Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 今年の暮れは珍しく私が日本にいるので、母が張り切って大掃除をしている。そんなある日、母が私に言った。
「あの私のミシンね、ブラザーにあげられたらいいのにね。嫁入り道具で買ってもらったときに聞いたんだけど、輸出第1号だったらしいのよ」


b0090333_2203851.jpg 私が生まれたときから、いやそれより前の姉の生まれたときから、このミシンでどれだけの子供服を母は縫ってきただろう。もう50年以上経つのに、いまだ現役のミシン。私も昔はよくこのミシンで小物を縫ったものだ。けれど作業台にくっついたこのミシンは居間に入れることもできないので、今では廊下に置かれている。真夏、真冬では母が縫い物をするにも熱すぎたり寒すぎたりするために、数年前から母はブラザーのポータブルミシンを買って使っている。
 

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 ブラザーだったらきっと過去の製造品を保管してるかもしれない。私は早速ネットで調べた。「ブラザーコミュニケーション スペース(BCS)」という名のシャレた展示場がやっぱりあった。2005年に開催された愛知万博の年に完成したものらしい。
 ネットで館の見学予約をし、母が古いミシンを寄贈したい旨も伝えると、「28日の10:15からお越しください」すぐに返事が来たので、早速母と出かけた。


b0090333_221677.jpg 工場やブラザー病院と並んで建ってる洒落た建物。車を泊めて中に入るといきなり「Welcome廣田様」の表示!まるで立派な温泉旅館にチェックインした気分。寄贈のことを伝えてあったので、副館長さん直々に出迎えてくれた。結局私たちのもっていった写真からはハッキリとした製造年やモデルがわからず、後に私がメールで細部のデータを送ることにして、今日はこのBCSを見学させてもらうことにした。


b0090333_2211837.jpg 映像を見ることもできるのだけれど、ネットで見学申込した際にこっちは断ったので、コミュニケーション・ゾーンはスルー。次にヒストリー&テーマ・ゾーンへ。ここで初めて知ったのだけれど、ブラザーの最初は麦わら帽子!これが帽子の型。ここからブラザーは始まっているのだとは驚き。
(帽子の型が並んでいてカッコいい)

 帽子製造機に始まり、いわゆるミシン(ソーイングマシーン)、タイプライター、洗濯機などへ発展していく過程が、当時の商品の展示と共にわかるようになっている。母は自分の使っていたタイプライターや洗濯機があるから大喜び。
 

b0090333_221309.jpg お隣の部屋はワークスタイル提案ゾーンとして、最新機器が展示され、使えるようになっている。バリエーション豊富で、携帯電話の着信音の配信システム、からおけJOYフル、プリンター、そしていろんな刺繍ができるミシンなどが試せるようになっていた。私が一直線に走ったマシーンは自分の写真を撮って、その場でステッカーにするもの。モニターをタッチしてプリクラみたいにあっという間に作ったステッカーがこちら。


b0090333_2214384.jpg ちょうど年末年始の忙しい時期だったので、我が家にある母の嫁入り道具が作り主のもとへ帰れるかどうかの返事は年を越さなければわからない。母の人生はこのミシンと共にあったと言ってもいいくらい、本当によく働いてくれたこのミシン。このミシンから生まれた私のお気に入りのワンピースやパンツ、みんな覚えている。
(展示を見る母と案内嬢)


  今日の展示館を見て、このミシンが親元に返って、展示館にくる他の人たちにも観てもらえたらいいな~~~と心から思った。年明けの返事を心待ちにしている。
by midoriart | 2007-12-28 22:04 | Japan
 日本に帰ってる間にいろいろ気になることをしておこうと思っている。その中の一つが骨盤ダイエット。名古屋にあるビューティサロンが体験コース70分2,000円というので早速予約した。まさかその後の勧誘がしつこいとイヤなので2,000円ポッキリかも何度も確認しておいた。まぁ、勧誘されたところで、私は日本にいないんだから向こうも諦めるだろうけど。

b0090333_16583650.jpg まずはざっとのコース内容説明があって、下着の状態で採寸。胸周り、腹、尻、二の腕、太もも、ふくらはぎをチェック。前後ろ横からの写真(顔なし)も撮影。そして最初にアロマのマッサージ。そのままヒートマットなるものに包まれるのだけど、陰陽五行というアロママッサージがどんどん肌に浸透してぽっかぽかしてくる。寒がりの私でも芯からポカポカ。

