Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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What's in Your Pockets 2

さて私にとって今年最初の大仕事は、ジョグジャカルタで開催の日本・インドネシア文化交流事業の企画だった。話は2年前まで遡る。当時日本大使館の語学研修生としてジョグジャにいた女性Sさんと知り合ったのをきっかけに、日本アセアン友好年に絡んだ大使館の文化交流行事を手伝ったのが始まりだった。
彼女のこと、そのときのイベントのことは前に報告しているが、Sさんは昔からよくある、ありきたりな日本紹介ではなく、今実際に日本の若者の間で起こっている事象、インドネシアの若者が興味を持っている日本文化(マンガ、J-POPなど)を取り上げたいという思いをもっていた。
もともと私には大使館員の知人はいなかったけれど、Sさんと出会い、「大使館=頭が固い」というイメージは崩れ去った。だって彼女、オフの日にはカラーコンタクトに下駄、携帯電話にはジャラジャラとビーズのアクセサリーをぶら下げた「飛んだ姉ちゃん」なのだ。さらに文化事業に対する姿勢も、「太鼓・盆踊り・着物」ではない生の文化にフォーカスしている。こういう人なら、単に予算を使い切るだけの無意味な事業ではなく、意味のあるものを作ってくれるに違いない。こうして私は彼女発案の文化事業を手伝うことにしたのだった。

 第一回「ワッツ・イン・ユア・ポケッツ」はSさん総括のもと、美術展、日本映画上映会、インディーズバンドのコンサートという3つのイベントを開催した。私はこの時、美術展のディレクターとして1イベントのみを手伝った。自ら多くのバンド友達を持ち、学生の街ジョグジャで暮らしている間に文化交流イベントを作りたいというSさんの強い願いから生まれたこのイベントは、大盛況のうちに幕を閉じたが、大使館からすべての予算はカバーされず、彼女自身の持ち出しも相当多かったことを私は知っている。
 ジョグジャでの語学研修を終えたSさん、今はジャカルタの在インドネシア日本大使館に勤務している。私がジャカルタへ行ったとき一緒に食事の約束をしたのは去年のことだった。彼女は自分の同僚も紹介したいといって彼女と同世代の男性(ちなみにSさんはまだ30歳)も連れてきた。3人で食事中、Sさんが切り出した。
 「緑さん、我々としてはまたワッツをやりたいんですけれど、なにせジャカルタからの遠隔操作ではうまくいきません。今回はできれば緑さんがすべてを仕切る形で進められませんかね・・・」

 「What's in Your Pockets(ワッツ)」のことは、その後も彼女とよく話題にしていた。そしてそのたび彼女に
 「文化交流事業をするのなら、一回きりではだめだと思う。ずっと続けていく中から自然にインタラクション(相互作用)が生まれてくるところまでやらなければ意味がない」
と言い続けてきた手前、今さら断るわけにいかない雰囲気・・・。
 前回は自分の本業である美術展のみに集中できたからよかった。けれど今回Sさんが私に望んでいるのは、初回の彼女のポジション、つまり総指揮である。そうなってくるとかなり荷が重い。小心者の私はそれだけで胃が痛くなる。
 何度もメール、電話でやり取りをし、Sさんがわざわざジョグジャに出向いてくれたりもして、ついには私も総指揮を引き受けることにした。以前のようにSさん個人に金銭的負担がないよう、最初から予算も少なめにしてアート&音楽を一つにまとめたイベントにすることにした。そうすれば私がコントロールするスタッフも最小限で済む=ストレスも小さくなる。

 最初、私が一番気にしたのは、音楽担当者が私と気の合う人物かどうかということだった。美術担当は私の友人がなるから問題はない。もともとチームプレーに慣れていない私にとって、仕事の相棒との相性は重要なポイントだ。さらにインドネシアでは、日本人感覚でいう「仕事のできる人」にはなかなかお目にかかれない。時間にルーズ、雨なら休む、口はデカいが何も出来ない、そんな若者を私はたくさん知っている。
 そこで今回は、Sさんが直々に音楽部門を担当できる青年を紹介してくれた。なんでも過去にジョグジャでいくつも大きな音楽イベントを企画しているという。このオジー青年(27歳)、見た目はどこにでもいる音楽好きの若者。破れたジーンズ、まとまりのない髪型、安酒片手にピョコピョコはねてるような軽い人物なのだが、準備を始めたらなかなかのツワモノとわかった。こちらの言うことにはまぁまぁの速さ(まだまだ日本人の感覚の「速い」まではいってないけれど、インドネシアの遅さと比較すれば「優」と評価できる)で対応してくる。
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 「ワッツ2」ではオジー青年と、アート&音楽が交差するイベントを目指した。美術展のテーマ決定のため、大学時代の友人に連絡して日本の流行をたずね、いくつか挙げられた候補の中から「アスキーアート」を選んだ。携帯電話機に何十種類も入っている顔文字も、アスキーアートの一つだといえる。インドネシアでも携帯電話のSMS(ショートメッセージ)は非常にポピュラーで、顔文字を使った若者のコミュニケーションは一般化している。新しモノ好きなジョグジャの若者達に日本式の顔文字、その発展系の凝ったアスキーアートを紹介すれば、きっと気に入ってくれるだろうと思った。さらに今回「アスキーアートがおもしろいのでは」とアイデアをくれた友人の協力で、東京のデザイン学校からCGアートの学生作品を借りることもできた。

