Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 ちょっと前から、弟のようにして(年齢からしたら息子のようといってもいい)可愛がってる子がいる。今年4月に一ヶ月の会期で開催された日本の美術展『KITA!!!』展で現地コーディネーターをしたとき、各アーティストのリクエストに合わせてアシスタント探しをして見つけた中の一人だ。
 彼の名は通称MOTO(モト)、本名ではなくてお爺さんの「HASHIMOTO(橋本)」からついた呼び名らしい。彼の話からすると橋本お爺さんは第二次世界大戦の生き残りではなく、当時まだ5~6歳ということなので、ルーツを探るには少なくとも橋本爺さんの両親まで遡る必要があるのだけれど、もちろんその方々は他界されているので、当のモトも知らないらしい。

 つまりは日本人のクォーターである彼は、やはり自分の中に流れる日本人の血というものを意識するのだろう。『KITA!!!』展で知り合った作家たちのこともまるでお兄さんやお姉さんのように慕っていたし、一番近い場所で一緒に働いた感のある私のことも「姉」と呼んでくれている(母とか伯母さんとか呼ばれなくて本当に助かっている)。
 その彼と、最近始めたのがTシャツ作り。互いのお小遣い稼ぎになれば・・・と始めたのだけれど、こんな時ついついグラフィックデザイン科出身の血が騒ぐのか、夜なべも平気になってしまう。


b0090333_21152147.jpg 考えてみれば、インドネシアでのTシャツビジネスというのはおいしい。だって1年中夏なんだから、Tシャツは年中必要なわけだ。おまけにジョグジャは学生の町、学生狙いのちょっと洒落たイラストでも入っていれば結構手にとってもらえる。運良くモトは現役の大学生で市場のリサーチさせるにはもってこい。と、趣味よりはちょっと真剣なTシャツ作りが始まった。
(ひとときシルク工房となった私のスタジオ)


b0090333_21161622.jpg  まずはブランド名。とにかく二人で作って売り出すには、「MADE BY 日本人」をウリにするのが一番。競争相手はいない。かなり個人的に私がバリで今もかわいがっている愛猿の名をそのままブランドにすることにした。その名は「すぎとじるし(SUGUITO JIRUSHI)」。いまや国際的アーティストとなって活躍している杉戸洋君は私の大学時代の友達。私がバリに暮らすと決まって猿を飼うことにしたときから彼の名を猿につけると決めていた。勿論本人の了解済みだし、過去には彼自身が猿のスギト(こっちはメス)に会うためバリまで来てくれたこともある。

 「何をもって日本らしいと思うのか?」これは日本人からはわかりにくい。だからそこはモトがしっかりリサーチしてはどんなデザインがインドネシアの若者にウケるのかアイデアを出してくる。その中からいくつかトライアルで作ってみた。


 そうして、10月1日の断食明け長期休暇の前に、50枚ほどのTシャツにオリジナルイラストをシルクスクリーンで刷った。シルク刷ったのは大学1年生のとき以来だったので、右手が腱鞘炎っぽくなってしまったけれど・・・。


b0090333_2117947.jpg  でも、できたからってどこで売ればいいの?って話で。
 モトが大学の友達に見せたりして、少しずつ宣伝を始めたところで、レバラン休暇に入ってしまったので彼のダイレクト販売は一旦中止。
(意外と人気のあるダルマのデザイン)
 

b0090333_21181781.jpg  そんな話を友達にしていたら、
「ミュージアムショップが置きたいって言ってるよ」
という。そうか、その手があった。
 モトと知り合うきっかけになった『KITA!!!』展のメイン会場、JNM(JOGJA NATIONAL MUSEUM)」には最近ミュージアムショップができ、アーティストのTシャツや小品、展覧会のカタログ、インディーズのCDなどを販売している。そしてここでの委託販売からの収入は、ミュージアムの運営費としてもそれなりの額になることが期待されているらしい。
 だったらまずはここで・・・と、スタッフに預けてきた。嬉しいことにショップ担当のお姉ちゃんが「すぎとじるし」のデザインを気に入ってくれたので、特別にコーナーまで作ってくれるという。
(JNM ミュージアムショップ入り口)