 ここまでで40分が経過。ここでいったんシャワーで全身の汗をとり、次に腹や腿のしっかり脂肪がついた部分を燃焼マッサージ。これがまた熱い。気持ちいいマッサージをしながら、エステシャンの説明が入る。
「身体の脂肪もバターのようなものなんです。温めれば溶けます。大きな塊のままでバターを溶かしてもなかなか奥まで溶けないように、これもまず燃焼マッサージで脂肪を小さく分解しておくのですよ」
とのこと。


b0090333_16585142.jpg 最後のケアはマシーン使用。インナーマッスルにまで届くというシェイプ波が奥の奥まで届き、骨盤を支えている筋肉を鍛えるから骨盤が矯正されるらしい。ここではオマケにスポーツ選手などが愛用してるという「ドクターメドマーの空気圧マッサージ」ってのを足につけてくれるので、腹は強い周波でプルプル、足は太腿までが圧マッサージされている状態。なかなか気持ちいい。これを20分で終了。

 ここで採寸のし直し。体重で0.8キロ減。サイズの合計は最初と比較して14センチ減。これは嘘じゃない。エステシャンも真面目に答えてくれたけど、体重が減るのはヒートマットによる発汗、腿のサイズダウンはむくみが取れるかららしい。普通は腹サイズと体重に顕著に効果が出るそうだが、私は太腿が3センチほど落ちた。向こうが「なんで?」と驚いていた。体重にそんなに変化がなかったのは汗をあまりかかなかったせいらしい。そうなんだ、私は南国インドネシアにいてもめったに汗をかかない。

 だから今日の説明でわかった。「汗をかかない=新陳代謝が悪い=悪いものがどんどん身体に溜まる=太る」ってことだ。毎日2リットルは水を飲めとアドバイスをいただき、私には今後このメニューを続けていける時間も金もないことを説明。担当のお姉さまは
「今日は素敵なお話たくさん聞けて嬉しかったですぅ~♪」
とレギュラー客確保に失敗しながらも笑顔で送り出してくれた。

ところで今日はアチェの津波から3年目。インドネシア各地で追悼式があった。おりしも雨季まっただ中のインドネシアでは、現在豪雨による被害も続出しているから気になる。むこうの有名紙コンパスのニュースから抜粋すると

b0090333_1659565.jpg『広域水害、中部ジャワの崖崩れで66人死亡』
今週前半に降り続いた雨で26日午前3時30分、中部ジャワ州カランアニャール県の2カ村で崖崩れが発生。民家11戸、車2台、バイク8台、同村の主産業である多額の観賞用植物が一瞬に土砂に埋もれた。生埋めとなったのはラウ山麓タワンマング村の36人。


b0090333_16591576.jpg『東部ジャワでは橋が流され、十数人が不明』
東部ジャワ州マゲタンでは橋の上から住民20~30人が勢いを増す濁流を見守っていたとき、突然橋が流され全員が濁流に呑まれた。夕方までに無事が確認されたのは4人のみ。マラン県周辺では水害で2万人が避難。中部ジャワ州ソロではソロ川が決壊して2mの冠水、4千世帯が避難。バリでは土砂崩れで2人死亡、中部カリマンタンでは旋風と、全国的な被害。  


 さすがに心配になり、ジョグジャの知人に連絡をしてみた。ジョグジャ市内は降り止むこともあって、ニュースになるような状況ではないらしいので一安心。主のいない我が家で、犬たちが困っていないかそれだけが気になったのだけれど、まずは大丈夫だった。
 今回の被害で亡くなった人々、そして3年前のアチェの津波で亡くなった多くの方々の冥福を祈りたい。
by midoriart | 2007-12-26 21:56 | Yogyakarta
 今年もあとわずか。久しぶりに日本でゆっくりできたこの年の瀬は、10年来会っていなかった懐かしい大学時代の仲間、中学校の頃の仲間と会ったりもして、年をとるとこういう昔の仲間というものがとってもしみじみするなぁ~・・・と思える今日この頃。

