Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 バンドンからジャカルタと、インドネシアの中でも1、2の洒落た街を巡り、バブリーな世界を見た次に私が飛んだのは、10年住み慣れたバリ島。今回の3都市を巡る旅で、一番たくさん日数をとっていたのがバリ島だ。なんたって今回はいろんな用事がある。

 バリ島初日はまずデンパサールへ。11月に試しで出店したマイTシャツブランド「すぎとじるし」が思いの外好評だったので、調子に乗ってまたTシャツ生地を購入。インドネシアのテキスタイルで有名なのはバンドンだけれど、バンドンの生地工場でできたものの多くがバリへ流れている。バンドンで作った布をバリ島で買い、ジョグジャで縫製するという、なんとも移動の多いTシャツが生まれることになる。

b0090333_152547.jpg せっかくデンパサールまで行ったので、ずっと前から気になっていたスミニャッのギャラリー、「ビアサ・アート・スペース」を見に行くことにした。ビアサってのはインドネシア語で「普通、通常通り」ってな意味。でも、このスペースは全然フツーとはいえない。かなり高級感溢れてる。


b0090333_1533186.jpg 昨日までの日記に書いてきたように、今のインドネシアアートはとってもバブリーなんだけど、このスペースもジャカルタでブティック持ってる外国人のオーナーがやってるもの。今回ジャカルタのギャラリー巡りで、この「ビアサ」のブティックを見て、どうしてもこの金持ちオーナーがやってるアートスペースが見たくなったわけ。
 運悪くグループ展が始まる前だったために、まだ展示が終わってなかった。誰もスタッフがいなかったので、勝手に撮影。私が昔目をつけてフィリピンで企画したインドネシア若手作家展に参加したジョグジャのアーティスト、ウェダールの立体作品も出ていた。


 翌日からは今回のメインの用事である《交換プロジェクト》を再開した。
 《交換プロジェクト》とは、私の作った陶の小作品を、第2次世界大戦の記憶のあるお年寄りと交換してもらうというプロジェクトで、2005年にフィリピンで始めた。フィリピンでは2年にわたり1,000人の人と作品交換をし、その後はインドネシア、東ジャワのブリタル村で日本軍から直接軍事指導を受けた経験のあるお爺ちゃんに限定して30人と交換した。そして今回はバリ島で100人の爺ちゃん、婆ちゃんとの交換を目指している。先回27人と交換が終わっていたので、今回は70体あまりの作品をもっての再訪。


 バリ島に日本軍が入って占領したのは1942~1945年にかけて。当時は各地のバリ人男性が「ロームシャ」として借り出され、防空壕や空港整備などで強制的に労働させられた。以前から通るたびに気になっていたのが、クルンクンへ向かう道にある「ゴア・ジェパン(日本窟)」、この周辺に行けば、もしかして当時のことを覚えている人がいるかもしれないと思って、今回たずねてみた。


b0090333_1541546.jpg ちょうど洞穴の真横に「ペインター&ウッドカーバー」と看板をつけた家があったので入ってみるけど、呼べど呼べど誰も出てこない。そのうち、辺りにおいてあるとんでもない数の木彫りが目に入って久しぶりに全身の毛がぞろぉ~~~っと立った。
 そりゃバリにはこういう自然の木の形態を生かした木彫りはあるにはあるよ、でも、ここまでの歪み、顔の変形ってなんかなぁ・・・。木彫りが本職の兄貴に聞いてみる。
「ねぇねぇ、なんか感じない?ここの空気って、なんかヘンな気がしない?」
でも鈍感なマデサナ兄貴はな~~~んも感じないらしい。
「持ち主、どこ行っちゃったんだろうな?」
とトンチンカンな返事。
 

