Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 今回の帰国には3つの大きな目的がある。
 その1。新しく作る仕事場の地鎮祭。
 その2。来年4月にジョグジャカルタをはじめとするインドネシア数箇所で開催される美術展(国際交流基金主催で日本人アーティストが多数参加予定)の打ち合わせ。
 その3。年末に愛知県美術館で開催される、私の個展の打ち合わせ。

 今日はようやく、愛知県美術館で私の個展を担当されるTさんと会って打ち合わせができた。私の気持ちの中では今回のメインイベントともいえる大事な用件。
 今までは、「美術を見る」つもりでこの場に足を運んでいたのだけれど、今日は違う。ここで「見せる」んだと思って会場を見ると、いつもとは違ったことがたくさん見えてくる。


b0090333_22292714.jpg 私に与えられたのは愛知文化センターの10階、愛知県美術館の小ギャラリー。8x11.5mほどの空間。美術館だから天上が高い高い・・・。現在は「顔」をテーマに、大学の先輩にあたる奈良美智さんや、森万里子などの作品が展示されていた。


b0090333_22295326.jpg 私はこの6月にフィリピン、バギオで発表した「ヒトの交換プロジェクト=The Back of Affection」と、新作を発表する予定で、プランをTさんに説明。忙しい中でも私の活動をブログで見ててくださるTさんは、交換プロジェクトの背景もよくご存知なので、話が早い。今日はキドラ親父が作ってくれたドキュメント・ビデオも見せ、愛知美術館でも同様にこのビデオもインスタレーション作品と共に展示することに決まった。


 展示に使えそうなパネルや展示ケースなどのチェックのため、美術館の裏にある倉庫にも連れてってもらった。初めて入る「奥の間」には、たくさんの展示パネルやケースが保管されていた。使いたいものがあれば、今のうちに「ツバつけとく」ことができるそうで、おおまかに使えそうなモノの確認も済ませた。


b0090333_2230226.jpg 会場のサイズ測定を終えると、だんだんと展示プランが現実味を帯びてくる。展覧会は11月中旬だけれど、インドネシアから作品を送ることを考えると、すぐにでも制作にとりかかりたい気分。まずは今日の測定から図面を作り、作品を図面に落としながら展示プランをたてていくことになる。

 ワクワクもありつつ、緊張感も出てきた美術館視察だった。帰国してる間に、もう少し展示空間を把握しておきたいな~と思いつつ、今日のところは帰宅。名古屋の繁華街、栄を通るとなんともすごい人の波。そうか今日からバーゲンか・・・。一気に日本の現実に身をおいた気分で、疲れてとっとと家に戻った。田舎暮らしの身には、いきなりの人込みはしんどい。


 ちなみに、今日見てきた愛知美術館の企画展「20世紀美術の森」はなかなか見ごたえがあった。三重・岐阜・愛知美術館のコレクションから選ばれた作品の展示で、中でも中央の展示室の壁を取っ払って、かなり広い一室をつくり、伊藤公象の作品がフロアーに並んでいるのはフワ~っと空気が流れてるようで気持ちがよかった。
by midoriart | 2007-06-30 22:26 | Japan
 今って、フツーに日常が連続している時期のはずなのに、なぜか大阪行きのGARUDAは満席だった。いつも一人で3席くらい使って寝てこられるのに、今回はそれも無理。期待をかけて一番後ろの座席をKEEPしたけれど、しっかり全部埋まっていた。名古屋便が欠航になった分、こっちに乗客が集中したってことだろうか。

 ともあれ、飛行機は予定どおりに関空へ到着した。以前は税関でかなり怪しまれたものだけれど、なぜかここ数年はすんなりとノーチェックで通関。初めて使った関空を楽しむ間もなく、私にはここからまだ2時間の道のりが待っていた。
 関空からJRはるかで51分、新大阪へ。そしてここから40分、のぞみで名古屋へ。GARUDA大阪支店に勤める知人からこの方法で8470円かかると聞いていたけれど、のぞみを指定にしなかったので合計7500円。これだけでもなんだかとっても得した気分。


b0090333_22241517.jpg 大阪では、こんなウッドペッカーの電車も走ってるので驚き。


 新大阪で新幹線に乗り継ぎ、とにかく最初に来た東京行きののぞみに乗り込んだ。この時点で時刻は午前9時45分。普段めったに新幹線を利用しないから知らなかったけど、この時間帯はスーツ姿の会社勤めさんで新幹線は満席状態。
 こっちは指定じゃないし、でっかいスーツケース一つにキャリーバッグ持って、あの狭い通路をコロコロ何車両も渡り歩くのも面倒で、結局は40分間車両と車両の間で過ごした。大学生の頃にはこんなの平気だったものの、まさか40過ぎてやることになるとは思わなかった。ってもたかが40分だし、スーツケースに座れるし。乗り心地は問題なし。ここにいたら車掌さんはチケットの確認さえしなかった。話かけるのもためらわれたのか???

