Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 以前このブログで報告したスラバヤ市の日本語ガイドブックがようやく完成した。17年インドネシアに暮らしていながら、スラバヤという第2の都会とはまったく縁がなかった。過去にスラバヤへ寄ったといえばバリ時代、ジャカルタやバンドンへ飛行機で向かう際のトランジット先として、空港に降りたことがあっただけ。
 だからスラバヤ市長と観光局長から日本語ガイドブック作成の依頼が来て、今年5月に初めてちゃんとスラバヤの地に足を踏み入れたのだった。大名旅行1週間と、その後8月頭に原稿関係のために3日間をスラバヤで過ごし、完成したのが今回の『スパークリング・スラバヤ』。最初は地味に中身は16ページ白黒、表紙はアンティークに30年代のスラバヤ市内の写真を使用、2000部を印刷した。

 今回創刊までに尽力したのがスラバヤ観光局長であり、また市内の4つ星ホテル、スラバヤプラザ・ホテルのゼネラル・マネージャーでもあるユサクおじさん。彼の骨折りで、私の飛行機チケットも用意してくれ、今回の創刊記念パーティに出席することとなった。

b0090333_161428100.jpg 会場はユサクおじさんの「シマ」、スラバヤプラザ・ホテルのボール・ルーム。始まりの15分前にロビーへ降りたら、すでに役人のおっちゃんらが集合していた。少ししてスラバヤ日本領事館からSさんもいらっしゃった。


 招待されているのはスラバヤ市の観光関係者、新聞、ラジオ、TVなどなど。最初にユサクおじさんが挨拶、この本ができるまでの経緯をさらっと話し、いきなり
「じゃ~ミドリさん、何かコメントがあれば・・・」
とフラれて驚いた。聞いてないじゃん。
「何もありません」
でかわして、次はS領事。さすが公の場に慣れた方だけあり、流暢なインドネシア語でスラスラとお話しされる。聞けばスラバヤ市内だけで500人、東部ジャワでは700人の日本人がいるという。


b0090333_16144950.jpg「日本ではインドネシアといえばバリのことしか知らないといっても過言ではない中で、こうしたスラバヤにフォーカスした日本語ガイドが創刊されるということは、非常に有意義なことです・・・」
と領事から絶賛いただき、作った私も思い切り嬉しかった。

 私のように、どこの馬の骨かもわからん一匹狼が何か作っても、なかなか信用してもらえないけれど、なんせ天下の領事館が「いい!」と言ってくれてるんだから有難い。マスコミもみんな信用してくれるだろう。Sさん、ありがとうございます。


b0090333_1615745.jpg そして歓迎のスラバヤ踊りもあったりして


b0090333_16152427.jpg 次は東ジャワ州観光局長の挨拶と、公認サイン入れがあり、S領事にはスラバヤ踊りの額と『スパークリング・スラバヤ』が贈呈された。


 こうして無事に大盛況のうちに創刊パーティは終わり、ホテルレストランで用意されてたランチを食べて解散。S領事はとっても気さくな方で、
「ミドリさん、今度スラバヤにいらっしゃるときは連絡してくださいね。ここからなら領事館も近いですからね」
と言ってお帰りになった。つい昨日ジャカルタでお別れ味噌カツパーティをした大使館員の友人のことも知っていたので、親近感を覚えてくださったのかも。

 スラバヤからジョグジャへの飛行機は1日1本しかないので、用事は終わっても今日はジョグジャに帰れない。ユサクおじさんの「シマ」スラバヤプラザ・ホテルはすでに私の城みたくなっていて、すべてのホテル・スタッフが私を特別ゲストとして扱ってくれるから心地よい心地よい・・・。

b0090333_16155033.jpg まだまだ時間があるので、昔ジョグジャの芸大にいた陶芸家の友人ジェニーに電話して会うことにした。彼女は運良くこのホテルのすぐ近くに実家がある。5月のスラバヤ取材に来たときにも連絡して会ったので、3ヶ月ぶりの再会。


b0090333_16161152.jpg 隣にあるショッピング・モールで私が夕飯をおごり、彼女がデザートに有名なアイスクリームの老舗でデザートをおごってくれた。名物はラム種たっぷりのバニラアイス。酒に弱い人なら確実に酔えるってくらい豪快にラムが入ってて感動。
 さらに陶芸家の彼女は、最近作ったという陶のピアスまでプレゼントしてくれた。スラバヤには陶芸してるアーティストが少なく、彼女の陶製アクセサリー類はお金持ちマダム達に人気らしい。


b0090333_16163668.jpg 盛況な創刊記念パーティ、久しぶりのジェニーとの再会、一仕事終えて大満足なユサクおじさん、気さくでやさしそうなS領事。スラバヤもなかなかイイなぁ~
 18日からの美術調査、創刊記念パーティと、ずっと移動しまくり&初対面の人との出会いが多かった10日間で結構身体も疲れていたので、たまのご褒美にホテルの部屋にマッサージ師を呼んで1時間しっかり揉んでもらった。会計をしようとしたら
「いえ、ゼネラル・マネージャーのゲストなので、お金はいただかないように言われております」
だと。
 いやぁ~ユサクおじさん、ここまで手をうってあったか~、スゴイ。
 ってことで、ユサクおじさんのご好意に甘えて、タダでマッサージまでしてもらい、充実したスラバヤの夜は更け・・・