 さて、今日は最近私の周りにあるお気に入り小物のオムニバス5連発。

b0090333_20253648.jpgその1:くすぐりエルモ(Tickle Me Elmo)
 名のとおり、セサミストリートのモンスターキャラ、エルモが笑うオモチャ。笑うというか、くすぐると、それに耐えられずに転げまわるというもので、96年にアメリカで発売されたときには、あまりの人気に300人がオモチャ屋に殺到して奪い合いになり、店員を含めて数人が負傷する騒ぎも起きたらしい。

b0090333_20254432.jpg 笑いのツボは腹、足の甲、あごの3箇所、ここを押すと腹を抱えたり、手を上下に上げ下げして大笑いする。その笑い方は昔の「笑い袋」的でもある。
 個展のお祝いに知人がくれた。最初は「子供のオモチャ」と侮ったけれど、コイツはちょっとすごい。うちでは母まで大のお気に入りで、毎夜廣田家では、エルモの大笑いする声が響いている。


b0090333_20255273.jpgその2:廣田商店バッグ
 年末の大掃除で我が家の倉庫を大規模に掃除していたら、昔懐かしいブリキの整理箱を発見、中を開けたら出てきたのがコレ。レトロ感いっぱいの「廣田商店丁稚バッグ」!
 廣田商店とは、わが祖父竹次郎が戦後に始めた菓子問屋。きっと会社が景気の良かったときに、お爺ちゃんがどこかで作らせたのだろう。まったく使っていない状態で発見。今見てもカッコいい。

母に報告すると、母が嫁に来る前のものらしい。相当に古い。お爺ちゃんの若き日の「作品」は、いま私の新しい仕事場で、私を見守ってくれている。


b0090333_20262100.jpgその3:ひこにゃん
 愛知県美術館に来てくれた私の芸大時代の友人のお母様が、襟につけていた「ひこにゃん」ピンバッジ。今年築城400年を迎えた彦根城のキャラ猫。個展を見終わったお母様に挨拶するときにも、襟元の「ひこにゃん」が気になり、
「ホント~に可愛いですよねーーーひこにゃん・・・」
と言ったら、お母様が下さった!しつこく「ひこにゃん」を連発していたので、呆れられたかもしれない。がしかしこの可愛い「ひこにゃん」一匹GETはちょっと嬉しい。


b0090333_20263299.jpgその4:坪井ファミリー
 昨晩は芸大仲間3人でのミニ忘年会だった。待ち合わせ場所だった丸善の文具売り場で発見したのが「坪井一家」。爺さんは坪井竹踏(たけふみ)、婆さんは坪井菊(きく)、父は坪井刺激(しげき)などなど、6人家族それぞれがいかにもツボ押しに効きそうな名前をしている。

b0090333_20264289.jpg 丸善にあったのはこの坪井一家のツボ押し携帯ストラップ。私は口の周りがゴン蔵さんのように青くなった爺さんの竹踏を購入。
 ミニ忘年会の仲間に見せたところ、なかなか評判がよかった。ネーミングも効能も気に入って、帰宅後ネットで調べてみると、なんとこの坪井一家、ツボ押しの他にもかなりいろんな健康グッズを世に出している。この冬、一番気になるファミリーになりそうだ。


b0090333_20265054.jpgその5:エコ加湿器
 湿度いっぱいのインドネシアから日本にやってくると、まず最初に乾燥した空気にやられる。オマケに今年は寒い時期の帰国で、毎日のように暖房に当たっているので、自分自身がかなり水気を失っている気がする。母がクリスマスプレゼントに加湿器をリクエストしたので、一緒に店まで見に行って、私が見つけた一品はその名も「エコ加湿器」。

 電気を使わない水を注ぐだけのエコロジー加湿で、コップ1杯の自然蒸発量の約15倍もの加湿性能、電源不要だから過剰にならない適度な加湿を実現!という品物。 つまりは特殊な紙が折り紙みたいに折ってあって、それをジャバラ状に広げておくと、水を吸ったその表面から水が蒸発して加湿されるというもの。毎年冬に帰国するかわからない私としては、できるだけお得に保湿できるのがありがたい。コイツならコンパクトでPC仕事してる真横におけるので便利。
 コレはかなりのオススメ商品。昨晩の呑み会仲間2人も、きっと今日は店に品物チェックに行ってるんじゃないかな。
by midoriart | 2007-12-21 21:24 | Japan