 実家は名古屋駅から車で10分もかからない。駅についてタクシーをつかまえ急いで帰宅した。
 なぜかというと、今日27日の大安、我が家では地鎮祭が行われる予定だったからなのだ。


b0090333_2225669.jpg 私が大学を卒業してすぐに建てたスタジオは、建築現場で大工さんたちが使うプレハブの中古。安い中古を買って洗濯場に建てたもので、20年以上が経った今、3ミリ厚のベニア板は湿気と雨漏りでベロベロにはがれ、知らない間に雨漏りもひどくなり、中に保管してある作品までもが傷んでしまっている悲惨な状態だった。
 それを今回、思い切って解体したのだった。私が日本へ戻るより一足先に解体は終わり、今日の大安が地鎮祭だったというわけ。


b0090333_22252961.jpg 初めて地鎮祭なるものに立ち会った。着込んだ神主さんは、暑い暑いを連発。
 さらに、うちの住所は読み間違えた。大丈夫か、神さんはちゃんと我が家に来てくれるんだろうね?

 聞き取りにくいけれど、どうやら大国主神や猿田彦さんを呼んでるらしい。昨年は家族で出雲神社に行ったし、今年の正月には伊勢神宮へ参る手前で猿田彦神社にも寄った。知ってる神さんたちの名がたくさん出てきて嬉しかった。


b0090333_2226381.jpg 年取ってからこういうパーツを見ると、なんとも造形的に美しいなぁ~と感動したり。どこにいてもやっぱり清めには塩と酒なんだね~と関心したり。


 そして私の身体がまだ日本の気候に慣れる間もなく、地鎮祭はつつがなく終了した。お供えしたものはすべて「おさがり」として神主さんが私にくれた。のはいいけど、台所に置いといたらスルメ臭が家中にこもって大変だった。

 私の帰国中にはまだ工事も始まりそうにないけれど、9月までには制作のできる小さな空間が完成予定。楽しみだ。
by midoriart | 2007-06-27 22:21 | Japan
 フィリピンから戻って6日目の今日、一時帰国のためにまずはバリまで移動。
 私には一年に一度やってる仕事がある。犬山市にある野外博物館リトルワールド内にあるバリ島貴族の家のコーディネートで、建築全体を飾る伝統布を発注・発送している。ちょうど今回がこの完成時期にあたったため、日本へ帰る前にバリから発送作業をすることができた。


 イスラム教圏のジョグジャで暮らしているとついつい忘れがちな、バリ・ヒンドゥー教の祝日がルンダンはあさって。バリの家族は
「なんでよりにもよってガルンガンの日に日本へ帰っちゃうんだよ・・・」
と残念そうだけれど、ここでは前日から祝日モードに入るため、食事にはしっかりありつける。


b0090333_22191723.jpg ガルンガン前日はプヌンパハンと呼ばれる。家族みんなが早起きして、豚やら鶏やらおろして料理をつくる。私が起きたのも午前6時だった。マデ兄貴が妻と一緒に眠そうな顔して台所にいた。私はバリに戻ったら、料理が上手な兄嫁ムプの手料理を食べるのだけが楽しみ。料理の完成をじっと待ち・・・


b0090333_22194011.jpg できたてのラワールをいただいた。


b0090333_2220241.jpg マデ兄貴の息子フォギーはバリのヨーヨー仲間第1号なので、今回私がジャパン・ナショナル・ヨーヨー・コンテストのために作ったロゴ入りヨーヨーをプレゼント。


b0090333_22205540.jpg 家族祠もガルンガンに向けてキレイに飾り布を付けてもらっている。そうそう、私が犬山リトルワールドへ送っている飾り布も、このようなもの。色とりどりの地に、金色で唐草模様などが描かれた華やかな布だ。


 ガルンガンの祝日気分をほんの少し味わった後、26日の夜にはデンパサール空港へ。悲しいことに今はGARUDAの名古屋直行便は欠航。やむをえず関空へ。フライトは27日の午前00時15分。ガルンガンになったと同時に私はバリを離れた。
by midoriart | 2007-06-26 23:13 | Bali

6月24日◆初老の初日

 朝、2件のメールが入っていた。
 母と姉から。

「おめでとう。家では紫陽花がたくさん咲いています。もうこの時間に生まれてご対面だったよね」
と母。
「42歳は昔の呼び方では『初老』って言うらしい!! 歳を重ねることを武器に頑張っていこうねっ!! 」
と姉。