◎創刊にあたり、スラバヤ周辺を取材した時の記録は以下の日記を参照ください。
「東ジャワ5日間の旅へ」
「1日目:トゥレテス高原」
「2日目:サンライズ・イン・ブロモ山」
「3日目:ようやくのスラバヤ入り」
「4日目:ナイトライフ・イン・スラバヤ」
「5日目:映画館からタバコ工場」
「6日目:バティックの島マドゥラへ」
by midoriart | 2007-08-27 22:11 | Indonesia
 九州大学後小路さんのご一行様帰国の朝。
 18日から今日まで1週間のアテンド中、バンドンとジャカルタでは同じホテルに泊まりながらも一度も朝食を一緒にすることがなかった。というのも、後小路教授は朝6時半から起きて宿泊先周辺を散歩するのだ。そして出発時間の1時間前には朝食をとり、いったん部屋に戻って歯磨きする時間もしっかり計算に入っている。
 私はといえば、出発時間から朝の準備(シャワー&化粧)に20分、朝食時間に20分を引いて起床したいタイプなので、どうしたってご一行様と朝食タイムが重ならない。けれど、せめて最後の朝食くらいは皆さんと・・・と思い、ジャカルタまで同行してくれたササンと一緒にがんばって早起きして最後の晩餐ならぬ朝食。


 ホテルでご一行様のお見送りを済ませ、向かえにあるショッピングセンターへササンと散策しに行くことにした。ホテルの外で色とりどりの花輪発見。来春、国際交流基金の企画で日本人アーティスト約15ユニットによる大アートイベントが予定されていて、私は現地コーディネーターとしての役を仰せつかった。

b0090333_333165.jpg 参加作家の一組は大阪在住、淀川のゴミから作品を作って注目されるようになった「淀川テクニック」。韓国は光州で去年開催されたビエンナーレに出品した彼らの作品には、韓国の川のゴミで作った大きな花輪もあった。私の出身地名古屋ではパチンコ屋の開店にかかせない派手な花輪。

b0090333_334930.jpg そんな花輪が今日ホテルである結婚式なのか記念パーティなのか、そのためにたくさん並んでいたのだ。ついこの間、現地リサーチでジョグジャを訪ねた「淀テク」の柴田君のことを思い出し、いつくかの花輪を撮影。来春はこんな花輪を「淀テク」がジョグジャの川のゴミから作ってくれるのだろうか。


 お役目の終わったササンは午後からバンドンへ帰っていった。私はもう一泊ジャカルタ。
 もう4年前になる。当時ジョグジャカルタのガジャマダ大学で学生をしていた私の友人は、2年の学生生活を経てジャカルタにある日本大使館での勤務が始まった。若いのにバリバリに仕事をするやり手の女性と有名な彼女(おそらく本人は名前を書かれるのがイヤだろうからふせておく)は、学生時代(大使館員としての学生生活)から多くの貴重な交流事業を企画し、私もその企画に参加して美術展などをキュレーションする機会を与えてもらった。


 そんな彼女がインドネシア勤務5年を終えて、この9月に霞ヶ関に戻ることになったのだ。彼女は生まれて初めて私が出会った外務省の人であり、私がずっともっていた(ゴメンナサイ!)「頭の硬い、センスの悪いお役人様のイメージ」を100%崩してくれた人でもある。今までジャカルタに行くと、彼女のアパートメント(言っとくが日本のアパートとはぜんぜん違う。中にフィットネスもプールもある)に泊めてもらったこともなんどもある。


 今回はちょうど安部総理来イで大忙しだった時期のちょっと後と、私がジャカルタで仕事を終える時期が重なったので、ここで彼女のお別れ会をすることになったのだ。以前から彼女が気にしていた名古屋メシの「味噌カツ」と「小倉トースト」を私バージョンで披露することに。


b0090333_341127.jpg 今回は食べやすくするために本来は豚のところ、鶏を小さめに揚げてみた。思い切り味が濃いので、緩和剤としての野菜は多め。


b0090333_342887.jpg 今日の参加メンバーは大使館時代の彼女のパートナーであるKさん、国際交流基金のTさん、ジャカルタで役者をしているSさんと、彼の古い知人でバンドン在住の日本女性。みんなで記念撮影するつもりが、雇われ女将の私も、家主の彼女も台所で忙しかったので、写真に写ってる人たちはゲストの方々のみ。


 途中、そうめんタイムをはさんで、最後の締めは小倉トースト。名古屋では喫茶店のモーニングでも厚切りのトーストにたっぷりバターを塗って、その上に小倉というのは別に珍しいものではないが、これを食べたことのない人が今日の参加者にも2人いた。味噌カツにいたっては多治見出身のTさん以外、みなさん初めて食べた味だったらしい。
 

b0090333_34466.jpg 今日は私のテキトー・バリエーション。一つ目はトーストに小倉とクリームチーズをのせ、まるごとオーブンで焼いたもの。


b0090333_35577.jpg もうひとつは、話の途中で話題になった「イチゴ大福」(これも発祥は名古屋と聞いた)を思い出したので、トーストしておいてそこへ小倉とイチゴをのせてみた。こっちは皆さん、味噌カツほど恐々食べてる様子はなかったけれど、32年生きてきて初めて味噌カツと小倉トーストを食べたKさんは、小倉に関しては、もう二度と食べたくないような顔つきだった。


  とまれ、今日の主役は名を明かさない大使館員の彼女なわけで、彼女が喜んでくれたことが私には一番だった。毎日ハードワークで大変な外務省関係の皆さんも、今日は土曜なので安心して夜更かし。最後には近々インドネシアを去る彼女のDVDや本コレクションをみんなで分け、解散したのは午前2時半だった。
by midoriart | 2007-08-25 22:57 | Jakarta
 思い切り濃いバンドンの取材を終え、一同はジャカルタへ車移動。最近はジャカルタ~バンドン間に高速道路が開通し、随分と移動が楽になった。スムーズならば所要時間は約3時間。今日は早朝に出発したこともあり、予定通りの3時間でジャカルタのナショナル・ギャラリーへ到着。
 ジャカルタ2日の調査にも、バンドンからササンが同行してくれることになったので心強い。いくらインドネシアに長く、バンドンもジャカルタも頻繁に来てるとはいえ、お客様を連れて歩けるほど地理に精通しているわけでないので、こんなときのササンはムチャありがたい。


