Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 今回一時帰国して早速行ったのが桑名にあるFLOWER。ここは私の中学時代からの友達、風子の兄貴夫婦が始めたベジタリアン・レストラン。兄貴の嫁さんエリちゃんのとにかく凝ったメニューと盛り付けが私のお気に入りになった。

b0090333_16204545.jpg 桑名の高速を降りて右折、その後で2回右折したらFLOWERに着く。けっこう簡単。この周辺は新しい住宅街で、店のまん前に広~い公園がある。そこにこんな感じで店が建ってるからなかなかお洒落。


 兄貴夫婦はこの店の近くに住んでいて、柴犬を飼っている。私はインドネシアで多いときには犬2匹、サル2匹、猫3匹を飼っていた。現在もジョグジャの家には2匹の犬が私の帰りを待っている。サルのスギトはバリで健在。そんなわけで毛の生えた生き物が大好き。帰国中は実家に何も生き物がいないから寂しくて、今日は兄貴んちの柴犬が触れることも楽しみだった。

b0090333_1621139.jpg ランチタイムで混んでいたから風子は兄貴宅まで行って駐車、さっそく柴犬のプクに会うことに。裏から庭に回って風子が呼んだら、シッポ振って出てきたプク。私にもクリクリになって腹見せて転がってる。番犬としてはまったく役立たず。でも柴犬ってカワイイなぁ~。尻はプリプリだし。


b0090333_16211893.jpg そして歩いてFLOWERへ。今日のランチはライスバーガー(フィッシュ風フライ)にくるくるポテト、サラダ、野菜たっぷりのスープ、そしてコーヒーゼリー。思えばライスバーガーなるものを食べたのは人生初かも。


b0090333_16212944.jpg ライスバーガーのライスは五穀米。モチモチだからもち米入りかと思ったらそうじゃなかった。フィッシュ風フライの中身はなんとオカラ!白身魚みたいになるように、皮の部分にはノリがついてるから、こうやってアップで見ても本当の魚フライみたいでしょ?タルタルソースもなんと豆腐から出来ている。


b0090333_16214373.jpg サラダに入ってる長芋もマリネに合っててムチャ美味し~~~☆


b0090333_16215455.jpg 今日は誕生日にかこつけて、この前から気になっていたケーキにもトライ。だって「バターも粉も使っていません」っていうホワイトチョコのケーキって言われたら、かなり気になるでしょ。ランチタイムの超忙しい時間帯が過ぎてちょっとホッとした兄貴が、私のケーキのオーダーに山盛りバージョンを作ってきてくれた。
 だからこの写真はフツーにオーダーしたケーキ1皿分じゃありません。念のため。


 店を手伝ってる兄貴や、風子のお父様リッキーもテーブルに来てくれたので、
「ところで、このケーキって何でできてるんですかね?」
と聞くと、
「ほ?粉なんじゃないのか?」(リッキー談)
「あ~、それね・・・    わからん・・・」(兄貴談)

 しっかり食べて美味しいケーキまで食べて、満足で兄貴宅へ車を取りに行ったら、FLOWERの料理をすべてコントロールしてる嫁さんエリちゃんがいたので、聞いてみた。
「あ~、アレね。タマゴとチョコだけなのよ・・・」
へぇ~!!! これは食べてもらわないと驚けないかもしれないけど、あの味、あの食感がバターも粉系もなしで出来るとは驚き。ホントに美味しいんだもん。
 しかしエリちゃんもいいものを作ったもんだ。バターも小麦粉もなしで美味しいケーキが作れるんだったら、このバター不足もドンと来いだよね。
 あ、でもタマゴも値上がってるんだっけか・・・・

 今日も美味しいベジタリアンメニューだった~。7月のメニューで気になるのは「野菜たっぷり餃子と点心」「ベジタリアン寿司」。別に私はベジタリアンじゃないんだけど、今日の「白身魚=オカラと海苔」みたいな種あかしがおもしろい。それに本気で美味しいし。別メニューもまた今度紹介したいと思う。
by midoriart | 2008-06-26 23:19 | Japan
 いつも私が一時帰国すると集まるメンバーがある。愛知芸大時代の同級生と後輩、そして教授。今回もいつもの3人(女子)と教授で集まるスケジュールをたて、そこに後輩の男子2名も誘うことにした。