 後で驚いて調べたら、老化を感じ始めた頃が「初老」で、今では高齢化してきて50歳代を指すこともあるらしい。

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 インドネシアで暮らし始めてからというもの、誕生日はたいてい一人で過ごしている。バリ人の誕生日の祝い方を知ってから、私も彼らの真似をしてこの日一日は神さまに感謝し、気持ちを静めて過ごすように心がけている。
 年をとったからか、誕生日を迎えると
「よくもここまで生きてこられたもんだ・・・」
と最初に思う。こんなに人災天災の多い世の中で、ここまで何事もなく行きてこられたことだけでも感謝だし、それよりなにより、とりあえずいろいろ楽しいことのあるこの世の中に私を生んでくれた両親にも感謝したい。


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 そして本体のメンテも欠かさない。なんせインドネシアでのひとり暮らし、私が寝込んだら
2匹の犬はどうなる。私の愛車スターレットは73年製、私より若いのに一ヶ月に一度のメンテを怠ったら必ずどこかが故障する。だから私も自分のメンテはできる限りマメにすることにしている。
「人間、健康が一番」
そんなふうに思うことがすでに初老の一歩か。

 半日は27日からの一時帰国の準備、午後からはメンテの一貫として「初老祝い」にサロンへ行った。全身マッサージ&スクラブ、フェイシャル、しめて21万ルピア(約2,500円)。フィリピンの美味いもの巡りで体重3キロ増のため、ケーキはお預け。
 この世に生まれてよかったな~・・・とあらためて思った初老の初日だった。

★写真は6月5日~7月5日フィリピン、バギオ市VOCASで開催中の廣田緑&キドラ・タヒミック展「The Back of Affection」より
by midoriart | 2007-06-24 19:52 | Yogyakarta
 一ヶ月のフィリピン滞在が終わった。北部のバギオで3週間、首都マニラで5日間、バギオからずっと北へ上って山の奥に入ったキブガンで合計5日間を過ごした。新しい人、新しい食べ物、言葉、風習・・・、毎日毎日が楽しかった。

 インドネシアから一緒だったササンと一緒に楽しめたのが言葉。フィリピンの公用語タガログ語には面白いほどにたくさんインドネシア語と同じ単語があった。彼らが話してるのを聞いて、
「え?待って!今なんて言った?!」
なんてことが何度もあり、私とササンが話しているのを聞いたフィリピンの友人が
「わ~!インドネシアでもそう言うの?」
と驚いていた。
 右(カナン)、傘(パユン)、濡れる(バサ)、値段が高い(マハル)、かわいそう(サヤン)、茄子(テロン)、ジャックフルーツ(ナンカ)、糸(タリ)、鰐(ブアヤ)などなど、ほぼ毎日、誰かがインドネシア語とタガログ語の共通単語を見つけては喜んでいた。

 今日は今回の滞在のみっけもの写真を集めた。
 まずはなんといってもハロハロ。先回も食べてはみたけれど、ここまでハマったのは今回初めて。店によっても、場所によってもトッピングに違いがあってこのローカル・デザートは奥が深い。ここにあるのもすべて「ハロハロ」だけど、盛り付けも様々。私の結論として、高級なチェーン店のレストランが出してるハロハロよりも、ローカル・マーケットのものの方が安くて美味い。
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b0090333_2095436.jpg ローカル・マーケットで子供たちが売ってるリサイクル・バッグ。大が10ペソ(25円)、小が5ペソ12円)。マーケットにマリコさんキッズと行くとかなり便利。彼らは公用語のタガログ、お父さんの里の地方語、マリコさんが教えた日本語、そして学校で使われる英語と、なんと4言語を使いこなす。バイリンガルの2倍ってことか。このバッグはアラシに値切ってもらって購入した。


b0090333_20101184.jpg 最後の日、ササンと一緒にお土産物探しにスーパーマーケットに行って見つけた一品。買わなかったけれど、絵と共に内容もちょっと気になった。ハーブ・ティーらしい。
 

b0090333_20102627.jpg 私のヨーヨー好きを聞いたキドラが、ある晩見せてくれた木のヨーヨー。かなりの年代物。彼の知人の歯医者さんが、自分の商売道具を使って彫ったものだという。彼の次男で、今回私とグループ展で一緒に出品しているカワヤンが小さい頃にもらったというから、すでに30年近くたってるってことか。カワヤンのおもちゃ箱から出てきたといってお披露目。糸がなかったので、早速私がTAKA師匠からいただいた紐をつけてあげたらキドラ親父、大喜びで遊んでいた。