b0090333_1545521.jpg ホラーや幽霊好きな私としては、もうこれは強制労働で命を落としたロームシャの霊が、あるバリ人の木彫り師に憑いて、その苦しさを木彫りにしたとしか思えないのだなぁ。ここに水木しげるが来たら、どう思うだろう???何度も声をかけてみたけど、本当に誰もいなそうなのでこの場を引き上げ、兄貴と恐々ゴア(洞窟)の中をのぞくと、意外にも奥は深くなくて、道沿いに何個も見えた洞窟の入り口は、全部中でつながっていた。当時なんの目的で作られたのか、現状のような感じだったのかどうか、その辺が定かではないので、次回ゆっくりと調べてみようと思う。


b0090333_1552968.jpg にしても、本当に不思議な空気漂う場所だった。UBUDからクルンクン(ツアーコースだとクルタゴサなどを見に行くときに通る道)へ向かう途中のゴア・ジェパン、その横にある建物、気になる方は是非今度寄ってみてほしい。この木彫りたちがどうしてこんな顔をしているのか、実物を是非是非ご覧あれ。
by midoriart | 2008-11-25 23:50 | Bali

b0090333_1213320.jpg ジャカルタの友達太君宅にササンともどもお世話になり、朝一番からギャラリー巡り開始、最初は来春ササンが個展を予定しているsigi art spaceへ。ブロックMから近い洒落たエリアにあって一階はアイスクリームの美味しいカフェ。朝早すぎたためにお店は開店前でてガッカリ。

b0090333_123145.jpg「この絵画バブルの時期に、僕のような立体作品も展示するという画廊の勇気が気に入った」
とササンが言うように、sigiでは今も彫刻作品を展示していた。ササンの繊細なセラミックの立体作品はこのスペースならぴったりだ。床のキラキラ光る素材が目障りではあるけれど、空間としてはこじんまりといい感じ。ロケーションもバッチリ。ササンの個展は来春3月8日から始まる。


b0090333_124598.jpg 次は新しくなったDギャラリーへ。最近の金持ち層は、絵画作品を買うタイプと、美術好きであることを見せるためにギャラリー経営に走るタイプがあるらしい。ここは後者で金持ちのお嬢様がやってるギャラリー。ここでもたまたま知ってるバンドンの若手アーティストが数日後に個展オープニングを控えて作品設置途中だった。まだ始まってない個展で、すでに金持ちお嬢様の友達関係が7点を予約済み。おそらく個展会期中には完売なんだろう。おそるべし、インドネシアのバブリーアート。


 ギャラリーおかかえのキュレーターがなんと以前バンドンで何度かあったことのあるバンドン工科大学彫刻科出身の男性で、むこうが運良く私のことを覚えててくれた。ササンからしてみれば自分が教えてる大学の学生ってことにもなる。この男性がバンドンから運転手付で車に乗って来ていた。でも彼にはギャラリーでの作品設置という仕事が残ってる。
「夕方まで僕の車使っていいよ、いろいろ回ってきたら?」
ジャカルタで市民の足ミニバスのルートを把握するのは一苦労、さらにスリやら交通渋滞、乗り換えの不便さなどを思うと結局使うのはタクシーになる。さらに道を知らないと、遠回りしたり姑息なことされちゃうのが田舎ものの運命。こんなときに運転手付車を使えなんて、天からの声に聞こえる。


b0090333_1264866.jpg 老舗から新しい画廊まであるクマンエリアまで運転手に連れてってもらい、まずは老舗のエドウィンへ。チャイニーズ系のオッチャン、エドウィン氏が70年代に始めた画廊でインドネシアでは堂々の老舗画廊と言える。最初にこのオッチャンに会った時、ジーンズもエドウィンだったので笑った。
「今のバブルは冷静に見送るしかないよ。続いたってあと2年だよ」
さすが老舗の貫禄。今の風潮には流されないぞという強さが見える。

b0090333_127512.jpg ここから近い新しいスペースはルマ・ルパ(Roemah Roepa)、ササンが昨年グループ展で参加したギャラリーだ。自然光がたっぷり入って気持ちいい空間が3階まで続いている。小品のグループ展に適していそう。