 名古屋駅まではチャリ。最近はチャリにもいろんな交通規則が出来てるみたいだけど、私は今ひとつ把握してない。奥様じゃないから子供と何人かで乗ることもないし、日傘を差して乗ったりもしないからよほど違反はしてないつもり。

b0090333_2221966.jpg ただ街中では駐輪規制が厳しくなってるとは聞いていたので、今日は初めて有料の駐輪場を使ってみた。基本システムは無人パーキングの後払いってのと同じで、前輪を入れた部分がロックされて、マシーンに駐輪したロックナンバーをうちこみ、24時間100円で清算されて、支払えばロックが解除される。

b0090333_222312.jpg まぁ、これで街中の狭い舗道が歩きにくいってことがなくなるんだったらイイかも。ちゃんと整列してるから、後から来て停めたチャリが邪魔になって自分のチャリが出せなくなるってこともないし。
(ラスタなマイ・チャリはすでに20年愛用)


 今日の呑み会は最近おねむタイムが早くなった山口センセイに合わせて午後6時始まり。オフィスで務めている仲間には少々抜け出しが厳しい時間。比較的時間に自由なフリーのデザイナー旬ちゃんと私はオンタイム。自動車関係のデザイナーしてる中村君、名古屋のデザインセンター勤務民ちゃんもちょっと遅れでやってきた。そこへセンセイも登場。最初からわかっていたけれど、電通デザイナーのヤスヲちゃんはやっぱり7時過ぎにしかオフィスが抜けられなかった。それでも無理して1時間遅れで途中参加。


b0090333_2224414.jpg 今日の店は私が学生時代、飲み歩いてた頃に仲良くしていた店のチェーン店、当時は部長だった川角さんは、今では社長で名古屋に10数件の店を持っている。なんたって社長の知り合いだから、店もサービスがいい。6人で盛り上がってる頃に川角社長も様子を見に来てくれた。酔った勢いで私が
「明日は私の誕生日なんだけど、ケーキちょうだい~」
と言ったら、ケーキはないけどデザートの盛り合わせがドカンと出てきた。言ってみるもんだ。


b0090333_2225668.jpg さらに、今日参加のメンバーから花束のプレゼントまでもらった。嬉しい~。早速できたばかりのマイ・スタジオのデスクに飾りました~☆
 普段はインドネシアで誕生日を迎えると、一人で近所にあるケーキの美味しい喫茶店でケーキ一切れ買ってきて、うちで2匹の犬と祝うくらい。人に祝ってもらって(自分で言わなかったら気づかれてないけど)、花束までもらったのは久しぶり。本当に幸せな誕生日だった。いくつになっても、やっぱり嬉しいもんだな、誕生日。祝ってくれた友達と先生、カードを送ってくれた旧友、メールをくれた遠くの友達、そして生んでくれた父と母にも感謝。ホントにアリガトウ。
by midoriart | 2008-06-24 00:00 | Japan
 一時帰国して間もなく、新聞の折り込み広告で興味ある展覧会の案内を見つけた。『語り継ごう!戦争体験の記憶:平和祈念展』は愛知県図書館で6月13日~22日、平和祈念事業特別基金主催、愛知県共催で開催された。
 申し訳ないけれど、「平和祈念」なにやら・・・とか聞くと、一瞬アヤしげな組織のように思えて気になったのだけれど、ネットで調べてみたら実は国の機関が独立行政法人としてやってるものだった。だから都庁近くの西新宿2丁目にはちゃんとした平和祈念展示資料館というものを持ってるし、沖縄糸満市の平和祈念資料館や、北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)にある樺太関係資料館、兵庫の姫路市平和資料館などもみな関係資料館だってことがわかった。

 そこで安心して図書館へ展覧会を見に行くことに。
 私の目的は展覧会を見ること以外にもう一つあった。こういう展覧会を見に来るのは、きっと体験者世代に違いない、ここで一気に戦争の記憶をもっているお年寄りと会って、私が2年前から続けている「交換プロジェクト」の作品交換をお願いしようと思ったのだ。


b0090333_22145198.jpg 愛知県図書館はなかなかいいロケーションで、近くには名古屋城があって緑も多いエリア。昔のお堀の近くに建っていてお散歩コースとしても気持ちがイイ。私はかなり久しぶりにこの場を訪れたのだけれど、今日行ってみたらなんと5階に「ガッキー(スガキヤ)」が入っていたので驚いた。

b0090333_2215336.jpg きっとこれは名古屋周辺の人にしかわからないのだろうが、いまだにラーメンを290円で売るスガキヤ!私の大好きなスガキヤが、なんと図書館の5階にOPENしていたのだ。これには大感動で一瞬展覧会のことを忘れそうになった。