b0090333_21192049.jpg  気楽な気持ちで始まった「すぎとじるし」のTシャツ、久しぶりにシルク刷ったりも楽しかった。レバラン休暇明けに委託した3つの場所の回って、どんな反応があるかチェックしてみたいものだ。
(ミュージアムショップのミュージックコーナー)
by midoriart | 2008-09-30 21:13 | Yogyakarta
 断食明けも近づいて、街は連日すごい賑わい。日本の年末を想像したらかなり近いだろうな。お歳暮も贈らなくちゃいけないし、年始のオセチも用意しなくちゃいけない。さらに日本と似てることに、経済的に余裕のあるオバチャマ方は、親類縁者の子供らに「お年玉」をあげるため、銀行はピン札交換用の窓口をつくるくらい。去年のニュースでは、道端にピン札交換屋が出て、銀行とは違って古札と取り替えるんじゃなくて、ちゃんと手数料を引くって商売まで出てた。

 とまれ、別に私はこの1ヶ月断食してたわけじゃないし、やっぱりどこにいたって年末ってのは西暦の12月31日だと思っている。こっちの人はだ~れもやらないけど、私は毎年年末になるとジョグジャで一人だけ、大掃除をしている。
 そんな私にとってイスラム教徒の皆さんの断食明けってのは、正直言って別にめでたくないのです、ごめんなさい。ってよりは困るくらいだな。だってこっちはフツーに動きたくても、街がそうじゃないんだもの。フツーに日常の食材の買出し行きたいのに、みんなダンボール箱で買い物して、レジは長蛇の列となったら、もういいや・・・って諦めてしまう。

 そこで考えた。しばらく家から出なくてもいい方法。
その一つが干物つくりだった。最近はコレステロール値を気にして、肉よりは魚を食べるようにしている。野菜もかなりよく食べるようになった。後はこっちのタンパク質、テンペ(大豆を腐らせたもの)もお馴染みのメニューになった。

 イカン・クンブという鯖っぽい魚の新鮮なのを見つけたので、5尾買って頭をとって開き、30分塩水に漬けて干してみた。干物つくり初体験。


b0090333_192509.jpg ザルとかアミってものをもっていないので、フィリピンの市場で昔買った超デカいプラスティック製のオロシ器(穴が開いてるから通気がいいかと思って)に5尾を乗せ、ハエ対策にご飯守りのネット(金属製)をかけてみた。


b0090333_19255588.jpg 庭で干してるので、2匹の犬のことが気になったけれど、彼らは最初にちょっと気をとられたものの、後はまったく関せずってそぶりだったので助かった。これで干すこと1日。夕方から曇り空になってきたので、屋根のある場所へ移動させるも、なんだかやったら臭い。干物臭いといえばそうだけど、下手するとネズミの死骸にも似た臭さ。そううちでは2匹の犬が現役ハンターなので、たまにネズミのホトケさんが庭にあるから臭いはよくわかる。
 ま~言ってみれば「干物」だって「魚のホトケさん」なんだから「死骸」の臭いという意味じゃ共通かもしれないが。


b0090333_19262190.jpg 結局は1日半干して、翌日の夕方にこの状態。腹側は表面がいい塩梅に干からびた気はするが、裏をみるとかなり湿っている。こっち側も向けて干すべきだったのか???


 冷蔵庫に入れてもこの5尾の干物臭がスゴイ。だんだん怖くなってきた。そして1尾をアミで焼いて食べてみた。


 が・・・
 なんともいえない味。塩はさほど入れてないのに、なんか舌が痺れるような感じ、なぜ?あの「ネズミの死骸と同じ臭い」という印象がいけなかったのか・・・。とにかく二口試すのも怖くて結局は捨てることに。