12月12日◇総合学習の朝

 今日びの学校教育には「総合教育」なる枠があるらしい。私が通ったK女子中学では今、3年生に向けて「総合的な学習の時間」というのがあって、たまに外部から講師を呼ぶという。なぜか今回の私の帰国を知っていたかのように、さらに個展が始まって落ち着いた時期というタイミングで、この外部講師の依頼があった。
 ミッションスクールK中学の今年度の主題は「平和を実現する」、3学期のテーマは「平和を創る人になりたい」で、平和を実現している人について調べ、その人の生き方を学ぶというもの。帰国して間もなく、この担当である先生から電話をもらった時には、失礼ながら笑いそうになった。あまりにも私の生き方が「平和の実現」とはかけ離れていたからだ。

 断るつもりで約30年ぶりの中学へ出向いたのが11月末。ところが昔世話になった先生がまだ数人いらっしゃって、
「卒業生に廣田のようなのがいるのは、今の子供たちにもいい刺激になると思うんだ・・・」
などと説得され、つい断れなかった。
 私の過去のヤンチャぶりを知っている別の先生などは
「そりゃ~廣田、お前自身は幸せな生き方してるよな~。ただ、周囲の人間はえらいめ(名古屋弁で「大変なめ」の意)にあっとるけどなぁ」
と、もっともな意見。


b0090333_17101053.jpg もしも中学生の子らが、私の過去の活動、それもジャワ地震の時の活動を聞いて、そこを知りたいといわれるなら、私は本気で断ろうと思っていた。だって、他の外部講師はといえば、1992年ルイジアナ州に留学し、ハロウィーンのパーティで仮装、会場を間違えて射殺された服部剛丈さんのお母様とか、NPO平和のためのメモリアルセンターに関わった女性弁護士とか、地域ボランティアで活動されているオバチャマ、名古屋のYWCA総幹事など。どうみても「たまたま成り行きでやっちゃった救援活動」の私がここに混じってるのはおかしい。

 ところが担当の先生は、私がこの学校を離れて芸大を選び、海外へ渡って制作活動している、さらに今愛知県美術館で展示しているような、他者とのコミュニケーションから何かを作り出すという姿勢を、生徒に話して欲しいとおっしゃるのだ。
 私が中学時代にお世話になった先生が一人も残っていなかったら、本気で断っていただろう。今まだ中学に残ってる先生方への、過去の罪滅ぼしとして今回は引き受けたという感じになってしまった。


b0090333_17102280.jpg そして今日、講義は1時間目。久しぶりに6時起きして中学へ向かった。1時間目は8時45分から始まる。過去に一番私がお世話になった(正確には迷惑かけっぱなしだったと言うべきか)S先生が、私の講義を一番後ろの席でずっと見守っててくれたのが心強かった。
普通私の年齢だったら、このくらいの子供がいてもいいわけなんだけど、残念ながら私の周りにはこのくらいの世代ってのがまったくいないから、どんなふうにコミュニケーションとったらいいのかわからず最初はひるんだ。

 でも中学の授業はたったの45分、あっという間に終わってしまうからひるんでる暇はない。私の中学時代から芸大受験、バリでの暮らしの始まり、ヒンドゥー教やイスラム教との出会い、自分の作品つくりとテーマ。そして2005年に訪れたフィリピンで知った第二次世界大戦中の歴史、そこから始まった「交換プロジェクト」のことをざーーーっと話した。
 

b0090333_17103386.jpg 最後の5分で質問をうけるつもりが、誰一人質問をしない。今の子はこういうものなのか、私の話がおもしろくなかったのか、私の態度が15歳の子供たちを威嚇していたのか、どうも原因がわからない。
 教室を一緒に出たS先生が
「わしはいろいろ勉強になったぞ。生徒も真剣に聞いとったしなぁ~」
と感想をくれた。モノを作っているときでもそうだけど、全員に理解してもらうなんてことは不可能に近いわけで、一人でもいいから、心まで届くような、響くようなメッセージが送れていたらいいなぁ・・・と思う。

 今回やって思ったけど、自分のために、とてもいい経験になった。過去に何度か講演なるものはしたことがあるけど、今回の相手は一番若くて一番未知の世代だったから少々緊張した。彼女たちがどんなレポートを書くのか、怖いけれど気になるなぁ~。
by midoriart | 2007-12-12 22:09 | Japan