b0090333_1293560.jpg そして夕方はまたオープニング。ここもできてまだ2年ほどの新しいギャラリーARK。やっぱり金持ちの若者が3人で運営してるもので、ここにはインドネシア・アート界キュレーターの重鎮、ジム・スパンカット氏がアドバイザーでついている。今日の展覧会はバンドンの若手アーティスト(バンドン工科大学建築科)の個展だったのでササンからしたら教え子世代。
 最近のアートバブルで、ジャカルタの金持ち画廊はバンドンの若手作家をあさってるんだな、だからバンドンを良く知ってるジム氏やその他数人のキュレーターがその間に入って若手作家を発掘し、ジャカルタで紹介して絵画作品を売り捌くという方式。キュレーターなのかアートディーラーなのか、線引きも微妙になってきた昨今。


 ササンはこの展覧会を見た後、夜のバスでバンドンへ戻っていった。私はさらにここからショッピングモール、プラザ・スマンギの屋上へ向かう。
 ジャカルタに来たら必ず会う日本人の友達の一人、スズキさんがちょうど今晩ここの屋上でコンサートに出演するのだ。彼はバンドン、ジャカルタで演劇を学び、今ではインドネシアのTV番組や映画にもよく出演している。彼が関わるインドネシア日本文化財団が、日本インドネシア国交樹立50周年を記念した交流イベントをするというのだ。ジャカルタの宿になってる太君と一緒にイベントを見る。

b0090333_1211924.jpg インドネシア側が、日本ではほとんど知られてないのにこっちでは大流行した五輪真弓の名曲『心の友』を歌い、日本側としてスズキさんが『コピ・ダンドゥット』(日本で流行ったのは『コーヒー・ルンバ』といったっけ)を歌う。その他には踊りアリ、剣術みたいなんありといった1時間半。

 終わった後、ローカルの出演者の半額のギャラだったと不満でいっぱいのスズキさんと合流してモール屋上のカフェでお喋り。ジャカルタの最後の夜はプラザ・スマンギで更けていった。
by midoriart | 2008-11-22 11:56 | Jakarta
 昔はジャカルタ~バンドンって遠かった。電車でガンビル駅まで行くと3~4時間、で出発時刻も正確じゃない。ジャカルタはでかいから、ガンビル駅に着いても目的地まではまた移動手段を考えなくちゃいけない。
 ところが2年前くらいか、バンドン~ジャカルタの高速道路ができた。そしたらもう便利、便利。ジャカルタ~バンドンの2都市がぐんと近くなった。そのせいでジャカルタ人が週末ごとに車でバンドンへ来ては、洒落たアウトレットの洋服を買い込み、高地のトレンドスポット、ダゴのカフェで呑んでたむろするので、バンドン人にしてみたら週末の交通渋滞でうんざりらしいが。

 昨日ギャラリー・スマルジャの打ち合わせが終わり、次は国際交流基金ジャカルタ事務局で個展の助成申請。バンドンの親友ササンは基金のJENESYSプログラムで信楽陶芸の森でレジデンスを終え、10月中旬に日本から帰ったばかり。レジデンスの成果を基金ジャカルタ事務所のギャラリーで展示しないかとの打診を受けていた。お互いに基金に用事があるってことで、一緒にバンドンを出発した。

b0090333_11523469.jpg 初めてつかったシティトランス。その他にもいろんな会社がバンドン~ジョグジャ間のエキスプレスバスを運行している。コレなんて片道70,000ルピアで一席ずつ分かれての7人乗り。スペースも余裕あってキレイで、なんと2時間かからずしてジャカルタのど真ん中まで着いた。とっても楽!早い!だから最近はバンドンの芸大生がジャカルタの展覧会にささっと日帰りで行くわけだ。本当に近くなった、この2都市。