 だから今となってはこの干物は成功だったのかがわからない。今日は冷凍してあった2尾を犬のえさとして炊き立てご飯に混ぜてみた。
 あ~、食べた食べた。彼らにはフツーなのかしら。じゃあやっぱり気のせいだったのか? 気になる。明日の朝市場でチェックして、新鮮なのがあったら再挑戦してみたい。
by midoriart | 2008-09-26 19:23 | Yogyakarta
 9月1日から始まったイスラム教徒たちのプアサ月(断食月)もそろそろ佳境。イスラムの宗派によって、断食月が明けるのには10月1日説と、2日説があるらしい。ま、ともかくそのへんになれば1ヶ月頑張ってきたプアサも明けて、朝から晩まで好き放題に食べることができるってわけで・・・。


b0090333_1040581.jpg  7年もここジョグジャにいながら、一度も行ったことのないパサール・ジャジャン(菓子市場)がある。これは断食月にのみ営業する市場で、正確には市場というよりもフツーの路地。この路地に暮らしている人たちが、各々腕をふるって断食明け用のお菓子やオカズを作り、売るようになったのが始まりらしい。だから年に1ヶ月のみの営業。

 弟分のモトは真面目なイスラム教徒なので、小学校4年生からちゃんと断食しているらしい。最近彼とは仕事を一緒にしているため、私が断食してなくても彼の断食明けタイム(日没)には一緒にちょっとしたスナックをつついてつき合うことにしている。ジョグジャ南部在住の彼もまだ行ったことがないという路地のスナックをチェックしにいった。


b0090333_10413462.jpg  狭い路地に続くは続く。延々と物売りが並んでいる。その長さ、150メートルくらいか。売られてるのは断食明けすぐにみんなが欲しがる果物カクテル系、その後に手が出る生菓子系、そしてちょっと落ち着いたらメインコースで食べるおかず系・・・とあるある。


b0090333_104272.jpg  私がそそられたのはコレ、ペペス。ペペスは西ジャワの料理で、魚や鶏をバナナの葉っぱで包んで蒸したもの。私がよく食べに行く屋台で出てるのは魚・鶏肉のみだけれど、本場スンダ地方には豆腐やキノコのペペスもあって実に美味い。
 今日出てたのは魚系ばっかで、ツナ、ジャコなどなど。中になぜか「鮫」ってのまであってビックリ。オヤジがやたらすすめてきたけどお断りした。


 我が家はジョグジャの王宮からすぐにある。最近早朝に起きることが出来たときは、ウォーキングをすることにしている。さっきから言ってるように7年も同じ場所にいながら、ちょっと先の路地を入ったことすらなかったので、ウォーキングはかなり楽しい。ましてやこのへんは王宮の城壁の内側で、昔ながらの洒落たジャワ建築や、ラビリンスに迷い込んだような場所が突如あるから魅力がある。

b0090333_10424792.jpg  これはプアサの風物詩といっていいのかわからないが、ここんとこ何度も家の前を通るのが「オッチャン鼓笛隊」。私の知る限り、彼らの出番というのは王宮の祭事のときなので、断食明けとは無縁だとは思うんだけど・・・。
 

 にしてもイイよねぇ。名古屋の実家周辺では、ついにここ数年夏祭りでお御輿を担ぐことをしなくなった。過疎化で子供がいないし、昔は祭といったら気合入れてた町内のおじちゃんたちが、今じゃみなさん会社勤めだから平日に町内にでっかい提灯鳥居を立てることすらできない。自営業の人が減ってきてるんだな・・・。

b0090333_10435498.jpg  その点、ジョグジャじゃ~何があろうと王宮が第一。会社勤めだなんだなんて関係ない。特に公務員ほどこういうときには率先して仕事を休む。だから伝統が守られる。特にスゴイ技もってるわけでもないけど、オッサンみなさん真剣に練習してらっしゃる。

 イスラム教徒にしてみれば、もうすぐ来る断食明けの休暇「レバラン」こそが新しい年の始まり。だからマーケットもすごい人。日本でいうお歳暮やお中元ってことか、みんなが菓子詰めを大量に購入している。日本ならこの場で発送できるけど、ここじゃそうもいかないから、みんながダースで品物を買っていく。これもプアサの風物詩。イスラムの年の瀬もあと1週間少々・・・
by midoriart | 2008-09-23 18:39 | Yogyakarta

b0090333_275785.jpg 聞いたことのないギャラリーから案内状が届いた。
 トゥジュ・ビンタン・アート・スペース(Tujuh Bintang Art Space)、「7つ星アートスペース」。案内状にあったサイトを確認したら、こんなにも派手な、ギャラリーってよりはカフェかぃ?ってな写真がある。こんな建物、ぐるぐるジョグジャの街を回ってる私も見たことないなぁ・・・と気になったので、オープニングに行ってみた。