 到着していきなり始まったのは、インドネシア現代美術界では海外で一番名の知れた重鎮、ジム・スカンパット。現在はナショナル・ギャラリーの名誉アドバイザーであり、いくつかのギャラリー企画も担当するインディペンデント・キュレイターでもある。

b0090333_16351328.jpg ちょうど今、ナショナル・ギャラリーで開催中の「アファンディとその流れ展」を企画したのが彼ということもあり、インタビューの場所に指定されたというわけだ。展覧会にはアファンディの娘であり、本人も有名なアーティストであるアファンディ・カルティカも来ていた。彼女は過去に私の大きなインスタレーション作品を買ってくれたこともある。


b0090333_16353339.jpg そしてジムのインタビュー。
 ササンにとっても、彼はバンドン工科大学の大々先輩だし、先生でもあるので、彼の意見はとっても真剣に聞いていた。取材の後で後小路さんから
「いや~、今日のジムの話はとてもおもしろかったですねーーー。おそらく、通訳がよかったからだと思うんです。ヒロタさんのおかげですよ・・・」
と言っていただき、とても嬉しかった。

 確かに、ササンも言ってたけど、今日のジムの話は理解しやすかったし、言ってることに間違いや寄り道がなくて、訳しやすかった。それになんてったって自分のやってる世界の話なので、ある程度難しい用語や表現方法が出てきても大丈夫というのは強い。


 翌日は宿泊先のホテルで、インドネシア陶芸界の重鎮、ウィダヤントの展覧会が始まった。インドネシア現代美術の脈に入る人ではないけれど、一般大衆にまでその作品が知られているという測りでいったら、かなりの有名アーティストといえる。今回はなんと瀬戸市にある陶磁器会社とのコラボで、ジャワらしいモチーフの陶人形を発表していた。

b0090333_16355369.jpg そしてちゃんと見つけてます!
 ヨーヨーをするジャワの子供~~~!!! これは私のヨーヨー師匠、世界チャンプのTAKAさんにひとつ持って帰りたいシロモノだったけれど、おそらく彼が興味を示すのはヨーヨーそのものであって、陶人形ではないだろうから、今回は撮影するだけにした。


 ジャカルタは広い。さらにムチャ交通渋滞。短い滞在で効率よく人に会うため、ジャカルタのアーティストにはご足労かけてホテルに来てもらった。これはジョグジャのアーティストたちからもリコメンドのあったビデオアーティスト、イルワン。ジョグジャでも個展をしたことがある。彼のおもしろいのは、デザイナーとしてキャリアをはじめ、そこからプロジェクト的な作品を作っていること。

b0090333_16362127.jpg 自分の作品についてのプレゼンなどは、いかにもデザイナーらしい構成で、私は好感が持てた。さすがジャカルタともなると、センスのいい子がいるもんだ。


 もう一人、ビデオ作品も作り、自らインドネシアの近代絵画の歴史に詳しく、当時の作品を使った新しい切り口の展覧会などをキュレーションしているハフィズにも会った。彼はイルワンとはまったく別のタイプで、まだ一世代前のシリアスさをもってて、彼は彼なりにおもしろかった。


b0090333_1636401.jpg 夕方には、キュレーター界の重鎮、ジム氏が推薦してくれたジャカルタの新しいギャラリー、ギャラリーARKを訪ねた。確かになかなかいい空間。さらにお洒落。この前マニラの都心で入ったカフェ・ギャラリーとあまりにも構造が似てるので、思わずオーナーに聞いたけれど、まったく関係はなかった。ここではちょうど、今回の調査に入れたい若手作家の一人、クリスティン・アイチョが個展開催中だったので、作品を見ることもでき、ギャラリー空間を見ることもできてラッキー。

b0090333_1637163.jpg そして夜はまた按配いいことに、ジョグジャの作家ハンディウィルマンがナディ・ギャラリーで個展のオープニングだった。本当にいいタイミング。
(写真は2枚ともギャラリーARK)

 短い滞在で、大事な部分は運良くすべて抑えることができたのは、後小路さんの強運か。約1週間、ジョグジャ~バンドン~ジャカルタと駆け足で見てきたインドネシア現代美術の最先端。私自身も普段めったに会えないアーティストと会え、充実した時間を過ごすことができた。福岡市美術館時代から福岡アジア美術館、そして九州大学での現在、ここまでためてきた後小路さんのアジア美術についての資料が今回の調査もあわせて編纂される。これは本当に貴重な一冊となることだろう。来春の出版が楽しみだ。
by midoriart | 2007-08-23 16:32 | Jakarta
 今日1日は、今回の調査同行の中でも一番キツい1日になるんじゃないだろうか。ともかく朝から晩までインタビューの嵐。いくら好きで自分と同じ業種の通訳だからといっても、ともかく通訳というのは頭の中を2つに分けてるようなもので、他人の言葉をひとつも聞き逃せず、普段ポケ~~っとしてる時と違って極度に集中しているから、何時間もは続かない。
 それが今日は朝から晩まで、もちろん食事やお茶で休憩は入っているものの、長かった~~~。おまけに今回は同行通訳&コーディネートもしてるから、インタビューしながら所要時間、次のアポイントのことも考えていなくちゃならない。