 『戦争体験の記憶:平和祈念展』会場もスガキヤと同じ5階。むこうに光るスガキヤの赤い光が気になるものの、まずは展覧会を見ることに。思ったよりも広い会場は歴史に沿って「入営・出征」「中国との戦争(戦場の拡大へ)」「アジア・太平洋での戦争」そしてここで愛知県での戦争の状況を解説するコーナーがあり、「強制連行」「過酷な労働とラーゲリ生活」「引き上げ者の労苦」と展示品が続いていた。それぞれに写真、品物、ビデオなどの展示があってかなりの見ごたえ。


b0090333_22152150.jpg 軍隊手帳の他にも、奉公袋や、当時の「主婦の友」に特集された兵隊さんに作ってあげて喜ばれるベスト5とかもあった。私にとっては、「交換プロジェクト」のきっかけになったフィリピン、バターン攻略戦の資料が印象的だった。大ファンの水木しげる氏による前線の様子を示したイラストも数点あった。
 

b0090333_22154664.jpg b0090333_2215568.jpg
 戦地から兵士たちが使った絵葉書には、日本軍の勇ましさを示すようなイラストが印刷されていた。こんな絵葉書をみんな使っていたんだな。。。こういうイラスト描いてた当時の絵描きたちは、どんな想いだったんだろう・・・。
 葉書に書かれた昔の人たちの字は、青年なのにとても丁寧できれいだった。


b0090333_2216764.jpg 私があまり知らなかった部分が戦後ソ連に抑留された軍人や、一般の人たち。抑留者は防寒にもならないような外套を着て、雪の降る中で原生林の伐採、炭鉱労働などを強いられ、飢えと寒さで多くの人が亡くなったという。帰国は昭和21年(1946)に始まるけれど、ソ連側の引揚事業中断などがあり、さらに10年かかった。その間に約5万5千人の日本人が日本を夢見てその地を踏めないままに命を落としているという。


 私はインドネシア、フィリピンで戦争に関わった人たちと自分の作品を交換するというプロジェクトを行ってきた。今回の帰国中に、日本人で戦争を体験した人たち(=私にとっては私自身のお爺ちゃんと同じ時代の記憶を共有している人たち)とも、作品の交換をお願いしたいと思っている。
 今日この展覧会には、私の予想通り戦争体験者のお爺ちゃんがたくさん来ていた。それぞれの展示物を見て、その時代をリアルに思い出すのか、展示室の係員に向かって、自分の思い出話を始めて止まらなくなっているお爺ちゃんも数人いた。

 愛知県図書館という公共の場所、そして政府の総務局が関わった組織主催の展覧会、ってことで、私が非常に個人的な作品つくりの一部として、お爺ちゃんたちとの作品交換をこの場を使ってやるってことは、きっとちゃんとした許可もらわないといけないな・・・と思って、事情を話に担当者のところへ行ったのだけれど、案の定OKは出なかった。
 もちろん、許可なしで、図書館から出てきたお爺ちゃんを狙って直接交換の交渉をするのもアリなんだろうけれど、なにせ日本はこういうことやりにくいもんだ。私のような怪しい者が、作品である小さなヒトを持って、お爺ちゃんに渡そうとしてたら、きっと傍目には年寄り狙った新手の商法か勧誘だと思われるに違いない。

 ってことで、結局自分自身の作品交換プロジェクトは収穫なしだった。日本じゃこうした元軍人在職者協会とか、全国強制抑留者協会とかから個人情報をもらうこともできないし、う~ん、一度に一つの場所でたくさんのお爺ちゃんに会うには、どこを狙ったらいいのだろう?問題にぶち当たって少し困った1日。
by midoriart | 2008-06-21 22:13 | Japan
 去年の暮れに帰国したとき、名古屋駅が思い切りイメージチェンジしていて驚いた。JR駅周辺に高いビルが出来ていたり、その前にあったトヨタビルがミッドランドなんて洒落た商業施設の入ったビルになっていたり。でも結局日々の雑用に追われ、行くことができずにいた。
 そして今回、時間に余裕もあったのでミッドランド探訪に出かけてみた。1~2階のショッピングフロアにはカルチェ、セリーヌ、イブサンローランなどなど、私とは一生縁がないと思われる店舗が入り、4階に飲食店、5階に映画館、そこからオフィス関係が入ってるのかな、で41階にはこれまた縁がなさそうな高級レストランフロアがある。

