のパダン出身アーティストたちが、被災地へボランティアを送ったり、義援金集めの活動を始めた。


b0090333_1702594.jpg 今日の新聞から関連記事を。
『死者1100人?空港と港は無事、燃料緊急』
 パダン、パリアマン地震の現場では、崩れた鉄筋ビルから救出作業が進行中。1日18時現在、緊急センター記録で遺体袋390袋、なおも遺体の搬入が続く。アンバチャン・ホテルからは昨日、生存者2人、遺体6体を収容したが、なお100人余が未収容。LIA外語校にも30人が下敷きの模様。
 福祉調整相公式サイトで529人死亡。空港と港は無事。軍は軍用機3機、戦艦7隻、ヘリ1機、医療班68人のほか、周辺支所から救援部隊を続々と投入。電力公社も修理班27人と変電機3基を急送。燃料は18時間分しかなく、医療薬/器具や食品と共に急務。



b0090333_1725932.jpg 『ジャンビ州の地震では500戸が倒壊』
 1日8時52分、隣のジャンビ州でも7度の地震。震源地はスマトラ西海岸より陸地に入った南緯2.44度、東経101.59度の地下10km。「パダン地震とは震源が別」と気象庁。
 被害最大はKERINCI県GUNUNG RAYA郡の16カ村。民家500戸が倒壊、20学校も破損。地震のショックから心臓発作で1人死亡、12人が重傷。


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『地震は自然の摂理』
「パダン地震はユーラシアプレートの下にインド豪州プレートが潜り込んだスマトラ-ジャワ・サブダクション・ラインのうち、メンタウェイ・メガスラストの東端に発生。
 ジャンビ地震はスマトラ断層で、発生原理が違う」とインドネシアの科学院。
「地震対策は」との問いにたいしては、
「地震は自然の摂理。災害は人間の仕業。地盤の弱い地に構造の弱い鉄筋を建てる人間が悪い。自然の摂理に沿って設計せよ」
とのこと・・・


b0090333_175399.jpg 昨晩のTVニュースでは、瓦礫に挟まれた犠牲者を助けようにも、大型機械がないために瓦礫をのけることができず、そのままになっている様子も映し出されていた。
 瓦礫の下でまだ生存している人たちは、水をもらったりしながら、救出を待っていた。そんなときに雨が降り、救助も困難らしい。おそらく犠牲者の数はまだまだ増えるだろう。家族を失った人たちの悲しみも大きい。

 今日、日本からは国際緊急隊(コッキン)が出発したとのこと、少しでも多くの人命救助につながることを祈る。
by midoriart | 2009-10-02 17:08 | Indonesia