 まず朝は後小路さんのお得意どころ、日本軍占領時代に美術に関わっていたシニア作家のインタビューから始まった。

b0090333_23515930.jpg スリハディ。インドネシア独立寸前の1942年頃から当時活躍していたアーティストのグループに入った。当時はまだ12歳、グループでも最年少だったというから、当時を知る作家の最後の生き残りともいえる。かなり貴重なお方らしい。


b0090333_23521659.jpg 今日のインタビューで感動したのは、当時ソロ(中部ジャワ)にいた彼の家に毎週末遊びに来ていた日本兵の一人とは、なんと今でも交流があり、つい先日日本兵だった方の米寿記念パーティをバリ島で開いた際にも、スリハディさんが招待されたというのだ。12歳のとき知り合った日本兵と62年の年月を越えて今も仲良くしてるなんて、スゴイ。最近は第二次世界大戦をテーマに作品を作っている私としては、とても印象的な話だった。

ランチタイムをはさんで、午後がまた大変だった。バンドン若手作家を一箇所に集めての集中インタビュー。私が日本で紹介したことのある作家2人に加えて、ここ数年頭角を現してきた新参者など4人の計6人。バンドンは私の「シマ」ではないので、作家とのコンタクトなどはバンドン在住の私の親友ササンに頼んだ。彼とはインドネシア作家を紹介する展覧会を一緒に企画したこともあり、今年5~6月にかけて1ヶ月は一緒にフィリピンに滞在していたこともある。そのときも二人で作品を手荷物として運んで、マニラのCCP(カルチャー・センター)で若手作家の紹介展を作ってきたばかり。


b0090333_23523378.jpg ジョコ・アビアント。若手というほど若くもないけれど、資料として見せた彼の竹の作品が後小路さんの目にとまったために、今回のインタビューとなった。


b0090333_23525192.jpg みんなを集めたのはバンドンでも大きなアートスペース、スラサール・スナルヨ。ここはバンドンのシニア彫刻家スナルヨ氏の個人ミュージアム。もともとは彼の作品を展示する場だったけれど、今ではホームキュレーターをつけ、若手や海外からの作品も紹介している。かなりレベルの高いアートスペースだ。キュレーターのアグンはササンと同期、彼の企画したバンドンのニューウェーブ7人による『視覚と表現』展はあさってオープニングなのだけれど、特別に見せてもらった。おもしろい展覧会で、ご一行様の中の画廊関係者もかなりお気に入りの様子。


 すでに日も暮れ、高地にあるスラサール・スナルヨも寒くなってきた。腹も減ってきた。けれど仕事はまだ続く。今度はバンドンの新しいグループBUTONを訪問。彼らはひとつの家に共同で暮らし、その場で展覧会も開いている。


 今年フィリピンCCPで開かれた『POPSCAPE』展(マニラにあるナショナル・ミュージアムの主任学芸員パトリック・フローレスとササン、私で企画)に出品したOQもこのBUTONメンバーの一人。作品選考のときには作家本人に会わなかったので、私は今回初めてこの子に会うことができた。

b0090333_23531411.jpg ササンが話していたように、確かにキュートな青年だった。話も明快で賢い子だな~という印象、彼はインドネシアのアーティストとしては珍しく教育大学建築学科出身、モノクロの写真作品を作っている(後ろは彼の作品ではなく、BUTON企画のグラフィティ展)。


b0090333_23533269.jpg RADIもBUTONの一人。彼はお父さんも有名な絵描きらしい。近代絵画専門の後小路さんは
「あ~、そうですか~!僕はお父さんの作品、大好きなんですよ。福岡のアジア美術展でも彼の作品はとても人気でした」
とおっしゃってたけど、私は名前を聞いたことも作品を見たこともないのでわからない。

 息子であるRADIの作品は自分を影絵芝居のキャラクターにダブらせたPOPなもの。日本のマンガの影響も大だけれど、作品のいたるところに彼の出身地であるチルボンのバティック・モチーフが散りばめられている。

 ヤル気のある青年がたくさん集まったBUTONの空気はなんともアクティブな元気なオーラがあった。ガンバレ、バンドンの若者!
by midoriart | 2007-08-22 23:49 | Art
 今日の調査は、ご一行様が世界遺産であるボロブドゥール遺跡を見学してからの開始だったので、午後からスタート。最初にインドネシア近代絵画誕生時代のジョグジャとバンドンをまたにかけた活動で忘れられないG・シダルタ氏のお宅を訪問した。


b0090333_09495.jpg G・シダルタ。多くのドローイングや絵画作品も制作した精力的な彫刻家。2006年没。
(2004年の調査でスダルタ氏にインタビューしている私)

 3年前の後小路さんの調査で、私は彼の家を訪ねて日本軍占領時代のインドネシアのアーティストについてインタビューする機会を得た。お宅を訪ねるのはそのとき以来になる。彼は私が開催したジョグジャカルタの個展に2度とも足を運んでくださった。歳をとってからも、若いアーティストと親しく、フットワークのいいお爺ちゃんという印象だった。そんな彼が癌におかされ、他界したのは1年ほど前のこと。

 福岡アジア美術館の学芸課長時代にシダルタ氏の彫刻作品をコレクションし、彼の活動については深い研究をされている後小路さんは、今回の来イの前からジョグジャでのスケジュールに、シダルタ氏の遺族弔問をリクエストしていたので、私は故人の長男に電話して、訪問したい旨を伝えておいた。
 そうして訪れたシダルタ宅、過去にインタビューをした部屋は、今は故人のミュージアムとなっていた。最初は長男のバタラさんが、
「母に会いますか?」
というので、故人の奥様を呼んでもらった。今ではミニ・ミュージアムとなった客室に入って後小路さんの顔を見るなり、小さなオバアチャンになった奥様の身体が震えて涙を落とされた。


b0090333_073462.jpg 年寄り大好きな私は、こういう姿にとても弱い。ましてや、その部屋には、故人が亡くなるギリギリまで作っていたという小さな彫刻作品と、その前に作った十字架にかかるキリスト像(彼はクリスチャンだった)、その横には彼が最後に書き残したものが額に入れられていた。