 なんでここへ来たかというと、私の大好きな坂東玉三郎の歌舞伎を撮影した「シネマ歌舞伎」なるものを、5階の映画館でやっていたから。だったら母を誘って行って、ついでにミッドランドの中でランチしようという話になった次第。私の財布で母にご馳走できるのはギリギリ4階のレストランなので、このフロアのイタリアンISOLAへ誘った。

b0090333_10321124.jpg 6月いっぱいはいろんなサービスがあるみたいで、HPを見たと言えば食前酒がサービス、さらに映画館のチケットを持っていたらビールかソフトドリンクもついてくる。なので私は食前酒+ビールをサービスされてご機嫌。


b0090333_10322428.jpg のんびり食事した後にフラフラと館内を探索して映画館へ。高級感を出した入り口はこんな感じ。

b0090333_10323413.jpg そして名古屋駅のど真ん中、2つのタワーがのぞめる大きな窓に向かってカウンターがあって、ここで上映を待つ人たちが座れるようになっていた。
「名古屋もなかなかの都会だね~、随分様変わりしたね~」
と、ちょっと感慨深い母と私。

b0090333_1032457.jpg 今日観た映画は『ふるあめりかに袖はぬらさじ』、歌舞伎座で上演された本物の歌舞伎を映画上映用に撮影したもの。この後は勘三郎のシネマ歌舞伎上映もある。今日は初めて映画館で歌舞伎を観たけれど、なかなかイイかも。私にしてみれば本物の歌舞伎を観るのは財布が厳しい、でもこれなら2,000円で歌舞伎が楽しめる。歌舞伎の普及にも一つの手なのかもしれないな・・・。
 にしても、大好きな玉三郎もやっぱり老けたなぁ。。。昔の妖艶な女形から、笑いのとれるキャラクターも演じられるようになってさすが。やっぱりスゴイな~玉三郎・・・。有吉佐和子脚本の話は幕末の横浜にある遊郭。ちょうど最近『徳川慶喜』や『燃えよ剣』でこの時代のことを読んでいたので、簡単に時代に入っていけて余計に面白かった。


b0090333_10325879.jpg 充分に満足してミッドランドを後にし、名古屋駅の地下街をフラついてて見つけた!
 猿のマグカップ!!!
 尻尾が取っ手になっているんだけれど、これが無理なくてかわいい!

b0090333_1033745.jpg 裏には子サルもいる!たまらないのですぐに購入。かなり嬉しい見っけものだった。


名駅といえば、名古屋人は「名古屋駅(なごやえき)」のことをフツーに「名駅(めいえき)」という。これってよその人は知ってるんだろうか?それと同様に「めいだい」といったら「明大(明治大学)」ではなくて、「名大(名古屋大学)」が浮かぶ。おそらくこっちはかなりローカルなんだろうな・・・。
 かといって、「名古屋城」のことをけして「名城(めいじょう)」とはいわない、と書きながら思い出した。私が乳ガン検診に行った総合病院は名古屋城の近くにあって、その名も「名城(めいじょう)病院」だった。他の地方で城の名前をこんなふうに略すところってあるのかな?と素朴に疑問をもっってしまった夜。
by midoriart | 2008-06-19 22:30 | Japan
 今回の一時帰国では、かなり古くなった自分の身体の完全メンテを目的の一つとしている。2年ぶりの人間ドックや歯の治療、とりあえず女なのでご婦人がかかる可能性のある乳ガンや子宮ガンの検査もすることにした。帰国してすぐ近くの総合病院へ電話して初めて知ったことだけど、乳ガンは外科、子宮ガンは産婦人科なんだな~。さらに、乳ガンは人気がないみたいで、予約なしでOKで、子宮ガンとなるとかなりの予約待ち。乳ガンは舐められてるのか・・・
 今日は朝一番で初診受付に並び、外科で手続きして名古屋市補助の乳ガン検診をお願いした(参考までにこれで1,800円)。女医さんの触診はあったかい手で乳の輪郭に沿ってペタペタ撫でられてく感じ。インドネシアのSPAで全身マッサージしてもらうときの感覚にちょっと似ていて気持ちよかった。