12月9日◇ギュウとチュウ

  今、豊田市美術館でおもしろい展覧会をやっている。『篠原有司男と榎忠 ~ギュウとチュウ』展だ。私がチュウさんと出会ったのは2年前だったか、彼が大阪のキリンプラザで個展を開催中のことだった。短い一時帰国だったけれど、エノチュウさんの個展がどうしても見たくて、日帰りで大阪に行ったら、ラッキーなことにちょうど会場でチュウさんを見つけた。
 もちろん、それが彼との初対面だったのだが、なぜか私は勝手に初対面とは思えない親近感を覚えた。というのも、彼の作品をドキュメントした写真の中に、私が名古屋でお世話になった名古屋市美術館の元学芸課長、山脇氏の姿があったり、名古屋でお世話になっているアーティスト、久野利博氏が『セブン・アーティスト』展で彼と一緒だったこともあるからだ。
 突然話しかけた私の話もにこにこ聞いてくれたチュウさんは
「インドネシアでもガンバりぃ~やぁ~」
と握手してくれた。

 そんな出会いから、ず~~っと再会したこともなかった(って、私が日本にいないんだからチャンスもなかったわけだが)のだが、今回私が一時帰国し、個展を開催していたら、多忙なチュウさん、わざわざ愛知県美術館まで観に来てくれたのだった。2年ぶりの再会。
 また会えた感動よりも、こんなほんのちょっとのきっかけで知り合った私なんかのために、わざわざ会場へ足を運んでくれるという、チュウさんの人情に感動した(11月30日『霜月オムニバス』参照)。


b0090333_23124821.jpg で今日12月9日は、豊田市美術館で彼と篠原有司男氏のアーティストトークがあったので、朝から整理券を得るべく、気合入れて豊田へ出かけた。ギュウさんは美術雑誌でもお馴染みで、いつもパワフルな活動が多いのは知ってたけど、喋りもパワーがある。そして作品もかなり派手。関西風に言えば「コッテコテ」ってところか。二人のトークも対照的でおもしろかった。


b0090333_2312585.jpg 今回なによりも感動したのはチュウさんの新作。アーティストトークで説明があった新作『FALCON-C₂H₂』。ハヤブサを意味する「ファルコン」を使った祝砲パフォーマンスも先日この美術館で行われたらしい。過去の作品部品に、新しく彼が旋盤で作ったパーツを組み合わせた大きな武器のようなこの金属の塊には、チュウさんの美学がまるまる出てて身震いしそうな迫力だった。

b0090333_23131040.jpg 手前には「LSDF」の文字。これは「JSDF」、Japan Self-Defence Force(自衛隊)をモジったもので、Life Self-Defence Force、自分のことは自分で守れという意味を備えているという。チュウさんらしい知的なシャレが効いている。


b0090333_23132335.jpg もう一つの新作は『PATRONE-35』。パトローネとは、昔は誰でも使った35ミリのロールフィルムが入っている円筒形の筒。コダック、フジなど、最近はデジタルが台頭してきて、出る幕なしの物体。これが産業廃棄物処理工場で固められているのを見たときに、チュウさんはその美しさに感動したという。彼のセンスが加わり、展示室の暗闇にたたずんだこの「捨てられるモノ」の山は、確かに悲しい美しさがあった。


 いやぁーー。。。本当にチュウさんの仕事っていい。
 彼は旋盤工として、つい最近まで働いていた。仕事をしながら、コツコツと作品を作り発表してきた。そんな彼の姿勢も私は憧れる。基本、私は若者が好みで、自分より年上の男性にはほぼ興味がないのだけれど、チュウさんには惚れる。
 彼の作品を見終わると、最後のフロアに彼のポートレイトがあった。その中の1枚に、彼が黙々と作業している姿があった。これがまた渋くて感動・・・


b0090333_23135173.jpg 私もモノを作っていくという生き方を選んだ者として、彼のような姿勢から学びたいと思う。真面目に自分の表現を追及し、黙々と作業する職人的な榎忠。本当~~~にカッコいい。名古屋から1時間、駅から徒歩15分の道にはなんにもなく、冬の冷たい風が骨に染みるような1日だったけれど、豊田市美術館の『ギュウとチュウ』展のおかげで(個人的にはもっぱらチュウさんの作品のおかげで)、帰りは心がほんわりあったかかった。

 この前、私の個展会場に来てくれたときには渡せなかった、私がジョグジャで発行している日本語ガイドブックと、10年前に私が書いたバリの体験記を今日渡すことができた。長年勤め上げてやっと自由な時間がたくさんできたチュウさん、今度はぜひ、インドネシアへ遊びに来て欲しいもんだ。