 こうして「ワッツ2」は3月24日にオープンした。この日から一週間開催される「アスキーアート展」のオープニングを兼ね、オジー青年が企画したインディーズ・バンドのコンサートが始まった。まだジョグジャでライブをしたことがない、まさに旬なジャカルタの2バンドが参加したおかげらしく、会場には彼らのファンを含めた音楽好き若者達、アスキーアートとはなんぞや?と興味をもった芸大生、日本語学科の学生達ががどんどん集まってきた。
 若者に違和感のない空間、音楽にもアートにも馴染む空間という条件で我々が選んだ会場はカフェ。インドネシアでカフェというのは日本のライブハウス、あるいはクラブのようなもの。アルコールがあり、バンドのライブが聞けるといった場所を指す。ジョグジャでは老舗になるJAVA KAFEのテーブルも椅子もとっぱらっい、収容人数はおよそ700人。我々の予想では「500人も来てくれたらいいね」だったのだが、フタを開けて驚いた。どんどんひきりなしに人が入ってくるのだ。ついに店内には空いたスペースがまったくなく、入場者も制限せざるをえなくなった。まだ会場に入れない100人ほどの若者が不満をこぼす中、オジー青年とその弟(弟の方が断然老けていて貫禄がある)は見事に彼らをたしなめ、最終的には全員を会場に招きいれた。その鮮やかなテクニックは血の通った兄弟だからこそか、積んできた経験がモノをいったのか、私にはわからない。

 結局この日の入場者は1000人を超えた。遠くはなれた母の切なる思いでもあり、この日私は着物で出席したのだが、取材にきた新聞・雑誌記者にこっちで呼ばれ、あっちで呼ばれするたびに、若い衆が手にしているタバコの火が着物につかないか、帯がほどけやしないかとヒヤヒヤだった。さらに午後5時から12時を過ぎるまで汗かきかき走り回っていたために、帰宅して帯を解いたら、生身の腹が襦袢の赤で真っ赤に染まり、まるで高山のさるぼぼのようになってしまっていたので驚いた。久しぶりのチームプレーがこうして大盛況なイベントとなったことは、今年最初の、楽しくて有意義な経験になった。
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 Sさんの同僚、大使館の文化情報班、Kさん。もともとの発起人であるSさんは別の重大な任務があり、どうしてもこのオープニングを見ることができなかった。けれどその後、公使と共に会場を訪ねてくださり、第2回のワッツがこうして盛況に始まり、多くの若者が興味を示したことをとても喜んでくれた。
 今回は美術展を担当してくれたのも私の親しい芸大の友人だったし、Sさん経由で知り合ったオジー兄弟もなかなかのやり手だった。チームプレーもたまにはいいものだなぁと思える仕事が出来たのはラッキーだった。
by midoriart | 2006-03-26 13:15 | Yogyakarta
 インドネシアで暮らし始めてから、生活の足しにと東京にある通訳翻訳の派遣会社に登録している。インドネシア語翻訳の仕事はめったにないけれど、それでも過去には日本企業がインドネシアで工業用扇風機を売り出した時の使用説明書の翻訳業務などもあった。
 めっきり連絡のなかったこの通訳会社から国際電話がかかったのは私の帰国間近の3月初旬。普段ならメールのやり取りなのに、今回は電話。担当の女性が私に聞く。
「今回パンティアナでの通訳業務なのですが、ご都合いかがでしょうか」
 ポンティアナといきなり言われてもわからない人が多いだろう。これはインドネシアとマレーシア、さらにブルネイ王国があるカリマンタン(ボルネオ)島にある街。