b0090333_283228.jpg 断食月の今、展覧会のオープニングは日没の断食明けに合わせて始まることが多い。普通は午後7時半くらいから始まるところ、今日の展覧会は午後6時、つまり日没に合わせたオープン。私は断食とは無関係だけれど、断食明けならきっとスナック系が用意されているだろうと、弟分のモトを連れて出かけた。
 新しいアートスペースは、意外にも私の家から近い場所の、大通りから中に入った場所にあった。入り口に立ってる見たことある顔のオッサンが声をかけてくる。
「お~、ミドリ!来てくれたかぃ!」
話しながら一生懸命思い出したら、このオッサン、ジョグジャカルタの国立アートセンターで勤めてる人じゃん。どうやらこのオッサンがもう一人の友達と共同で作ったスペースらしい。なるほど、少々センスが悪いのは、オッサン趣味だったんだな・・・


 今日の展覧会がこのスペース始まって2つめの展覧会だそうで、私が通ったISI(国立芸術学院)の卒業生3人のグループ展だった。こっちのオープニングは仰々しく入り口でテープカットしてみたり、オーナーの挨拶だのキュレーターの挨拶だのがあってからようやく会場に入れる。
 午後6時にイスラム寺院から断食明けのサイレンが鳴って、スナック2種と紅茶をGET、客は絵を見るどころじゃない。一日食べてなかったから、食べるのに必死。そうしてるうちに、今日のオマケ、ジャズバンドの演奏が始まる。


b0090333_2102513.jpg そんなことしてるから、なかなかオープニングの挨拶が始まらない。ってると、今度は夕方の祈りの時間で、さらに寺院からコーランを詠む声が聞こえてきてジャズ演奏も中断。たかがギャラリーの展覧会を見るのに、午後6時に着いて会場に入れたのは午後7時半だった。


b0090333_291985.jpg オランダ様式の古い家を改装してギャラリーにした空間は、部屋が入り組んでて天井低くて、ちょっと使いにくそう。そこに3人の作品をごっちゃにして展示してるから、余計に見にくい。いったいこのキュレーターはどんなセンスでこういう展示を考えているんだろうか。わからん・・・。


b0090333_2105017.jpg そういえば今日は十五夜。日本だったらススキと餅で月を愛でる夜か。断食明けにGETした菓子は焼き菓子一個と中華風緑豆のあんこ入り餅だった。これ食べてジャズ聴いて、まん丸お月さんを野外で見て、ジョグジャ版十五夜が楽しめた。気づけば展覧会の内容よりも、この餅の美味さに感動の夜だった。
by midoriart | 2008-09-14 23:06 | Yogyakarta
 今回のバンドン旅行で見てきた2つのギャラリー。一つは今回10周年記念展を開催した、バンドンの重鎮彫刻家スナルヨ氏のミュージアム、スラサール・スナルヨ(Selasar Sunaryo)、そしてもう一つはバンドン工科大学内にあるスマルジャ・ギャラリー(Soemardja Gallery)。
これらはバンドンにあるギャラリーの中でも、もっとも活動的かつ定期的に企画展を開催しているギャラリーといえる。財力から言えばはるかにスナルヨさんとことが勝るけれど、スマルジャは国立大学のもつギャラリーとして、教育的、文化的に意味のある展覧会も多く開催している。

SELASAR SUNARYO
10周年記念展のオープニングでは、あまりに人が多くてゆっくり展示作品を見ることができなかったので、翌日に撮影を兼ねて訪ねてみた。最近の絵画作品バブルの波はインドネシアにも入ってきてて、展覧会が始まれば翌日には購入目的の成金たちがたくさんやってくる。

b0090333_14382099.jpg スナルヨさんところに新しく増設された展示スペース「バレ・トンゴ(Bale Tonggoh)」は開放的なスペース。作品を作って見せる者としてこのスペースを見ると、なかなか魅力的ではあるけれど、インドネシアの気候を考えると、雨季のときって使いにくいだろうな・・・

b0090333_1439989.jpg スラサール・スナルヨのいくつかある展示館の中で、私の好きなスペースはここ。自然光がたくさん入って気持ちいい。今回はジョグジャのアーティストグループ、ジュンデラ(Jendela)の5人がここで作品を展示していた。