 基金での用事を終えたササンと私はジャカルタでのギャラリー巡りを始めた。今回は私の日本人の友達太君ちに泊めてもらって、ササンも二日間ギャラリーを見て歩くことになっている。最近のアートバブルでインドネシア、特にジャカルタには雨後の竹の子のごとくギャラリーが出来ている。世界的に経済がヤバいってのに、インドネシアの金持ちってのは半端じゃない金持ちで、ルピアが下落しようとも外貨預金してて逆に得してるくらいのもんで。


b0090333_11533482.jpg だからこんなマーケティングギャラリーなんてダサい名の画廊までできる。つまりジャカルタの中心地に立つとんでもない高級アパートメントの予約受付事務所の横にギャラリーがあるわけだ。サンプルの部屋を見て入居を決めた金持ちに、
「それならお部屋にはこんな絵をいかがでしょう?」
と薦められる。オマケに売れればマージンが入る。
 偶然にも今日オープニングの3人展の一人はバンドンの知り合いだった。随分と画風が変わってしまったのも、今のバブリーなインドネシアアートの影響かと思うと少々寂しい気もする。


 偶然このギャラリーにバンドンの教育大学美術科の学生が貸切バスで来ていた。こうやって日帰りで来られるのは学生にとってはいいことだ。そしたら付き添いの一人がこれまた私の知り合いだったので、もう一件別の場所でやってる展覧会のオープニング会場までバスに便乗させてくれた。中は大学生だらけ。
「イブ、イブ(お母さんの意味)、どうぞここに座ってください・・・」
とバスで席を譲られた。微妙。インドネシアって年寄りにやさしいんだよな、でも席譲られちゃうか。。。


b0090333_11541847.jpg 今度着いたのはでっかいショッピングモール。ディズニーランドかなんかみたいに、天井が夜空になってる。このモールには数件のギャラリーが入ってるらしい。今晩オープニングのあるKOONGギャラリーはチャイニーズインドネシアのオッチャンがやってる老舗、でも最近ここに移転したので私は初めての場。
 

b0090333_1155697.jpg ここでも偶然、ジョグジャの友達パレヴィの個展だった。ジョグジャでもめったに会わないのに、ジャカルタで久しぶりに顔を見る。ジョグジャの友達が数人会場に来てるのを見た。そのくらい今じゃジャカルタ~ジョグジャも近くなったんだなぁ~。


b0090333_115616.jpg しかし。
 展覧会のオープニングに来る人の層、それとオープニングに用意されてる食べ物・飲み物がぜ~~~んぜんジョグジャと違う。ジョグジャじゃいまだに食えない若手のアーティストがタダのスナックに群れ、作品より飯という感が強い。イスラム圏ということもあるが、ギャラリーの経済力もあって出るのはコーヒー、紅茶とトラディショナルな市場菓子。けれどジャカルタで会うのは金持ちのお嬢さん、オッサン、小奇麗にした画廊主。そして画廊が用意してるのは様々なワインに美味しい美味しいバタビア料理だったり、洒落た氷菓子だったりする。かけてる金が違う。


 どっちがいい悪いってことじゃないけど、インドネシアは本当に広いね~~~と実感した夜。それと、今のインドネシアのアート、本当にすごいことになってる。それは確か。家を買うのにも、土地を転がすのにも、高級車買うのにも飽きた金持ち層が、今みんなアートに走っている。ブランドを追うように、アーティストの作品を買いあさっている。作る側にとっては買う人がいてくれるのはいいことなのかもしれないけれど、この状態いったいいつまで続くんだろう?
 明日もササンと一緒に最近のギャラリーを見て回る。
by midoriart | 2008-11-21 22:49 | Jakarta
 10月にバンドンへ行ったときに決まった個展について詳細を話し合うために、またバンドンへ行かねば・・・と思っていた。先回はバンドンで一番親しくしている知人ササンが信楽にある陶芸の森でレジデンス中だったので会えなかったけれど、ちょうど帰国したので、このタイミングで再びバンドンへ行くことにした。
 そしたらすごいタイミングで名古屋の知人からメールが来た。
「このたびバンドンで公演することになりました」
彼の名は小熊ヒデジ、名古屋の劇団KUDAN Projectの役者さんだ。以前インドネシアまでリサーチに来られたときジョグジャの公演先を一緒に探したのが縁で、帰国したとき一緒に呑んだこともあった。あのときのリサーチから2年くらいになるだろうか、ついにインドネシア公演が実現したわけで、これは見逃せないと、バンドン行きを確定。19日の夜行電車で一路バンドンへ。