「去年から私の身体は病魔に襲われ始めた。痛みも、死への不安も、この十字架が癒してくれる。どうか、この私に平安を・・・」
といった詩のように美しい言葉を読むだけでもつらいのに、私はこれをご一行様に訳すという仕事がある。声が震えてちゃんと訳せないので本当に困った。


 故人が一度も発表したことのないドローイングを収蔵した部屋、故人の寝室へも、奥様は私たちを通してくださった。貴重な資料を見せていただいて、私たちは次のアポイント場へと移動した。


b0090333_081194.jpg 今日訪問したアーティストは3人。
 アグス・スワゲとティタルビはアーティスト夫婦。普段はそれぞれに作品発表しているけれど、去年のシンガポール・ビエンナーレではユニットとして招待を受け、コラボレーションの作品を発表した。彼らは今回の調査で必要な若手アーティストよりもずっとキャリアの多い中堅作家だけれど、後小路さんとは面識もあるし、やはりインドネシア現代美術の中で海外展に出てる作家として、最近の若いアーティストをどう見てるか意見を聞くのも重要ってことで少しだけ訪問。


b0090333_083196.jpg 次に寄ったのはユスラ・マルトゥヌス、若手彫刻家で私が2005(名古屋)、2006(東京)年で企画した「Passing On Distance」展の参加作家の一人でもある。つまりは、私のオススメ作家。しばらく遊びにいかずにいたら、彼はスタジオを移っていた。新しいスタジオに行こう行こうと思って行けずにいたので、私にとっても今日の訪問は楽しみだった。
 

 すでに日が暮れかけていたこのとき、2日前に会ったヘリドノからショートメッセージが入る。
「ミドリ、もしもゲストを僕のスタジオに連れて行きたかったらどうぞ。僕ももう少ししたら行くから」
あの不思議ワールドを作り出すヘリドノのスタジオは私も一度も訪ねたことがなかったので、これはとっても嬉しいお誘い。ましてや、インドネシアにいることがめったにないほど海外での活動が多い彼に会えてる今回の調査、かなりラッキーだ。


b0090333_0112143.jpg ユスラのスタジオを出て、同じエリアにあるヘリドノのスタジオへ。結局彼は私たちが待ってる時間に現れることはなかったのだけれど、スタジオ管理を任されているおじちゃんの案内で、すべての作品コレクションを見ることができた。古い建築を買い取ったという彼のスタジオは、イイ意味でいかにもオバケ屋敷。管理のおじちゃんに聞いたら、ニコっと笑って、

「へぃへぃ、いますよ。オランダ人でね、とても美しい顔の青年ですわ。それとジャワ貴族らしい娘さん。夕方くらいになると歩いてますけどね、でもお客さんを脅かしたりは絶対にしませんから」
と、フツーに話してくれた。


b0090333_0125551.jpg ジョグジャ最後の夜はジョグジャ名物のグドゥックを食べ、残った鶏の骨をすべてうちの犬の土産にもらって帰宅。明日からはバンドン。
by midoriart | 2007-08-21 23:58 | Art
 今回の後小路さんの調査でメインになるのは、彼がここ数年あまり調査できずにいた、最近の世代のアーティストたち。ちょうど私はここ2~3年の間に、インドネシア国内と、日本(名古屋・東京)、つい先日自分の個展に合わせてフィリピンへもインドネシア若手作家の作品展を企画して持っていってたので、後小路さんが来イする前に、彼らの中から紹介できそうな作家を数人ピックアップし、スタジオ訪問のアポイントを入れていた。
 私の意見だけで若手紹介をしては偏るので、ギャラリー経営者でもありアーティストでもあるメラとニンディッティオなどからもそれぞれに、「今注目の若手作家といったら誰?」と質問してリストアップしてもらった。

 そして今日訪問したアーティストは3人。
 まず一人目はアブディ・スティアワン。ジョグジャカルタ芸術大学彫刻科を3年ほど前に卒業した。ちょうどその年に在インドネシア大使館から依頼されて、日本インドネシア交流行事の中で『What’s in Your Pockets?』展という現代美術展を企画中だった私は、彼の卒業制作に目をつけ、この展覧会に入れることにした。
 選考した作家は日本人3人とインドネシア人5人。売春宿の女たちをほぼ実寸大で彫った像にカツラや本物の靴を履かせた彼の作品は、入場者にとても人気だった。その後はどんどん精力的にこの人物シリーズを作っている。


b0090333_14796.jpg 最近は美術マーケットの需要もあり、50~60センチほどのミニ作品もたくさん作っている。
 

b0090333_1472547.jpg こっちは最新作で、売春婦とアマチュア・ボクサー。「都会」をテーマに、その中に生きるいろいろな職業、暮らしの人々を彫りたいと本人が語ってくれた。


b0090333_1474539.jpg そこから今度はエコ・ヌグロホのスタジオへ。彼は今ではインドネシアの若手の代表選手。海外展にも多く参加している。作品の性質上、搬入費用も少ない、制作費もそんなにかからないので、招待する側にとってもありがたいアーティストであるとも言えるけれど、単純にそれだけではなく、やっぱり彼の作品はとても魅力的だと思う。

b0090333_148251.jpg タシックマラヤ(西ジャワ)の刺繍職人とのコラボで作る刺繍作品のシリーズは、本気で一枚我が家に飾りたくなる。


b0090333_1482198.jpg いくつかの資料の中で、後小路さんが興味をもった作家がアンキ・プラバンドノ。写真家。
 彼はジョグジャの国立芸大写真科の仲間と一緒にMES56というアーティスト・ラニング・スペースを運営している。後小路さんが興味をもったのは、インドネシアの古い写真を500枚以上も集め、それを自分でカテゴライズするという活動。