b0090333_14394626.jpgSOEMARDJA GALLERY
スラサールでスゴイのは、こんな洒落たカフェがあること。ここのオックステールスープや、アイスコーヒーにはたくさんのファンがいる。大きな木の木陰で美術鑑賞の合間の時間を過ごす。こんな贅沢な時間と空間があるって、インドネシアじゃ~めったにない。ここでイイ展覧会見て、山の空気吸って、ちょっと美味しい飯と茶してゆったりするためだけでも、8時間の夜行電車でバンドンに行ってもいいって思うくらい。


b0090333_14402047.jpgSOEMARDJA GALLERY
今回キュレーターから個展企画をもちかけられたのがバンドン工科大学内スマルジャギャラリー(Soemardja Gallery)。以前は構内にしかエントランスがなく、外部の人たちからは少々敬遠され気味だったギャラリーが、最近になって改装し、外からダイレクトにギャラリーへ入れるようエントランスを外に作っていた。たしかに、これだったら外部の人たちにもわかりやすい。なんたってガネーシャ通りから大学に入ったら真正面に入り口が見えてくる感じだもの。


b0090333_1441171.jpg オランダ植民地時代に、オランダによって創設されたバンドン工科大では、せべての建物がバタくさい。このギャラリーがきれいなキューブじゃないのも、建物自体が円柱だから。かといって美しく八角形とか九角形とかになってるわけでもないから、普段まず会場のサイズを測ってから作品の展示を考える私にとっては少々ツライ空間ではある。


b0090333_14415178.jpg これは2階から見た空間。とり様によっちゃあおもしろい空間ではある。私はここ数年続けている交換プロジェクトの作品は、教育施設に近い場所で展示をしたいと思っていた。特に今計画中のプロジェクトは、バリ島に生存している日本軍占領時の、当時の記憶をまだもっているお年寄りとの作品交換。
こうしたインドネシアの歴史とも関わり深い作品なので、そういう意味を一緒に感じて考えてくれる世代の人たち、考えてくれる可能性のある人たちに是非見てほしかった。だから今回バンドンへ行って、偶然にもキュレーターから個展に誘われて本当にラッキーだった。


いまインドネシアでは90%以上といわれるイスラム教徒の皆さんが断食中。10月1日に断食明けして彼らにとっての新年が始まる。この時期は帰省ラッシュも激しく、宗教的には関係のない中華系の金持ちたちは長期休暇に便乗してバリ島などへ家族旅行する。まさに日本で言うところの「盆暮れが一度に来た」感がある。
なのでこの時期私のような一人身はジョグジャにポツンと残っていると結構寂しい思いをする。だから今回はこの断食明け休暇を使って私はバリ島へ帰省(?)して、スマルジャギャラリーで展示するための新たな交換プロジェクトをバリで実行してこようってわけだ。どんなお爺ちゃん、お婆ちゃんと出会えるか、今から楽しみ。
by midoriart | 2008-09-13 14:36 | Bandung
 今回バンドンで泊めてくれた若き女性アーティストのプリラは断食中。近代的な作品作ってフツーの現代ッ子だけど、ちゃんとイスラム教の教えは守ってるんだな。展覧会オープニングまでずっと作品完成させるのに忙しくて、今朝は日の出前ギリで最後の食事してたわけだから、朝の行動はゆっくりめに。私はプリラの父ちゃんのPC借りてネットで作業。


b0090333_17344169.jpg 昼からプリラと外出。まずは建築家の父ちゃんが作ってるレストラン予定地へ。
 なんでも以前買っておいた土地(竹やぶ)があって、ここに父ちゃんがレストラン&プリラのためのギャラリーを設計しているという。スゴイな~インドネシアの金持ち・・・。スケールがでかい。最近バンドンの北部(ダゴやスティアブディ)はどんどん開発されて、洒落た店が軒を並べてるから、ここもきっとジャカルタの金持ち層が来るに違いない。
 バンドンの中心地の混雑した大通りから少し入ってて、高地で、さらに竹もいっぱいでのんびり感あって、最高のロケーション。これ完成したら私だって茶のんでボケ~~~ッとしてみたいよ。完成予定は今年12月とか。