b0090333_0284343.jpg 朝7時に駅に着き、乗り合いバスでまずは個展会場となるITB(バンドン工科大学)のスマルジャギャラリーへ。担当キュレーターのウチョがまだ来ないので、先に親友であるササンを大学に呼び出して再開を懐かしむ。そして彼の2ヶ月間のレジデンス話を聞く。
 スマルジャギャラリーはキレイなキューブじゃないので、作品設置が結構難しい。しっかり空間を撮影した。


b0090333_0295335.jpg 個展の打ち合わせ後、ちょうど今日が個展最終日になる友人の展覧会を一つ見た。新しくできたギャラリーS14はスマルジャギャラリー担当キュレーターであるウチョの嫁、ヘラが私宅の入り口スペースを使って運営している小さなギャラリー。今回の展覧会はセラミックアーティスト、ディジーのドローイング展。


b0090333_030446.jpg 午後2時開演に近づいてきたので慌てて会場であるSTSIへ向かう。3日連続公演の今日は最終日。筒井康隆原作『美芸公』は役者2人芝居。インドネシア語のセリフを紙に書き、マンガの吹き出しのようにして見せていくという方法がおもしろい。けど日本語のセリフを言いながらずっと吹き出しを見せてる役者さん、かなり大変だろうと思われる。

b0090333_0315130.jpg 1時間半の舞台、ローカルの若者も興奮して見ていた。大歓声の中、無事に最終公演が終わった。その後、舞台裏の控え室で2年ぶりに小熊さんと再会、記念撮影。彼らはこのままマレーシア公演へと旅立つとのこと、どうぞお気をつけて~


b0090333_0325932.jpg お昼ごはん食べるタイミングを逃していたので、気づいたら思い切り空腹。舞台に付き合ってくれたササンと一緒に会場近くにあったアチェ料理屋に入る。アチェはスマトラ島の最西端、ここの料理が最近知ったんだけどムチャ美味。インド料理とスマトラ料理がミックスされた感じ。このアチェの焼そばは下にカニ一匹隠れている。ピリ辛でヤミツキになる味。


 その後、ササンがバンドンに新しくできたショッピングモールに連れて行ってくれた。その名も「PVJ=Paris van Java」、オランダ人が勝手に名づけた「ジャワのパリ」というバンドンの名称がそのままモールの名になっている。にしても、バンドンは本当~~~に洒落てる。さすが昔からオランダ人が避暑地として集まっていただけあって、なんか西洋的なんだよな、というかコロニアルな空気漂ってる。

b0090333_0335280.jpg ついついお上りさんとなって記念撮影したけど、この写真だけ見て、これがインドネシアだと思う人ってそんなにいないんじゃないだろうか。日本帰りのササンは私より日本の流行を知ってるから、
「写真とるならウィ~~~シュだろう」
といって、日本で流行のポーズを教えてもらった(合ってるんだろうか?)。


 今回はちょっと旅人気分味わいたくて、珍しく友達宅に泊まらずに安宿に泊まった。明日は朝一番の高速バスでササンとジャカルタに移動する。たった1日のバンドンだけれど、なかなか濃い1日となった。ずっとつきあってくれたササン、ありがとう~!
by midoriart | 2008-11-20 00:25 | Bandung
 こんな雨季の真っ最中に、ついに始まったDuta Wacanaクリスチャン大学のジャパン・フェスティバル。私はタイミングよく最近趣味でTシャツ作りを始めたところだったので、早速相方のモトと一緒にこの2日間のイベントのブースを借りたのだった。
 せっかく日本好きなジョグジャの若者が集まるんだから、彼らの喜ぶものを作ろうと、スギトジルシが出品したのは
-オリジナル(勿論私がデザインした)Tシャツ
-エコバッグ(これもお手製)
-暖簾(もちろん、お手製)
-テルテル坊主(頭はシャツの生地の残りで作った)
-千代紙で作った「スギトジルシ」オリジナルのグリーティングカード
-千代紙5枚に日本らしい折紙の折り図を入れたセット
さらにジョグジャ在住の日本人、Mおじ様が作ったとっても可愛いセッタとゲタも預かって展示した。