 キドラ親父なんて呼んでいるけれど、キドラット・タヒミックは世界的に有名な映画作家。1977年に作った『悪夢の香り』はベルリン国際映画祭で批評家賞を受賞し、その後アメリカの映画祭で紹介されたこの作品を見て、あのフランシス・コッポラが大絶賛、アメリカでの映画配給が決まったというくらいの人。第50回ベネチア・ビエンナーレにもフィリピン代表として招待され、映像インスタレーションを発表している。

b0090333_20104745.jpg ある晩、台所でゴソゴソ物音がするので起きて覗いたら、彼が一人で黙々とインスタレーションを考案中だった。世界的な作家の作品作りの生現場を見ることができて、一人感動。さらに、彼からこの作品に対して意見を求められ、私が
「カメラの晩餐会だったら、レースのついたランチョンマットみたいなのも合うんじゃないかな」
と言ったアイデアを
「お~、そりゃイイねぇ・・・」
と彼が聞き入れてくれたのが何よりも嬉しかった。
 さらに、そう言って、すぐに格式高いレースのランチョンマットがセットで出てくるあたりが彼の家柄をよ~くあらわしているよなぁ・・・。

 彼のこのインスタレーションは、6月12日マニラのSilverlensで彼の三人の息子の写真展が開催されたとき、パフォーマンスの小道具として使われた。
(6月12日付『都会マニラで展覧会準備』にこのインスタレーションがお目見え)


b0090333_20111197.jpg たくさんの人との出会いがあった中でも、キドラの次男カワヤンと一緒に展覧会できたことや、


b0090333_20112712.jpg キブガン村にこもって黙々と粘土をこねてるセラミック・アーティスト、レイ君の饒舌なるガールフレンド、チチちゃんに出会えたこと、もっともっとたくさんのヤル気いっぱいの人たちに出会えたことがやっぱり一番の収穫だと思う。今回出会った人との縁が、つながり、広がって、また新たな企てに発展していくのを楽しみにしている。


あさっての午後にはバリに向かう。バリではヒンドゥー教の祝日ガルンガンが待っている。
by midoriart | 2007-06-23 20:07 | the Philippines
 ジョグジャに戻って2日目。ようやく家の中が日常に戻ってきた。
 とはいえ。今度は25日にバリへ発ち、27日になる午前00時15分のガルーダ便に乗り、関空経由で帰国。だからトランクを片付ける間もなく、中身を入れ替えて一時帰国の準備中~。


b0090333_222462.jpg すでにバギオの面々が恋しく想い出される。
 一番長いこと一緒にいたのはCGN(コーディレラ・グリーンネットワーク)代表のマリコさん。今回私がバギオに一ヶ月滞在できたのも、彼女のNGOが主催する『国際環境デー』の中の美術展で招待を受けたからだった。フィリピンではちょうど学校が夏休みに入っていたので、彼女のかわいい三人のキッズともほとんど毎日顔を合わせた。末っ子のキカはお母さんに似ていつも笑顔だった。


b0090333_225870.jpg 次男のビーちゃん。私の大のお気に入り。9歳にしてクールな彼は、長男アラシのように交際上手ではなく、末っ子キカのように甘え上手でもない。ちょっと翳りのある雰囲気がなんともかわいくて、将来有望(きっと私の好みの青年になる!)な少年だった。

 マリコさんが忙しくしている隙を見て、私は「バッタママ(偽のママ)」になって彼らと遊んだ。彼らも私を
「バッタママァ~~~!!!」
と呼んで慕ってくれた(と思う)。


b0090333_234427.jpg 思い切りタイトなスケジュールの一ヶ月ではあったけれど、クレー・ワークショップ後、野焼きする作品を乾燥させている間に、マリコ・ファミリーと一緒にバギオから車で30分ほどにある温泉&プールにも行けた。ちょうどこの日に、日本から「ナショナル・ヨーヨー・コンテスト2007」で私のデザインが採用された、その賞品のオフィシャル・ヨーヨーを送ってきたので、わが「バッタ・キッズ」三人にいきなりプール・サイドで指導始めたり・・・


b0090333_285974.jpg 戻ってきてもまだ今ひとつ雨季のあけないジョグジャで、展覧会場となったVOCAS(ビルの6階)から眺めるバギオの街の風景を想い出してみたり・・・


b0090333_294319.jpg アメリカ人の父とフィリピーノの母を持ち、アメリカはカリフォルニアで生まれ育ち、5年前に父の故郷フィリピンを訪れて以来、フィリピンに恋してキブガン村に住み着き、陶芸工房を主宰しているレイ君。今回の『国際環境デー』のワークショップで、私とササンを彼とくっつけて野焼きイベントをするようにアレンジしたのはマリコさんだった。
(真ん中がレイ君。パンを焼くのが大好きだという真面目な青年)

 もとはエンジニアとしてアメリカの海外協力隊員としてフィリピンにやってきた彼が、陶芸に興味をもち、今ではバギオからもっと山奥に入ったキブガン村で村興しとしての陶芸を一生懸命に盛り立てている。陶芸に関して真摯な彼の姿は、ササンと並んでとっても魅力的だった。


b0090333_2105352.jpg そんな野焼きを手伝いに来てたのがマニラの都会からやってきた若きアーティスト三人組(左から2番目はインドネシアから一緒に行ったササン)。彼らはUP(フィリピン大学)美術学部出身で、我々の野焼きワークショップに興味をもって参加。
(CCPでのインドネシア若手作家展『POPSCAPE』に来てくれた彼ら)