b0090333_2241472.jpg 次に書類を持ってマンモグラフィ担当へ。これが噂に聞く「乳をグィっと引っ張られ、ガラス板に挟まれて、たまらなく痛い」検査か・・・。入り口が開いてたので、どんな機械に自分の乳を挟まれるのか、覗いてみた。乳を置く場所は黒い板になっていて、そこへガラスの押さえ板が降りてくる仕組みのようだ。


b0090333_2241596.jpg 若い技師が丁寧に説明した後、後ろから乳を押さえて板に載せ、ペダルでガラス板を調整しつつ、少しずつ乳を潰していく。
「どうしても耐えられない痛みだったら言ってくださいね~」
と言われるのだけれど、私はもともと痛みに鈍感なので、なんともなかった。
 まずは乳を上下に挟んで左乳、右乳。その次に左右から挟んで左乳、右乳。計4枚の撮影をした。その昔、小学校の理科の授業で、口の中の粘膜をとってガラス板にのっけたのを思い出した。


 今日は午後からギャラリー巡りの日。
 いつも一時帰国すると、名古屋在住の彫刻家のおじ様Fさんを誘って市内の画廊巡りをするのが恒例になっている。巡りながら美術談義したり、互いの近況を話したり、観た展覧会の作品について語ったりという時間がかなり楽しい。
 最初に行ったのはAIN SOPH DISPATC(アイン・ソフ・ディスパッチ)、略してASDという新しい画廊。名古屋の某ギャラリーで10年ちかくアシスタントをしていたCチャンが独立して作ったスペースで、一度行きたいと思いつつも、ずっと縁がなかった。
 今回はちょうどFさんの教え子が個展開催中だったので、今日のスケジュールの一番最初にここを訪ねた。円頓寺商店街という名古屋でもかなり古い商店街の中、古い民家の1~2階を改装して使っているスペースはなかなか趣きがある。
 

b0090333_22422597.jpg ASDの入り口。手前はJAM JAMという和テイストなアロハやTシャツを扱う店になっていて、奥へ進むとこうなっている。手前の店もかなり私好みで気に入った。


b0090333_22424247.jpg そして狭くて急な階段を上るとこんな展示スペースになっている。小さいけれど味のある空間でおもしろい。3階もあるけど、倉庫として使っているそうだ。


b0090333_22425115.jpg 久しぶりにあったCチャンはまったく変わってなかったので驚き。本人も若いから、名古屋を中心に若い作家をサポートしつつ展覧会を企画しているという。円頓寺商店街は実は我が家からチャリで10分の距離。そしてASDの裏はなんと私の通っていた名古屋第三幼稚園がある。昔懐かしいスポットに、知人の新しいギャラリーが入って不思議に嬉しい。これから日本にいる時はチャリでふら~っと遊びに来よっと。
 

 今日は偶然にも、大阪府立美術館準備室にいるMさんも名古屋の画廊巡りで出張だったので電話をくださった。ASDは夜9時までやってるので、Mさんとの待ち合わせはASDにした。そして私は再度ASDへ行き、気になっていた手前の店でドクロ入り牡丹柄の七分袖ラグランシャツを購入。怖ジブくていいわ~・・・、Cチャンの知人割引か20%もディスカウントしてくれたし。健康オタクで半日、美術で半日の1日だった。
by midoriart | 2008-06-13 22:43 | Japan
 あと2日で『インドネシア復興100年記念展』が終了する。会場はジョグジャカルタ、王宮北のコーナーにあるジョグジャ・ギャラリー。基本的に私は空間を使ってモノをいろいろに配置するような作品を作っているので、展示はもちろんのこと基本的には撤去も自分ですることにしている。でも今回に限っては帰国の予定がすでに決まっていたため、どうしても撤去までインドネシアにいることができず、人任せの撤去になってしまう。作品梱包の状態やら、迷惑をかけてしまうギャラリーの関係者のことを思うとかなり心苦しいけれどやむをえない。


b0090333_13395848.jpg ジョグジャでもまだ新しいこのジョグジャ・ギャラリーはインドネシアではおそらく唯一、入場料をとる。もちろん国立の博物館とかは昔から入場料がわずかにあったけれど、美術を扱ってる公共施設ではいまだに入場料はないのが一般的。「美術なんて金払って見るもんじゃない」ってことか。
 そうした一般観客の考え方を変革するためにも、またこうした施設が入場料などから運営費を賄っていけるようにと、ジョグジャ・ギャラリーがチケット制を試して1年半くらいか。もちろんそれだけじゃやってけないので、裏にはたくさんの支援があると聞いている。ともかく、それなりの設備をもって運営しているジョグジャでも数少ないギャラリー(規模としてはけっこうデカい)のひとつといえる。
(『インドネシア復興100年記念展』の会場より)