 次にITB(バンドン工科大学)へ。土曜だから基本キャンパスは静か。
 私たちが行ったのはGaleri Soemardja(スマルジャ・ギャラリー)、バンドン工科大学美術学部のもっている学内のギャラリーだ。現在ここのキュレーターを勤めているのはウチョという私の古くからの友達。彼は昨年福岡アジア美術館でキュレーター研修をしてきて戻ったばかり。来春ここで私の個展を企画してくれるというので、久しぶりに会場を訪ねてみたわけだ。
 もともと知ってるギャラリーではあるが、自分が作品を展示するとなると、また別のチェック項目も出てくる。壁の質や天井高、搬入口の確認などをして終了。


b0090333_1736271.jpg 今日の夜行電車は午後7時発。断食明け(日没)は午後6時。今回世話になったプリラの断食明けにつきあって、美味しいもの食べてからジョグジャに戻ることにした。駅まで送ってもらい、近場にあったスンダ料理屋でバンドン名物を注文。

b0090333_1841941.jpg 日没を待って、1日断食しながらも私につき合ってくれたプリラと紅茶で乾杯して、生野菜の多いスンダ料理を楽しむ。


b0090333_18415625.jpg 夜行電車の種類にもよるけど、私の乗ったのは飯付き。飛行機の機内食をショボくしたような感じ。何ものってない皿、目玉焼き、きゅうり、ミニせんべい、バナナが最初に配られ、ライスジャーとしゃもじを持って歩いてくる姉ちゃんを待つ。姉ちゃんが来たら空の皿を出して、そこにナシゴレン(焼き飯)をよそってもらうというシステム。機内食のようにゴミが出ないってのはエコかもしれないが・・・


b0090333_18421844.jpg こうして午後7時ジャストに出発したバンドン発の電車は、翌7日の午前4時にジョグジャに到着。知らない町で暗闇の中、駅に降り立てば緊張もするけど、ジョグジャは違う。クリミナルがまったくないわけではないんだけど、なんか緊張感のないトロ~~ンとした空気なんだなぁ。田舎くさいというか。
 私の家までは元気なら歩けなくもないけど、ベストはベチャ(人力車)。寝てるベチャ引きを起こして家まで帰った。昔のことを思えば、随分電車も快適にはなったけれど、あの指の先が凍えて動かなくなるまでの冷房だけはなんとかしてもらいたい。本当に。
by midoriart | 2008-09-06 17:30 | Bandung
 西ジャワのバンドンはインドネシアの3大現代美術中心地のひとつ。ここにはスナルヨさんという彫刻家の重鎮がいて、自分のミュージアムを持っている。またそれが、バンドンの山側のとってもお洒落なエリアに建っている。
 彼のミュージアム、Selasar Sunaryo(スラサール・スナルヨ)も今年で10周年、5日には10周年記念の展覧会『A Decade Of Dedication –10 Years Revisited-』が始まるというので、久しぶりにバンドンへ行くことにした。前日の夜行電車(23:10発が遅れて23:50に出発)でバンドン着は午前8時。


b0090333_1132069.jpg バンドンで親しくしているキュレーターでありバンドン工科大学教授でもあるアスムジョ宅で休憩を取らせてもらい、一緒に会場へ。ジョグジャと比べるとバンドンは本当に涼しい。オランダ植民地時代のオランダ人たちが、バタビア(現ジャカルタ)から避暑に来たってのもわかる気がする。
(スナルヨさんのミュージアム周辺から見た景色)


b0090333_11324659.jpg 9月1日から断食が始まっているので、普段なら午後7時半がオープニングタイムなんだけれど、今日は早くに始めてみんな一緒に断食明け(日没)を祝おうという趣向らしい。だから始まりは午後3時半。少し遅れて4時に開会式が始まりスンダ(西ジャワ)音楽も流れ出す。


b0090333_11331948.jpg スラサール・スナルヨの会場内。さすが、バンドン最大の個人ミュージアムでの記念展とあり、取材陣もたくさん来ていた。これは私も好きだったバンドンの陶芸家、故ヘンドラワン氏の作品。