 みんなデカくて横にも幅があるので、私はこっそり「マニラの相撲部」と呼んでいたのだが、これがなんとマニラでも有数のお金持ちの坊ちゃまたちだったのだ。でかいズータイしながら、野焼きのための枝をちょっと運ぶだけで汗ダク、ついには途中で枝を置いて退散するという始末。
 枯れ枝に近い細さのササンが、結局は相撲部の枝も持って山を何往復かするはめになったという。ご苦労様~。


b0090333_2112919.jpg そして無事野焼きを追え、キブガン村からジープで5時間かけて会場のVOCASへ運んだ私の瞑想猿。しっかりとVOCASの壁面に設置され、会期の終わる7月5日以降も、この作品はこのままVOCASの常設作品として残ることになっている。私の猿がずっとバギオにいると思うと嬉しい。


 今回一ヶ月居候させてもらったのは、キドラ・タヒミックの実家。彼とは今回、私の個展でコラボレーションを果たした。フィリピンを代表するドキュメンタリー映画作家である彼が、私の交換プロジェクトに同伴し、フィリピンの村人と私の作品を交換する様子を16分のドキュメント・ビデオにしてくれた。現在も我々の作品はVOCASにて展示中。

b0090333_212643.jpg 彼のお母様はバギオ市の最初の市長で、フィリピンで最初の女性市長。時代は第2次世界大戦後。バギオに美女の市長がいるというのは国中の話題だったらしい。実際、過去の新聞の切抜きなど見せてもらっても、お母様(今は96歳)の姿はどっちかったら女優。スクラップの中に、インドネシア初代大統領スカルノと一緒に歩くお母様を発見!


 15年近くインドネシアで暮らしてきたけれど、スカルノと接したという人から、実際にスカルノがどんな人物だったのかを聞いたのはこれが初めて。どこにでも恋人を作ることで有名だったスカルノなので、もしやこの美しいバギオ市長にも甘い言葉をかけてたんじゃないかと思って、なにげ~~にお母様に聞いてみたら、
「オォ~。ノーノー・・・。ヒー イズ ベリィ キュート。ベリィ ナイス ガイ。ウィ~ ア~ ジャスト グッド フレンド、ホホホ・・・」
とのことだった。

 とっても濃いフィリピンでの一ヶ月。落ち着いたら、今回GETしたおもしろグッズなどなども紹介しようと思う。
by midoriart | 2007-06-21 23:59 | the Philippines
 ついにバギオを去る日がやってきた。この一ヶ月お世話になったキドラ宅のみんなにお別れをいってマリコさんのオフィスへ。バギオからクラークの空港までは、マリコさんが車と運転手を用意してくれた。もともと、最終日にはクラーク周辺に今も残る第2次世界大戦に縁ある場所を巡りながら空港まで行きたいと話していたので、地の利に詳しい人を用意してくれたのだった。
 
 話は、私が2年前初めてフィリピンを訪ね、ナショナル・ミュージアムのコレクションで日本軍の非道な行為を描いた一枚の絵画を見たところまで遡る。初めて知った「死の行進(Dearh March)」の事実・・・。
 昨年フィリピンで初めて開いた個展の作品「The Back of Affection」はこの「デス・マーチ」が大きなモチベーションとなっている。そして今回キブガン村の奥地に入り、お年寄りを訪ねては自分の作品を交換してもらったのも、すべての始まりがこの「デス・マーチ」だった。だからフィリピンを去る前に、縁の地を訪ねたかったのだ。


b0090333_4395157.jpg バギオからクラークへと南下しターラックを越えてすぐに「Capas National Shrine」の標識が見えてきた。ここで大通りを右折して小さな道へ入ると、1キロごとにこの塚が立っている。その名のとおり「死の行進塚」だ。
 