 実際に会って話を聞いたらもっと面白かった。ジョグジャにたくさん出ている骨董品の夜店で、古いスナップ写真を集め、それを「一人」「家族」「祝い」などと分類していくだけにとどまらず、気になった写真があると、その写真の撮られた場所、撮られた背景(本当の背景ではなく、その時代の物語)を求めて、実際に場所や人探しの旅に出て、それをドキュメントしているのだ。聞いてるだけでおもしろい。昔TVであった桂小金治の人探し番組に似た感覚だ。


b0090333_1483814.jpg 彼の集めた写真の中には、こんなどこの国かわからない謎のカップルの葉書もあった。裏には「お誕生日オメデトウ」と手書きでメッセージが残っていた。まさかこれを書いた人は、これが巡り巡ってアンキの手に渡り、はるばる日本から来たご一行様に見られることになるなんて、思ってもいなかっただろう。


 興味深い作品を作っている若手アーティストたちと会えて、後小路さんも今日は満足されたようだ。インドネシアでも一番アーティストが多いと言われるジョグジャカルタで、すべてのアーティストを知ろうとするのは本当に大変なことだけれど、今日はその中でもみんながリコメンドするアーティストを巡れてよかった。私も普段はついつい世間話しかしないこの人たちと、こういう機会に深いところまで話すことができて収穫の多い一日だった。
by midoriart | 2007-08-19 22:45 | Yogyakarta
 九州大学から後小路さんがジョグジャにやってこられた。後小路雅弘氏は、福岡アジア美術館の開館時の学芸課長で、アジア美術の収集と研究の第一人者。今はアジア美術館を退き、九州大学で教えていらっしゃる。
 3年前に私がインドネシア現代美術の若手アーティストを紹介する展覧会を企画し、名古屋で展示したときに、せっかく持っていった作品なので、福岡か東京へ巡回させられないかと、骨折ってくださったのも後小路さんだった。そして彼の紹介で茅場町にあるBASE GALLERYへ『Passing On Distance』展は巡回を果たした。

 後小路さんとの再会は3年ぶりになるだろうか。彼の調査テーマである「近代アジア美術の中のモダニズム」をより深く調べるため、インドネシアの当時活躍したアーティストを訪ねていらしたとき、私はインタビュー通訳のお手伝いをしたのだった。
 そして今回は、もっと広い範囲で、いま現在活躍中のアーティストを含んだアジア美術の動向を知るために来イされた後小路さんに、アテンドする機会を得たというわけだ。


b0090333_1253591.jpg バンコクで2日間の調査を終え、そのままジャカルタからジョグジャまで移動してきた後小路さんご一行様を空港で向かえ、疲れを見せない4人(編集長1人と学生2人)と一緒にまずはアファンディ・ミュージアムへ。アファンディはインドネシア近代絵画の父といわれる人で、後小路さんはアジア美術館時代に個展を企画したこともある。すでに閉館していたミュージアムにいたアファンディの甥に事情を話し、中に入れてもらうことができた。


b0090333_12541690.jpg 今年はアファンディ生誕100周年のイベントがいくつか企画されているのだが、笑えるのはこのカブリモノのアファンディ。100個作って100人がかぶって街を練り歩いたっていうから、全盛期の麻原ショウコウみたいだ。すでに半分近くは売れ、今は50のアファンディ生首が美術館の中に展示されていて滑稽&不気味。


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 後小路さんが80年代に取材したアーティストには、すでに国際的になっちゃってる人もいる。「ジョグジャに着いた最初の夜はヘリ・ドノと一緒に夕食でもしたい」とリクエストがあったので、今ではインドネシアにいるよりも海外にいることの方が多いこの人にコンタクトをとり、運良くドイツから帰国したばかりのところを捕まえた。
 そしたら今日はちょうど彼も出品している展覧会のオープニングがあるというので、みんなでそろって昨年オープンしたばかりのジョグジャ・ギャラリーへ繰り出した。


 このジョグジャ・ギャラリーはジョグジャの中心、クラトン(王宮)の北広場の角にある。おりしも独立記念日翌日の今日は、この北広場で国民の英雄的シンガーソングライター、イワン・ファルスのライブが開かれていたものだから、ジョグジャ・ギャラリーへ行くにも道路は通行止めになってて進むこともできない。

実は我が家はこのエリアまで徒歩5分の距離にある。そこで車は我が家のガレージに入れ、歩いてギャラリーへ行くことにした。後小路さんの学生さんに、イワン・ファルスとは誰ぞと教えたいのだけれど、日本には彼に相当する人がいない。万人に人気で、政治的メッセージが強く、すでに年寄り(50前)なのに今でも高校生の少年たちが熱狂する。って日本じゃ誰だ?

b0090333_1255137.jpg ともかく、そういうスゴイ人のライブなので、一緒にいた国際的アーティストのヘリ・ドノには申し訳ないけれど、ジョグジャ・ギャラリーを目の前にしながらも、まずはイワン・ファルスの歌っている舞台へ近づいてみた。とても本人が見えるような状態ではなかったけれど、会場の熱気を体験することはできた。


b0090333_12551774.jpgそしてこっちがジョグジャ・ギャラリー。これも独立に関係した、ナショナリズムをテーマにした展覧会。
 

b0090333_12553452.jpg ジャカルタの女医さんで、若手アーティストに惜しみないサポートをすることで有名なメラニおばちゃんも来ていた。メラニおばちゃんは写真大好きなので、今晩は便乗してみんなでスナップ写真~。左から私、後小路さん、メラニおばちゃん、ジョグジャの作家、そしてベネチア・ビエンナーレ、光州ビエンナーレ他、海外展参加も多く、赤坂の国際交流基金フォーラムで個展もしたことのあるインドネシアの誇る(?)作家、ヘリ・ドノ。