b0090333_13405750.jpg 作品の性格上、他の作品と一緒に並べるのが難しかったこともあり、私はギャラリー1階にあるオーディオビジュアル室をマルっと一部屋もらうことができた。床も天井も壁も真っ黒という空間はなかなか個性的。今回の作品『交換プロジェクト:アジアの記憶(ブリタル編)』は、1945年に東ジャワ、ブリタルで起きたPETA(祖国防衛義勇軍)の日本軍への反乱に関わるもの。この事件後、日本軍は連合軍に破れ、インドネシアは独立に向けて勇気ある闘争の末にインドネシア共和国を築いた。そのもとになった人々、今はお爺ちゃんになっている人たちはつまり、インドネシアの英雄たちなのだ。


b0090333_13411853.jpg 私はいやいや兵隊にとられて戦争を体験したわが祖父と、このお爺ちゃんたちをダブらせ、また日本という国の歴史と当時のアジア諸国を重ねて見て、いろんなことを思うわけだ。そこから生まれたのが「交換プロジェクト」で、私の小さなヒト型の作品を、わが祖父と同じ時代に生きてきたアジアのお爺ちゃんたちに渡して、彼らの私物と交換してもらうというもの。
 

 展示室は独特な空間だったので、昨年愛知県美術館で展示したときとはまったく違った展示をすることができた。同じ作品でも、空間が違うとまったく違った見せ方ができるからおもしろい。真っ黒で天井の低い部屋の奥の壁に直接ドキュメントビデオを射影。


b0090333_1341377.jpg ブリタルで30人のお爺ちゃんと交換したヒトもガラスケースに入れて展示(今後もこのプロジェクトで別の地域のお爺ちゃんたちと交換するため、このヒトはまだまだジョグジャのスタジオにたくさん残っている)。


b0090333_13415047.jpg 今回の一時帰国にあわせ、樹脂でできたヒトを数十体連れてきた。これは日本で戦争を体験したお年寄りたちと交換するため。交換プロジェクトを始めたのは2年前のフィリピンで、今までに交換したのはフィリピンのマニラ、キブガン、そしてインドネシアのブリタルで、日本ではまだ交換してもらったことがない。日本という場所がら、そして私自身が日本人となると、どうも今までアジアの国でやってきたように、フレンドリーに楽しく交換してもらうことができるのかと少々不安ではあるのだけれど、地域を決めずに「日本人の、第2次世界大戦を記憶している、私の作品と交換するもののある人」を探して交換してもらおうと思っている。そうしていると今年の終戦記念日はすぐにやってくるかも・・・

(一部写真はMES56というジョグジャの写真家集団に所属のKawul君に撮影してもらった。Kawul、ありがと~)
by midoriart | 2008-06-10 13:42 | Art
 私が一時帰国中に一番よく会うのは中学2年生からの友達風子(ふーこ)。女子学校で6年間を一緒に過ごした後、友達の多くがそのまま大学まで同じ学校に進学した中、彼女は大阪の大学へ、そして私は芸大を選択して外へ出た。仲間の中で一番早くに結婚した彼女のパートナーはミュージシャン。家にはスタジオまであってギターがたくさん並べられている。

 風子のアニキ夫婦が1年ほど前から桑名でレストランFLOWERをOPENさせた(風子が「アニキ」と呼ぶので、なぜか友達までもが「アニキ」と呼んでいる)。アニキの嫁さんはベジタリアンなので、自分で何でも作る。アニキも2人の子供も毎日弁当。そしてそれがそのままレストランになった。なんでもベジタリアン・レストランは嫁さんの昔からの夢だったらしい。昔からその話を聞いていて、いつか食べに行きたいと思っていたのだが、今回ようやくそのチャンスがやってきた。