 そして10ペソを払ってフィリピンの軍用地に作られたナショナル・シュラインへ入る。
 ついこの前マニラで4日を過ごしたとき、日中に街中を30分歩いただけで目眩がして喉がカラカラに乾いた。1942年、日本軍の捕虜になったアメリカ兵11,796人とフィリピン人74,800人は、100キロ以上もある長い長い道のりをわずかな食料と水だけで歩かされた。生き残ってCapasに着いたのはアメリカ兵9,300人、フィリピン人45,692人。その後に空腹と病でさらに30,000人の人々がこの世を去ったというからまさに「死に向かう行進」だったといえる。


b0090333_440152.jpg 今日はとてつもなく美しい晴天。ちょっと車から出るだけでもザッと汗が流れ出る。彼らの道のりはいったいどんなだったのか。少しでも列から外れたら打たれ、弱って座り込めばその場で殺されたとうう。今日のため息が出るほど澄んだ青空を眺めながら、65年前の彼らが見た空は何色だったのか想像してみたけれど、私にはわからなかった。ただただ涙が出た。酷いとか、かわいそうとかという言葉では言い切ることのできない切なくてたまらない涙が溢れた。


b0090333_4402671.jpg 記念塔は3本の柱が一つの大きな塔となって天に向かって伸びていた。1982年にバタアン死の行進40年を記念して建てられ、1991年にアキノ大統領がこの場を記念塔として認めた。3つの柱は日本、アメリカ、フィリピン。三国がこの悲劇から多くを学ぶようにと作られたのだと説明があった。


b0090333_4405924.jpg ここからさらにクラークへ向かうと、大通りに面して大きく「神風」と書いた標識が見える。一ヶ月前マリコさんのお迎え車でバギオへ向かうときに見つけて気になっていた場所だ。

b0090333_441123.jpg 入り口には日本語の大きな解説文があった。マバラカット観光局長からの言葉で、
「観光局が神風平和記念公園の建立を推進した理由は、神風特攻隊の栄光を賞賛するためではなく、その歴史的事実を通じて世界の人々に平和と友好の尊さを訴えるためです。このような不幸な出来事を二度と繰り返さないと誓う場所となることを祈念するものです (中略) かつて何の変哲もなく長閑なマバラカットの街が神風発祥の地として第二次世界大戦中の太平洋における戦場で歴史を刻むと誰が想像したでしょう・・・」
とあった。
 日本本土を防衛するための、死に物狂いの体当たり手段「神風戦術」が広まったのが、このマバラカット基地からだということも、今日初めて知った。


b0090333_4412969.jpg フィリピン滞在最後の日に、この二つの場所を訪ねることができて本当によかった。私の文章力では今日感じたことの半分も書き表すことはできない。若い世代がどんどん生まれてきて、第二次世界大戦が日に日に風化していく中で、私はお爺ちゃん子だったこともあって戦争は他人事ではない。人間の狂気がここまでの悲劇を生んでいくことを、その事実があった場所で知り、少しでも感じることができた今日は、私にとってとてもとても貴重な1日だった。


 今19日の午前3時半、シンガポール空港でジャカルタ行きの飛行機(午前7時30分発)を待っている。あと10時間もしたらジョグジャに戻って犬たちと再会して、またインドネシアでの日常が始まる。けれどこの1ヶ月間の貴重な体験は、きっと何らかの形で私の行き方にも影響していくのだと思う。AC効きすぎの寒い寒い空港にて。
by midoriart | 2007-06-19 03:36 | the Philippines
 思えばあっという間の一ヶ月だった。あと2回寝たら、もうバギオとはお別れ。早い~・・・。
今回バギオでず~~~っとお世話になったキドラ・タヒミックんちには彼のお母様がいらっしゃる。96歳になるこのお母様は、フィリピンで最初に女性で市長になった人だ。今も元気に新聞にコラムを書いたりしているステキなお婆様。
この一ヶ月ほとんど毎朝、彼女と一緒に朝食を食べ、雑談をしてきた。最後に彼女のために何かしたかったので、私にできる唯一の恩返しとして、日本料理を作ることにした。


b0090333_4334694.jpg VOCASでのグループ展と個展をコーディネートしてくれたCGN(コーディレラ・グリーンネットワーク)代表のマリコさんにも今回は本当にお世話になった。今回の個展も7月5日の最終日まで私が滞在してられないので、作品の搬出と日本への輸送は彼女にお願いした。最後の打ち合わせでVOCASへ。その後、マリコ・キッズと、数日前に沖縄からフィリピンに着いたばかりのバスケタリー・アーティスト、Oさんと一緒にバギオのローカル・マーケットへ。
 

 今回はほとんど自由時間がなかったので、海外に出たらたいていは徘徊するローカル・マーケットを訪ねるのはこれが初めて。

b0090333_434178.jpg VOCASでのグループ展に参加のため、インドネシアから一緒にやって来て1ヶ月を過ごしたバンドン工科大学教授のササンはイスラム教徒、外食するたびに豚肉が入ってないかチェックするのが大変だったなぁ~。そんな時に一番安心して注文できたのがバングスという白身魚。かなりポピュラーな食材のようで、キドラ宅でもよく食卓に並んでいた。