明日からジョグジャ、バンドン、ジャカルタと後小路さんの調査に同行。どんな取材ができるか楽しみだ。
by midoriart | 2007-08-18 22:54 | Yogyakarta
 思い起こせば、12年前のインドネシア共和国独立記念日にはすでにバリで暮らしていた。金婚式じゃないけど、独立50周年はマス(金)の記念日といって、国中あげてかなり盛り上がって独立を祝っていたので、当時バイク乗りだった私は、カメラ片手にバリの田舎を走り回っては、市民が祝って作った幟や看板を撮影したものだった。あれからもう12年も経ったのか・・・。

 うちの隣はジョグジャでも有名な土産物屋なので、路上駐車が多い。その車を整理するために「パーキングおじさん」なるものがいる。なんのことはない。駐車してる車をちゃんと見てるってことで、運転手が発車するときにお金をもらうという公的な仕事なのだ。
 この隣の店の「パーキングおじさん」はもともとうちの町内のおっさんで、私の借りてる家の大家の遠い親戚に当たるらしく、やたらと私のうちのことにも口を出す。今回も独立記念日が近づいた頃から、何かと私の家の前に長~いこといて、めったに家から出ない私に会うなり
「ほれほれ、旗をよ~、ここにささないかんに」
と、何度も言ってきた。

 だから~、私はかわいい半円の紅白旗なのよ、ここ何年も・・・。と思ってるけど、どうも気に食わないらしい。めんどくさいので
「おじちゃ~ん・・・。私ちょっと忙しいのと、旗なんてどこで買ったらいいのかもわからないし、できたら、おじちゃんにお願いしたいんだけど、頼まれてくれるぅ?」
とできるだけ甘えるふりで言ってみたらすぐOKだった。
 つまりはこのおじさん、自分が頼られてるってことが嬉しい人なのだった(もちろん費用はこっちもち。おじさんのタバコ代も楽勝で入ってる額を渡した)。


b0090333_193931.jpg なので家の前もこんな華やかになった。


b0090333_195560.jpg 街はもちろんのこと華やか。


b0090333_1101823.jpg 考えてみれば、日本が終戦でショボくれてたときに、この国は生まれたのだ。徳川家康が天下とってる頃には、まだなかった国。そんなにさかのぼる必要もない。日本がついこの前、乃木大将の歌で戦争賛歌してたときにもまだなかったのだ。神様だったヒロヒト天皇の玉音放送に日本中が悔し涙を流したあの後に生まれた国。それがインドネシア共和国。
(独立の言葉を読み上げるインドネシア初代大統領スカルノ)


 今日は私の大好きなTV放送の映画枠も「独立コンサート」という生放送をジャカルタから流している。有名どころの歌手が、ナショナリズムの香りいっぱいの歌を歌っている。
 が、しかし・・・。

 今、終戦記念の特別番組を見て、どれだけの日本の若者が興味をもっているのだろうか。それと同じように、いったいどれだけのインドネシアの若者が、この独立を本当に祝っているのだろうか。62年は長い。オランダ植民地時代のことを覚えている人もどんどんあっちの世へ行ってしまう。そんな中で、どこまで本当のことがこの国で語られていくのだろう。日本もしかり。

b0090333_1143577.jpg 私にとっては戦争は他人事ではない。お爺ちゃんが戦場に行った戦争であり、父の同級生の腹に、B52機から撃たれた爆弾が突き刺さった戦争なのだ。今年の6月に一ヶ月滞在したフィリピンのバギオには、今も80過ぎの日本のお爺ちゃんたちが、その地で散った戦友の慰問に訪れるという。8月はいろいろ考えさせられる。この時期に、アメリカにいたりすると、いったいどんな気持ちになるもんなんだろう。広島や長崎のことを報道したりするんだろうか?それとも真珠湾だけにフォーカスしているんだろうか。
(写真は独立より後の1958年、スカルノ大統領と昭和天皇。昭和天皇はどこを見てるんだ???)

 私の部屋のTVでは映画が始まった。今晩はインドネシアの学生運動の英雄、GIEの生涯を描いた映画、その名も『GIE(ギー)』を放送している。
by midoriart | 2007-08-17 22:08 | Indonesia
 常にダイエット食で暮らしているので、私の食材はたいしたものではない。けれどうちにいる2匹の犬たちはしっかり食べる。1日1食だけれど、2匹で3合炊くとすぐなくなる。オカズは鶏肉。スーパーで、頭と足を取った状態のものを2羽買って、その場で小さめに切ってもらう。最近鶏肉も値上がりしたので、1羽で17,000ルピア(約226円)する。昔は12,000ルピアだったのに・・・。
 この2羽を丸ごと鍋で煮て、肉がくたくたにくずれるようになったら終わり。これを3合のご飯に混ぜて与えると約1週間で2羽がなくなる。だから私の食材の買出しは犬たちのおかずのなくなるタイミングに合わせている。今日はその買出しの日だった。

 空港近くに日本でも馴染み(かどうかは知らないが、あるのは見たことがある)のCARREFOURができてくれたおかげで、買い物がとっても便利になった。物を買う際に、選択肢を与えられるということがどれだけ幸せか。昔は何を買うにも、選択することすらできない店ばかりだったものだ。

b0090333_0234154.jpg  砂糖もそう。これ、全部砂糖。このバリエーションの多さは嬉しい。日本の皆さんにはこの砂糖が何からできてるものかわかるだろうか。手前のはクリスタル。一番奥は椰子砂糖。アレン砂糖ともいわれる。椰子の殻に入れて模るのでこんなかわいい半球をしている。ナチュラルな甘さで私は大好き。


 午前中の買い物を済ませてから、先日見学しにいった家具工場へ。今日は自分の作品のパーツに使う階段状のものを作るとして、素材があるかどうかを聞きたかった。
 結果としては、この工場にはチーク材以外の木がないので、私の作品に仕える素材は手に入らなかったけれど、芸大時代の木工室さながらの電動工具はなんでも揃っているので、素材さえ持参すれば、工具は貸してくれるとのこと。嬉しい~