b0090333_11334490.jpg 現在ジョグジャの売れっ子になってしまったスマトラ出身の作家グループ、JENDELA(ジュンデラ)5人の作品はワンフロアにまとめられていた。いつ見ても彼らの作品は洗練されてて、技術的にも緻密で感動する。


b0090333_11341817.jpg 10年間の軌跡をまとめた本も、今日の展覧会オープニングと共に発売されていた。私にはちょっとお高いので買うのはパス。今年4月に日本からもってきた日本人アーティスト20数組によるグループ展『KITA!!』展はこの10年間の後半ギリギリにかかっていたため、スナルヨさんのミュージアムで作品を発表したパラモデルや松本力さんの作品写真も掲載されていた。これ、本人たち知ってるかな・・・。

 バンドンは1年ぶりくらいだったので、懐かしい友達にも会えて楽しいオープニングだった。今日のお泊りはバンドン出身の若手作家プリラ宅。彼女の作品は私がキュレーションで関わった展覧会で日本とフィリピンへもっていったこともあり、ここ数年親しくしている。お父さんが建築家でけっこうお嬢様、家も広いので泊めてもらうにも気兼ねがいらない。
 彼女も今回の展覧会に出品していたので、今日は疲れたに違いない。私も老体に夜行電車で疲れたので、早々にオネム。
by midoriart | 2008-09-05 11:31 | Bandung

JOGJA SURFING.COM 更新

 2003年に創刊して以来、ず~っと一人で取材、撮影、原稿書き、レイアウトをして発行しているのが『JOGJA SURFING』。
 インドネシア国内に15箇所ある日本人会、ジョグジャカルタ市内のレストランをはじめ、バリの日本人経営してるカフェ、その他は日本の在日インドネシア大使館、GARUDAエアーラインなどにも配布している。

b0090333_2237545.jpg 実はこのフリーマガジン、今年からはジョグジャカルタ市観光局からの予算が下りなくなり、発行するのが困難な状況。もともとこの雑誌は私が趣味で作り始めたようなものなので、予算ったって印刷代がギリギリ出るだけ。つまりこれがなかったら、印刷費を自分で捻出しなければならない。
(写真はWEB版のホーム)


 もともとの始まりはジョグジャの王様公認で予算プラス私の仕事料まで出ていたものが、長い目で将来を見れない人たちの決定で打ち切りになったのが2004年。その後、『JOGJA SURFING』を活用してくれるジョグジャ在住の日本人の皆さんが支援してくださり、ジャカルタにある日本企業が広告掲載という形で印刷費が出るようになった。それでもまだ足りない印刷費は、インドネシアのホテルやレストランから広告を取って、それでも足りないと自腹を足してでも発行してきた。なんだか悔しかったんだな、あの頃は。せっかくのイイ企画なのに(と自分では思っている。だってジョグジャの詳しい情報がわかる日本語の雑誌なんて皆無に近いんだから)、これを支援しきれないジョグジャカルタに対して反抗心があったのだ。


b0090333_2239123.jpg そんな時期を越して、結果がついてきた頃になって、ようやくジョグジャカルタ市観光局が
「いいもの作ってくれてますね。これからもよろしく」
と、年間で予算を取ってくれるようになったのが2年前。これで自ら頭を下げて広告を取ってこなくてよくなったと思ったのもつかの間、今年からは予算が出なくなった。
 昨年予算のあるうちに、WEB版の予算ももらっておいた。今年に入ってちょっと更新をサボってたので、ここ数日の時間でUPした。
(数あるコンテンツのうち、これは「SCHOOL」。美術館、博物館の他、言葉の学校や銀細工、舞踊スクールも紹介)


b0090333_22422086.jpg ちなみに、2008年からは廃刊しようと思っていたところに、日本インドネシア友好50周年記念行事で大きな美術展が日本から来たので、その広告代をもらって臨時号として3~4月号(31号)と5~6月号(32号)が出せた。そして9月にジョグジャが旅行博で日本へ行くので、そのついでに予算もらってさらに臨時(というか便乗)で印刷に回せたのが最新の9~10月(33号)。
(「SHOP」では様々なお店を紹介)

 まだ発行してない33号の内容も含め、こちらでUPしてるのでアクセスされたし。

JOGJA SURFING. COM
by midoriart | 2008-09-03 22:39 | Yogyakarta