※豊田市美術館がスゴイのは、会場でも撮影可能なこと。そのおかげでこんなにチュウさんの作品を紹介することができた。こんな太っ腹な美術館、なかなかないだろう。豊田、やるもんだ。
by midoriart | 2007-12-09 23:11 | Art
 あっというまにもう2007年最後の月に入っていた。12月7日は私の大好きだったお爺ちゃん、竹次郎さんの命日だった。そして翌12月8日はジョン・レノンの命日。
「今日はジョンの命日だから、追悼ライブに行くんだ~」
と仲のいいI君にメッセージを送ったところ、
「ニイタカヤマノボレ。今日は真珠湾の日だ」
と返事が来た。人それぞれ、その日で思い出すものはまったく違うんだな~と、感動すら覚えた。

 日本に帰ってくると必ず会う中学からの友達W子のダンナさんはギタリスト。私がボサノバに熱を上げていたときにはボサノバのギターコードを特訓してもらったし、ちょっとしたおもしろいライブがあると、なぜか当然のように3人で出かけることになっている。
 今回もW子から
「レノンの命日にライブあるんだけど、3人で行くってことになってるからね~」
と連絡があったので、美術館の閉館時間6時に待ち合わせた。

 場所は名古屋の中でもちょっとはずれにあるライブハウス。
 というよりは、歌声喫茶がアルコールも出してますって感じか。若者が好きな私の好みを知っているW子のダンナのS君が
「ミドリ、悪いけど今日はそっちじゃ期待できないから。ほぼ全員が年上だから」
と説明したとおり、ふたを開けてみたらかなりの年配者。きっとリアルタイムでビートルズに影響を受けてきた世代の人たちだろう。


b0090333_2313115.jpg ちょっと早くに着きすぎた我々3人に、店の人がクジを引かせてくれた。最初に引いたS君がいきなりの特賞でラピスラズリのでっかい塊をGET。そして私は2等賞のタイガーアイをとった。まだ他の客が来てないっていうのに、盛り上がるネタの特賞がシ~ンとした店内で出てしまって、少々恐縮。オーダーしたたんぽぽコーヒーの皿に乗ってるのが、私の当てたタイガーアイ。


b0090333_2313102.jpg さらに、今日はこの店のオーナーが、レノンを偲んで、彼が生前に好きだった軽井沢のフランスベーカリーから、レノンのお気に入りのパンを注文していた。3種類が付いてきたけど、全部美味しかった~。木苺のジャム入りケーキも、甘くなくてさっぱりしていて美味。


b0090333_23132692.jpg そうしているうちに追悼ライブが始まった。こっちがチューハイ呑んでほろ酔ってる間に、気づけば結構たくさんのお姉ちゃんも座っている。クリスマスの定番『ハッピー・クリスマス』では皆さんの合唱入り。まさに歌声喫茶のノリになっているので、我々3人は今ひとつその空気に入れ切れずに固まっていた。


 S君は中学生の時にビートルズのコピーバンドでジョンのパートを演ってた人だから、こんな状況の中じゃ自分も演りたいんじゃないかと思ったけれど、逆にこの歌声喫茶的空気でヤル気もスゥ~~~っと引いちゃったみたいだった。

b0090333_23134160.jpg 何年かぶりに会ったという(もともとこの人に誘われて今日はこの場に来たのだ)当時のバンド仲間は、サラリーマンしながらも時々こういう場でも演ってるらしく、ビートルズ世代のおじ様方がひととおり歌い終わった後で3曲ほどを披露。
 

 こういうレノンを偲ぶ方法もあるんだなぁ~・・・と、ちょっと入りきれない、馴染みきれないこの空気から10時過ぎに脱出、結局は新しくできた24時間営業のでっかいスーパーへビールを買いに行くS君夫婦に便乗し、夜のお買い物を楽しんだ。
 レノン追悼ライブよりも、そこへ行く前に食べた創作ラーメンの「キーマカレーラーメン」と、ライブ後に行った24時間スーパーの品揃えの良さに感動の夜になった。

 でも一つだけ、今日のライブで店長が言った言葉。
「ジョンの思いは、この『ハッピークリスマス』の中のこの部分に凝縮されていると思うのです。
WAR IS OVER IF YOU WANT IT・・・」
これには同感。27年目のレノンの命日に、あらためて合掌・・・
by midoriart | 2007-12-08 23:11 | Japan