 ここのボスがイイのは花好きなこと。これ、このボスの趣味で育てている蘭。泣き声のいい鳥もインドネシアのおっさんたちの非常にポピュラーな趣味だけれど、最近では植木がおっさんのホビーとして台頭してきている。珍しい種になると、なんと10億ルピア(1,000万円以上)で売られているものさえあるらしい。家具工場のボスはそういった金持ちのステイタスとは違い、小さな苗を大切に育てて花をつけたりする姿を見るのが好きらしい。

b0090333_0241046.jpg  これ、けっこう珍しいおっさんの蘭コレクション、大事に手入れしたら3ヶ月花が咲いたままでいるらしい。蘭ってスゴイんだな~・・・


b0090333_0243125.jpg  そういえば今日から、街の中がそぞろ旗めいてきた。うちの前でも町内会の皆さんが歩道をキレイにし始めた。そう、17日の独立記念日の準備が始まったのだ。紅白旗だけでなく、色とりどりのノボリが道路に立ち始めた。日本が敗戦を記念する反省の日であるのとは対照的に、ここでは祝いの日。この時期になると、私の中の「ニッポン」がじわじわと目覚める。大好きなおじいちゃんから聞いた話が思い出される。
軍事国家ニッポンが戦中やってきたことは、アジアの国々にいるとよくわかる。外で何をしていたのかが、されてた国の中にいるからハッキリと見えてくる。フィリピンでも、マレーシアでもそうだった。インドネシアもしかり。


b0090333_0244746.jpg  町内会のおっちゃんたちは、よそ者の私にも
「ほれほれ、姉ちゃん。あんたんとこも、そろそろ旗立ててちょ~よ」
と今朝家を出るときにいわれたので、用事を済ませて帰宅してから我が家も取り付けた。ここ3年、このちょっとかわいい半円紅白旗を使うことにしている。


b0090333_025181.jpg  我が家の全体~。


b0090333_0251561.jpg  そして玄関~~~。


 15日の終戦記念日には赤道の南から祈りたい。そして17日には日本軍も大きく関わったこの国の独立記念日を祝うとするか・・・。
by midoriart | 2007-08-13 23:21 | Yogyakarta
 ここんところずっと映画を見る時間がなかったので、今週末は2日間を映画デーにした。私のジョグジャでの唯一の娯楽。


b0090333_21351147.jpg★The Texas Chainsaw Massacre (悪魔のいけにえ)
1957年ウィスコンシン州で実際に起こった猟奇殺人事件がモデルになった映画。にしても邦題がよくないな~。『テキサスの大虐殺』じゃダメなのか?ホラーの有名どころ『サイコ』や『羊たちの沈黙』もこの事件をヒントにしているというから衝撃的な事件だったといえるんだろう。ホラー映画として見るにはフツーだった。事実を追うのか、脚色するのか、ハッキリしてほしかった。


b0090333_21354231.jpg★Blood Diamond (ブラッド・ダイアモンド)
1990年代後半のアフリカでの内戦と、ダイヤモンドの不正取引を描いたアクションもの。密売人役のデカプリオがなかなかよかった。NYでドキュメンタリー・フィルム制作に携っている友人のチアキさんが、アフリカの子供兵士の取材に行ってたことがあったけれど、その現実がまんま映画になっていて、普通の戦争映画よりもずっと怖かった。

こんな状況の中でダイアモンドが流通してるのかと思うと、ダイヤなんて買えないなぁ(買ったこと一度もないけど)。


b0090333_21355828.jpg★World Trade Center
正直言ってニコラス・ケージが出てるから見ただけ。で、見てみたら、別にこの役、ニコちゃんじゃなくてもよかったんじゃ???という疑問だけが残った。

ブラッド・ダイヤモンドと続けて見て思ったのは、映画というのは真実を伝えるためのとても強力な手段になるんだなーということ。実話の映画化には原作者や脚本家のフィルターもかけられるかもしれないけれど、それでもひとつの事実を形にして見ることができるって、映画の素晴らしい役目のひとつだなーとあらためて感動。


b0090333_21361644.jpg★Desperation
毎回ハズれるからムカつくのに、どうしても見たくなるのがスティーブン・キング。これはTV映画みたい。多分日本では出てないんじゃないだろうか。内容も本当によくある話。TV用だからビクビクも少ないし、アイロンかけしながら見るのにちょうどだった。


b0090333_2136319.jpg★The Holiday
私にしては珍しくラブストーリー。役者で選んだだけ。ジュード・リーにキャメロン・ディアスだったので。それでも内容は娯楽映画としてはなかなか。傷心の女性がそれぞれの家(NYとロンドン郊外)をクリスマス休暇の2週間だけ交換する間に起きる恋愛話。
ジュード・ローがいいからそれだけで私は文句ない。


b0090333_21364876.jpg★The Good Shepherd (ザ・グッド・シェパード)
こういう難しい話は、英語そのまま聞き取れるはずがないし、かといってインドネシア語の字幕を全部読み取るのも大変なので普通は日本に帰ったときに観るようにしてるのだけど、今回はついつい見てしまった。でもやっぱり100%理解できてないから厳しかった。

大好きなロバート・デニーロが監督でちょろっと出演。CIAになった男の長い歴史をマット・デイモンが演じるのはいいけど、年とらなすぎ。せっかく妻役のアンジェリナ・ジョリちゃんが老けメイクで頑張ってるのに、父ちゃんのほうがまったく変わらないのは変すぎる。

b0090333_2137290.jpg週末用に借りた7枚で、残ったのはブラピの『BABEL』。今晩のお楽しみにしよう。
by midoriart | 2007-08-12 21:28 | Film/Movie