 実は私は今回、シミ爺(風子の旦那さんを私はこう呼ぶ)にお願い事があった。昔からためこんだ音楽カセットテープ、これを時代に合わせてCDに焼き直したい、特にインドネシアでコレクションしているテープは湿気と熱で状態がどんどん悪くなる。CDレコーディングされていないような古いバンドのアルバムなどは、今もってるテープが伸びたりカビたりしたらもうアウトだ。だから大事なテープをCDに移せないか、ミュージシャンであるシミ爺に相談したのだ。
 さすがはシミ爺、CDに焼けるかなり専門的な機材を持っていたのだけれど、テープデッキのいいのはアニキが持っているというのだ。そこでアニキにテープデッキを借りるついでにFLOWERのベジタリアンランチも食べようってことになった次第。


b0090333_220583.jpg 桑名で降りて、新しくできた住宅街に入ってすぐにFLOWERはあった。いきなりここだけプロバンス~。1週間ごとに替わるランチはすべてアニキの嫁さんオリジナルレシピ。今日のメニューはレモンライス、大豆のハム、エリンギフライ(貝柱にそっくり!)、コーンと豆乳のスープ、切干大根のサラダなどなど、さらにアンズのデザート、ドリンクもついてくる。

b0090333_2211092.jpg ベジタリアンというと、なんだかパンチの足りないご飯ってイメージがあったけれど、なんのなんの。んでもって美味い!!! 本当に美味しいからびっくり。きっとなんでもベジタリアンが美味いんじゃなくて、アニキの嫁さんが本当に本当に料理が上手いんだろうな。風子によれば、寿司メニューの週もあって、イカはナタデココから、マグロはトマトと寒天から、鰻はとろろ芋から・・・ってな具合にネタを作るらしい。相当な手間だろうな、う~ん、気になる・・。


b0090333_2212591.jpg 肉のないランチだからデザートもしっかり試してみようと思っていたら、なんのなんのお腹いっぱい。気になっていた胡麻ケーキはテイクアウトすることにした。久しぶりに会ったアニキ夫婦、風子のご両親は私がケーキを「買う」のを嫌がったのだけれど、すでにランチをご馳走になっててケーキまで甘えては、今度から来たくても来辛くなるのでちゃんと購入、そしたらまたアニキが気を使ってくれてFLOWERのランチで使っているハーブティーをくれた。

b0090333_222910.jpg 何種類かあって、これを日替わりで使ってるそうだ。見てたら猿が茶を飲んでるパッケージがあったので、フレーバー関係なくこれをもらい、さらにアニキのお薦め、ミルクと合うトフィのティももらった。アリガト~~~、アニキとエリちゃん(嫁さん)!


b0090333_222229.jpg FLOWERの近くには有名な多度大社がある。風子のお母さまは多度大社で売ってる老舗のお菓子がお好きらしく、なんと私にまでお土産をくださった。むちゃくちゃに固い梅せんべいと多度豆。どうもありがとうございます~~~。風子の両親に会ったのもかなり久しぶりだったけど、お変わりなくて嬉しかった。


b0090333_2223322.jpg そして名古屋のシミ爺&風子の家に戻り、早速アニキから借りたカセットデッキをシミ爺の機材に接続。そして試しのカセットテープをCDへ焼いてみる。もともとジョグジャの我が家にあるボロいカセットプレーヤーで聞いてたときには、本当にひどい音だったカセットなのに、シミ爺のスタジオで聴くとムチャ高品質に聞こえる。
「あのねー、ヘッドフォンが違うんだよ」
とプロのお言葉。それだけでもこんなに違うんだ・・・。

 そして試しの3曲は無事にCDへ移動。さらにシミ爺のお宝、真空管ステレオで聞かせてもらった。いい音~♪シミ爺のおかげで、しばらく聞けずにいたカセットテープに入った曲がCDになる。美味いもの食べて、イイ音聴けて、幸せな1日だった。シミ爺、風子、ありがと~。そしてアニキ夫婦、リッキー&ミッチー(風子の両親、別に外人じゃないけど)、ありがと~ございました~☆
by midoriart | 2008-06-05 21:58 | Japan
 ジョグジャを去る前にPARISデートの相手をしてくれた(PARISな1日(さよならジョグジャ)参照)日本人のクオーターMOTOが、私の出発する前日の夜に携帯メッセージをくれた。
「ミドリの旅の友達を預けたいんだけど、明日は家にいる?」
私のフライトはジョグジャからバリのデンパサールへ向けて午後8時40分。ジョグジャ市内にある家を午後7時に出れば間に合う。夕方6時すべての荷物をまとめてスタンバイOKな私の家に、MOTOがやってきた。そしてドアを開けるなり、私に差し出したのがなんと猿!!!