 今日の恩返しメニューは天麩羅にした。ちょうどマリコさんから和風だしをたくさんもらっていたのでこれを使用。さらに、タイミングよくOさんが土産にくれた「もずく」でお吸い物も作れた。

b0090333_4341816.jpg 元市長さんのお宅には、数人のメイドさんもいる。毎日毎日私とササンにもとってもよくしてくれた若い彼女たちにも私の天麩羅をご馳走したかったので、今晩はメイドさん関係5人、キドラとお母様、私とササンの4人で合計9人分の天麩羅クッキング。具には海老、フィリピンの白身魚、サツマイモ、ピーマン、ナス、玉ねぎ。


b0090333_4343215.jpg せっかくなら、作り方を覚えてこれからも日本料理好きなキドラに作ってあげられるようにと、若きメイドさんにも作り方指導。キドラ宅の台所が今晩は「天麩羅ワークショップ」と化した。まずは箸の持ち方から教授。それを見てお母様も大喜び。


 正直なところ、あまりカラっとは揚がらなかった。
「日本ではカラっとしてる状態でいただくために、食べる人が食卓につく時間を見計らって揚げるものなのよ~」
ともっともな言い訳してメイドさんたちに試食してもらった。
「サラァ~~~ップ!!!(美味しい~~~)」
と賞賛されてホッとした。


b0090333_4344887.jpg メイドさんたちに、この料理に合う器も教えたので、フィリピンにいてもこんな感じで日本食を準備することができた。昔から山形ドキュメント映画祭の常連で、埼玉にある竹寺とも縁の深いキドラは大の日本食好き。何度か日本に来たことのあるササンも日本料理は大好き。

 一番喜んでほしかったお母様も、天麩羅のつゆがお気に召したようで、
「ディス イズ ベェリィ ナイス。ホホホ・・・」
を連発してくださった。よかったぁ~~~・・・。


b0090333_435290.jpg そしてダイニングで記念撮影。
 なんと、インドネシアの初代大統領スカルノと同じ席で食事をしたこともあるこのお母様と、今回の私の個展のコラボレーターであるフィリピンを代表する映画作家キドラ・タヒミック、そしてインドネシアの親友であり素晴らしいセラミック・アーティストであるササンとのこの一枚は私の貴重な思い出の一枚になるだろう。
by midoriart | 2007-06-16 23:32 | the Philippines
 昨年の8月には1ヶ月を過ごしたマニラだけれど、今回のフィリピン滞在のメインはバギオだったために、マニラには4泊4日しかいられなかったことになる。昨年知人のMさんを通じて知り合ったマニラ在住で若手アーティストの「肝っ玉母さん」、ディジーさんちでお世話になり、CCPでのオープニング(14日)の翌朝一番でバギオに戻るつもりだったのだけれど、
「何言ってるのよ、せめて私の作ったランチを食べてから行ってちょうだい。ミドリの友達をみんな呼びましょう」
ってことになり、リターン・バギオは夜に延期。

 でも、こういう席をもうけてもらうと、会いたいと思ってる人にまとめて会えるから嬉しい。それにデイジーさんの手料理はとっても美味しいし。


b0090333_4292821.jpg ってことで今日集まってくれたのは、UPディリマン美術学部で教鞭をとっているジェリー・タン、昨年のアテネオ・アワード(フィリピンで大きなアート・アワード)で大賞をとった期待のアーティスト・ポックロン、若手のチャイニーズ系女性アーティストMM、ロック歌手でありペインターでもあるロメオ・リー。
 本当はこの他にも会いたいアーティストの友達が数人いたのだけれど、連絡が取れなかったり仕事が入ってたりして来ることができなかった。


b0090333_4294014.jpg 写真を使った平面作品や、ビデオ作品を精力的に制作しているポックロン。彼はマニラ周辺で唯一のアーティスト・ラニング・スペース「Future Prospect」の主力メンバーでもあったのだけれど、今日会って近況を聞いたら、ここも結局は自主運営が難しく、今年早々にCLOSEしてしまったという。とっても残念・・・。


 この後、ジェリー・タンが三人展を開催しているロペス・ミュージアムへ案内してくれた。
 デイジーさんちのあるケソンからマカティまでは大々混雑していて、タクシーで1時間以上もかかってしまった。さらに思いの他に展覧会がおもしろかったので、ゆっくりしてたらバスの時間が近づいていた。ランチのとき、午後9時のバギオ行きバスに乗る前に、近くにあるポックロンのスタジオへ誘われていたのだけれど、マニラの渋滞は東京もジャカルタもかなわないほどスサマじい。バスに遅れるわけにはいかないので、ポックロンとはまた再会することを祈り、マカティから市バスでターミナルに直行。


b0090333_4295528.jpg 今回初めてマニラでAC付市バスに乗ってみた。日本の中古バス使用、TVまでついててヘンな感じ。吊り手についてる広告のデザインからして、かなり古い田舎の路線バスのお下がりと思われる。「この次止まります」ボタンを試しに押してみたけれど、案の定なにも反応はしなかった。