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 これだけ長くインドネシアにいるのに、まだバリ島、ロンボク島、ジャワ島しか知らない私は、仕事でカリマンタンへ行けると聞いて即答でOKの返事をした。早速飛行機を調べるとジョグジャからは1日1便の直行便がある。一日の業務ではあるけれど、夕方のフライトしかないので2泊3日になる。ホテルも確認した。
 カリマンタン、特にポンティアナには特別な憧れがあった。なにせ私の大好きな水木しげるが、現代の世の中にあって今も妖怪が多く棲むのがポンティアナだと言っているからだ。一人ワクワクしながらガイドブックでポンティアナの名物料理など確認していると、友人から電話。用件の後にポンティアナへ外車の売買の通訳業務で行くと話すと、
「えっ?!それって密輸じゃないの?!」
 驚いてむこうに詳しい人に聞くと、確かにこの土地、マレーシアと陸続きで、インドネシアでは多額の税金がかかる高級輸入車をマレーシア経由で購入、密輸してくる場所として有名だということがわかった。日ごろちゃんと新聞も読まないから、こういうときに妖怪でつられてしまう。さらに確認のため、ポンティアナ人と結婚したジョグジャ女性(友人の友人)に電話して、実際のところを聞いてみた。彼女はわざわざ旦那さん(ポンティアナっ子)に代わってくれたので私は直接彼と話をすることができた。
 彼は私にこう話してくれた。
「外車ねー。おそらくポンティアナのマフィアの仕事だね。君が仕事したいなら、身の上は安全だと思うよ。ここのマフィアは警察にも賄賂をしっかりと渡しているから、捕まる心配はないさ」
って、やっぱり密輸なんじゃん・・・
 念のため東京の通訳会社に連絡し、依頼者の身元を聞くと、今回初めての依頼で、大阪の個人からだという。関西のヤーさんか?最初はポンティアナという業務地だけが気に入って、ちゃんと目を通さなかった業務内容を確認してみると、
「現地外車買い付け商談。ポルシェ二台、ジャガー一台を現金にて購入。合わせて現地先方様への連絡もお願いします」
とある。
 それだけ買う現金もって入ってくる日本人と一緒にマフィアの外車売りに会うなんて、まるで映画の世界だ。怖すぎる。通訳会社もさすがに各国の内情とか、そこまで調べないのだろうな。ここで私がマフィアに巻き込まれて何かあっても、そこまで責任も持ってくれないんだろうな・・・。最終的には、依頼者と電話で直接話してみて、やっぱり何か危険な空気を感じたので気持ちは決まった。
 ポンティアナの名物アロエ氷も、水木先生推薦の妖怪の里にも後ろ髪引かれる思いではあったけれど、ここまで危ない橋を渡ることもなく、私は通訳会社に現地の事情を説明して丁重に断った。その後、本当なら私がポンティアナへ行く数日前のTVニュース。
「ジャカルタの金持ちの家に強盗。女中が殺害される。現場には家主はいなかった。車庫からはポルシェとジャガーが盗まれていた」
 まさかまさか、これが私の依頼主が買うはずの高級車だったのか?!
真相は結局わからずじまいである。そして私は今も無事に生きている。
by midoriart | 2006-03-20 05:07 | Culture
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 昨年6月、名古屋の作家久野利博氏のサポートにより、インドネシアの若手作家を紹介する展覧会をNAF Galleryにて開催することができた。せっかく日本まで持っていった作品なので、せめてもう一箇所くらい巡回させて多くの人に見てほしいと思った私は、アジア美術の紹介者としてインドネシアでも名高い福岡アジア美術館の元学芸課長(現九州大学教授)後小路氏に相談した。
 ハードスケジュールの中、後小路氏が紹介してくださったのが、東京茅場町にあるBASE Galleryだった。早い時期からアジア美術に興味を示し、熱心にアジア諸国をリサーチしてそれらの国の作家のコレクションをしている画廊だ。昨年秋に帰国した際、私は直接画廊を訪ね、オーナーの大西氏に本展覧会のここまでの流れをお話しした。こちらのヤル気を感じてくださり、大西氏はこれをBASE Galleryの企画展としてスケジュールに入れてくださったのだった。
 多くの人々のサポートを受けて巡回展は実現することになった。東京方面の方々には是非足を運んでいただきたい。私と、チーフキュレーターであるバンドン工科大学美術学部講師のヌルディアン氏は3月18日にインドネシアを発ち、今まだ名古屋の実家に保管してある作品をチェックして東京へ送り、我々は21日より会場で作品ディスプレイに入る。展覧会のオープニングは3月23日(木)午後6時から。
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by midoriart | 2006-03-15 22:26 | Art