 彼は私が大の猿好きと知っていて、一時帰国の道中に寂しくないようにと猿のぬいぐるみを探してくれていたのだった。猿がもらえるだけでも相当に嬉しいところだけれど、この弟(息子と言ってもいいくらい)の姉想いな気持ちに大感動した。この年でぬいぐるみ持って移動するってのは、下手したら
「この人、ちょっとヤバい人???」
と思われそうで最初はためらったのだが、MOTOのやさしさに応えるには、やっぱりちゃんと私がこの猿を旅のお供として連れてくことだろうと思い、ずっと一緒にいた。

 なぜ今回の一時帰国のスケジュールを今日にしたかとうと、インドネシア国営航空会社GARUDAの名古屋直行便が再航したから。6月2日の午前1時25分に名古屋へ向かう便を皮切りに、今後は名古屋から週2便、名古屋~デンパサール(バリNgrah Rai空港)を飛ぶ。その最初の便である今日は満席なのかと心配していたら、なんのなんの。ボーイング機に乗客は13人。それもそうか、フツーに考えれば日本からの往復がツーリストの順序なわけで、今日インドネシアから名古屋へ飛ぶのは単にそのツーリストの「お迎え便」というわけだ。

b0090333_2195190.jpg 便数を増やしてバリへの客を増やそうとの意気込みがあり、今日の乗客にはGARUDAエグゼクティブ・ラウンジへのクーポン券まで付いてきた。ジョグジャの田舎バントゥルでMOTOに選ばれて私の手に渡った猿のぬいぐるみは、高級ラウンジで休憩。
(Dapat istirahat di Launge Eksektif Garuda, si monyet berasal dari Bantul ikut juga menikmati suasana ruang mewah)


b0090333_2110725.jpg 気の効く心優しい弟分MOTOに、ちゃんと私が猿と一緒に飛行機に乗ったことを見せようと、自分で手を伸ばして自分自身を撮影しようとしてたら、見かねた空港スタッフが撮ってくれた1枚。名古屋便の出発ロビーにて。
(Agar adikku tahu aku betul2 ma kadonya, minta difoto ma pegawai di ruang tunggu)


b0090333_21102853.jpg そして予定時刻どおりにゲートが開き、13名の乗客は機内へと案内された。再就航記念の記念品は結構キレイなつくりの扇子。そして中はもう、好き勝手に座ってください状態。私は一人で4席GETして余裕の寝体制、そして「モトサル」と命名したMOTOのプレゼント、猿のぬいぐるみも余裕で一席をGET。ムチャ楽な乗務員仕事となったスチュワーデスさんたちが、私の横を通るたびに冗談で、
「こちらのお客様には、バナナでもお持ちしましょうか?」
なんて声をかけてくる。
(Karena penumpangnya hanya 13 orang Motosaru pun dapat tempat duduk, aku make 4 kursi untuk tidur nyenyak, Motosaru selalu ditawarkan pisang ma pegawai)

b0090333_21104428.jpg モトサルを抱いて思い切り爆酔して起こされたときには、すでにセントレア空港到着1時間前だった。しっかり6時間は寝られたってことか。そして朝食は相変わらずのオムレツ(おかゆとオムレツが選べるが、私は断然オムレツ派)。
(Setelah tidur peles 6 jam, aku dibangunin, terus ngajak si monyet makan sarapan. Pilihannya bubur ato omlet, aku sih dari dulu pasti milih omlet!)

b0090333_2111185.jpg 久しぶりのセントレア空港では、麻薬犬がたくさん歩いていた。何度も何度も私の匂いを嗅ぎに来るのは、ジョグジャの家にいる2匹の犬の匂いのせいだろうか。とにかく名古屋に帰れるってことはありがたい。実家までの交通費も、時間も、関空へ降りるのとは全然違う。母の作ってくれたお昼ご飯にも、ちゃんとモトサルを同席させてやった。
(Sampe di rumah makan siang bersama ibu, tentu Motosaru aku ikutkan makan bareng)

b0090333_21111690.jpg 久しぶりの名古屋の寝床。
 ここしばらくはモトサルと一緒に寝るとする。モトサルの持ってる扇子が、GARUDAからプレゼントされた名古屋便復活記念扇子~~~
(Ini tempat tidurku di rumah, selama aku disini ngajak si monyet tidur ma aku. Kipas yang dipegang Motosaru inilah hadiah dari GARUDA, rayakan penerbangan diret Denpasar-Nagoya)


 帰った日からいきなり名古屋は梅雨入り宣言。まだまだ私には肌寒い毎日になりそうだ。
※インドネシアのわが弟のため、一部インドネシア語使用してます。
by midoriart | 2008-06-01 23:08 | Japan