b0090333_4303031.jpg 午後8時にターミナルへ到着。
 まだ1時間あるけれど、かといってポックロンのところへ行ってるだけの余裕はないので、近くの安めのレストランで休憩。夕飯にオーダーした「スパイシー・ベジー」というベジタリアンな炒め飯が意外にも美味しくて得した気分。


b0090333_4304974.jpg 午後9時にクバオを発ったビクトリー・ライナーの長距離バスでは3度のトイレ休憩も記憶にないほど熟睡、バギオ到着は午前3時だった。たかが4日空けただけなのに、なぜかキドラの家はもう自分の家みたいな感覚になってて、
「帰ってきたぁ~~~~・・・」
って安心感。で、さっさと床に入る。
by midoriart | 2007-06-15 04:27 | the Philippines

b0090333_3514118.jpg ようやく今日は展覧会のオープニング。今回5月18日にフィリピン入りし、バギオでのグループ展と個展オープニングを済ませ、そして最後の仕事、インドネシアの若手アーティスト5人を紹介する展覧会『POPSCAPE』が今日始まる。デイジーさんがお祝いに、朝からご馳走を用意してくれた。

 今回作品のインドネシアへの返却、展覧会オープニングのカクテルパーティをサポートしてくださった国際交流基金マニラ支局のディレクターBさんに挨拶に行き、日本料理のランチをいただいた後、マカティ周辺のギャラリー巡りをしてからCCPへ向かった。オープニングは午後6時から。


 会場に早めに入り、ササンと一緒に作品ディスプレイに問題がないかをチェック、さすがはパトリック、すべて完璧。作品とアーティストについてのキャプションも私がインドネシアから送ったデータがちゃんとパネルになって貼られている。

 今回の滞在で知り合った私と同じ名前の「ミドリさん(another midori)」がUP(フィリピン大学)の留学生を連れて見に来てくれた。彼はジンバブエ出身の青年で現在UPで建築を学んでいるという。すぐに聞いてみた。
「突然なんですけど、あなたヨーヨーやります?」
「あ・・・。名前は知ってます。遊んでいるところはTVで見たことありますが、私の国ではヨーヨーはありません」


b0090333_3521994.jpgオ~~!!! こういう人にこそ、ヨーヨーをプレゼントせねばっ!
「じゃ、ヨーヨーあげるから、練習しましょう。そしたらあなた、自分の国でヨーヨーの一番上手い人になれますよ!」
って言ったら、とっても喜んでくれた。
 いきなりCCPの美術館の中でヨーヨーやり始める我々を見て、Another Midoriさんもちょっとビックリ。


b0090333_3525470.jpg とまれ、今日は展覧会のオープニングです。
 デウィ・アディティア。バンドン出身の女性アーティスト。日常目にとまったものを、プラスティックの皿をひっかいてドローイングしたものを展示。


b0090333_3531721.jpg ケニ。今回の中で最年少の女性で現在バンドン工科大学美術学部在籍。ポートレイトを動物や化石などと合わせて水彩で表現。ちょっと怪しげな、病的な表現が魅力。


b0090333_3534437.jpg プリラ。バンドン出身の女性アーティスト。ビデオ作品などもある中、今回は4mの黒い布に恐竜からエイリアンまで時代の流れに合わせたキャラクターを白糸で縫って表現した作品を出品。


b0090333_354926.jpg ウェダール、ジョグジャカルタ出身の男性。危険な目をした子供を描く。


b0090333_3543581.jpg OQ。バンドンで建築を学んだ後、写真作品を制作発表している。知人に好きな音楽を聴いてもらい、一番気持ちのいい状態になるところまで待ってその瞬間を撮影した白黒写真を展示。


 オープニングは盛況。バギオからも何人かのアーティスト友達がわざわざ見に来てくれた。いつものことながら、オープニング時にはいろんな人が出たり入ったりして、紹介されたり紹介したりとムチャ忙しいのだけれど、少しおさまってからパトリックが私のところに来て
「みんなとっても興味もってくれてるみたいだから、成功だね。私たち三人に乾杯!」
と言ってくれた。


b0090333_355378.jpg 今回の展覧会実現に関わった皆さんは右から国際交流基金マニラ支局ディレクターのBさん、CCP展示課ディレクターのシドさん、ナショナル・ミュージアム、キュレイターのパトリックD.フローレス、インドネシアからはバンドン工科大学講師のササン(本名はNurdian Ichsan)、そして私。人との出会いがいい縁を作り、想いが集まって一つの形になるということを自ら体験することができた貴重な展覧会となった。
 

 インドネシアの現代美術若手作家5名の作品を紹介する『POPSCAPE』展はフィリピン、メトロマニラのCCP4階ギャラリーにて7月29日まで開催中。
by midoriart | 2007-06-14 23:49 | the Philippines