 芸大時代から店舗ディスプレイの仕事をたくさんしてきたし、もともと作る作品も空間に合わせたでかいものが多いから、何もない空間に何かを作ることには自信がある。そのへんの若い兄ちゃんよか体力もあるし年期もある。主催者からは3x3メートルと聞いたブースの大きさに合わせて、大体必要なものを前日までに用意した。


b0090333_1261687.jpg そして当日。午前9時会場なので、セッティングの時間を入れて7時半に会場入りした。相棒と二人では時間がかかるので、もう一人力仕事のできる知人の息子に手伝ってもらった。そしてとってもシンプルなテントの一角が「スギトジルシ」のお店に変身~♪


b0090333_1264660.jpg さすがこっちの子のアバウトさ、3x3mなはずのブースは、横に2.5m、奥行き4mという広さだった。お隣はハムスター屋(ジャパンフェスティバルにどう関係がある?)と食べ物屋。
 

b0090333_1272068.jpg しっかりと、日本ファンの気を引くために、モトと私は
「いらっしゃいませぇ~~~」
「どうぞぉ~~~」
と渋谷辺りの姉ちゃん言葉真似して客引き。
(※モトは日本人のお爺ちゃんをもつクオーター。別のイベントで知り合ってから親しくなり、勝手に舎弟にした。そして今では「スギト印」の頼れるパートナーでもある)


b0090333_129940.jpg そしたら思ってたよりたくさんの人がどんどん入ってくる。こういうときには外国人って目立つからトクだ。たとえ私のようなものであろうと、日本人が作ったものってのは彼らにとってはかなりありがたみがあると見え、Tシャツもバッグもどんどん人手に渡っていった。


 そういえば、芸大時代は私はサッカー部で、芸祭にはうどん屋を出していた。あの芸祭の盛り上がりを思い出して、どんどん楽しくなってくる。なんと両日とも朝は8時から、夜は10時までず~~~っとブースに詰めっぱなしで、トイレにも行かず、たいした食事もできなかったけれど、かなり楽しい時間を過ごせた。


b0090333_129532.jpg 日曜、最終日の夜遅くに、幽霊がお客さんでやって来た。どうやらイベントの一つ、コスプレ大会に出場してた子らしい。せっかくなのでお願いして一緒に撮影~。この他にも、ガンダム展、浴衣着て撮影しましょう屋、ドラえもんでみんなが気になってる「ドラ焼」屋、漢字でインスタントTATTOO入れます屋などなどが出店。でもなんたって、みなさんインドネシア風だもんね~。こっちはとりあえず本物の日本人という強み。


 一番感動だったのは、たぶんオマセな小学生の女の子なんだけど、スギトジルシのシャツがどうしても欲しい、けど値段が届かない。
「これだけで買えるシャツってどれ?」
と私に聞くけど、ゴメンね、それではどのシャツも買えないのよ・・・
でもけな気な顔見てたらかわいそうで、他のお客さんにはナイショで1万ルピア下げて1枚だけ売ってあげることにした。そしたら支払うときに、小さなお金を何枚も束ねて払ってくれた。あ~、この日のために一生懸命貯めたんだろうな、この子。頭なでなでしてあげたくなった。

 そんなこんなで、昼間の豪雨に耐えながらも、二日間頑張った。完売の商品もでました~。ジョグジャ在住の日本人の方もちらほら寄って下さったりして感謝。ショボいテントの雨漏りを心配して、遠くからわざわざシートを運んでくださったMさん、本当にありがとうございました~~~。老体で大きな声で働いた週末二日間。しばらくはあまり声出さずに静養しよう。
by midoriart | 2008-11-16 23:23 | Yogyakarta