昨年末からの一時帰国は2月28日まで。あと1週間でインドネシアへ戻るというときに、ジョグジャから電話がかかった。ジョグジャで親しくしているMおじ様からだった。
「ミドリさん、いい知らせじゃなくてごめんなさい。今、ミドリさんところの留守番しているおばさんが来てね、お宅の犬が息をひきとったそうなんですよ・・・」

ティルムは私がバリ時代に飼っていたジャヤが生んだ犬。1997年10月の新月に生まれたからバリ語の「新月」にあたる「ティルム」と名づけた。8年前私がジョグジャに移るとき、ティルムも一緒にジョグジャに渡った。12歳、人間でいえば70歳くらいらしい。最近は耳が悪くなり、真っ黒だった身体にたくさん白髪が生えてきた。12年間私のインドネシア生活を常に守ってくれたのはティルムだった。頑固なこの子の最後を看取るまではジョグジャを移れないと思っていたのに私の帰りを待たずにティルムは逝った。
(写真:ジョグジャの家の庭で。後ろの小さいのはモジャ、7歳)

国際電話でモトに指示を与え、ティルムがいつも日向ぼっこしていた庭の位置を知らせて穴を掘ってもらった。私のいつも使っていたタオルで身体を包んでもらった。花も植えてくれた。翌日モトがその様子をメールで送ってくれた。
2月28日、まずはバリに着いた。バリの家族のもとには、ティルムよりももっと長いつきあいになる猿のスギトがいる。私のバリ時代には、毎晩一緒に寝ていた大事な愛猿だ。彼女は私がジョグジャに移るとき、バリの家族のもとに預けるのが一番いいと決めてずっとバリで暮らしている。私がジョグジャへ移ると添い寝してやれなくなるので、相棒としてオス猿を探してきてペアにした。相棒は石の入った指輪を私がつけていると興味を示すので、バリ語で「宝石」を意味する「ソチョ」という名をつけた。
ティルムの死以降は、彼より年寄りで14歳の婆さんスギトにも、そろそろ死期が近づいているかもしれないと思うと、バリにいる間はできるだけスギトと一緒に過ごしたい。仕事の合間を見てはスギトとソチョのいる檻の前で一緒に果物を食べた。

バリでの制作のため、ジョグジャへ戻る前に4日滞在する予定だったけれど、なかなか仕事がはかどらない。3月3日に4日のチケットを2日延長して家に戻ると、ソチョが嘔吐していた。食い意地のはったソチョはよく食べ過ぎてはもどすので、いつものことだと思ってほっといたら、翌日体調がおかしくなった。この写真だけ見てもわからないかもしれないけれどいつもの目つきとまったく違い、食欲がなくなった。
村の獣医に来てもらったのがその翌朝、ソチョの体力はさらに落ちていた。獣医さんは正直に言う。
「僕では猿はわからないから、デンパサールの国立ウダヤナ大学内にある獣医科の診療室に行ったほうがいいと思うよ。設備もしっかりしてるから点滴受けることもできるだろうし」
いくら体力が落ちていてもソチョは10キロ以上ある大きな猿。普段なら大きな口をあけて人を威嚇して噛む。この子に平気で立ち向かえるのは私とマデサナ兄貴しかいない。そのまま連れて行くこともできないので、ケージを探す。運良くバリで親しいトモコさんが犬用のケージを持っていたので、早速借りにいって家に戻ると、みんながソチョの檻の前にいる。ソチョが気絶したように横たわって動かない。すぐに引っ張り出したけれど、ソチョは本当に大きい。のびていると犬用のケージにも入らない。でも時間がない、一刻も早く病院へ行かなければ。ウブッからデンパサールまでは車を飛ばして1時間はある。家にあったタオルでソチョを包んで私が抱いて車に乗った。
苦しそうな息で目も開けられないソチョは、病院が見えたところで全身を大きく伸ばし、大きな息をひとつして、そのまま動かなくなった。緊急で診察室に抱え込み、台に乗せて先生と助手が脈を調べても、心臓マッサージをしても、もう息をすることはなかった。

ティルムの死からちょうど2週間。私の17年間のインドネシア生活の12年を支えてくれた一番信用できる護衛犬ティルムと、スギトの相棒として8年間付き添ってくれたソチョが逝った。生きていれば死は必ず来るけれど、わずか2週間で大切な私のインドネシアでのパートナーを2匹なくしたのは精神的にかなり厳しい。
悲しいのは私だけじゃない。
猿は賢い分、人間のように他者の死を悲しむのだろうか。ソチョの死からスギトの食欲は一気になくなり、最初はソチョの死因がウィルス系のもので、感染しているのかと思われたけれど、どうもそうではなく、相方の死を悲しんでいるように思える。ジョグジャに戻る前になんとかいい方法はないものかと、猿のぬいぐるみをスギトの檻に入れてみた。
最初はじっと見てるだけだったのが、少しずつ近づき、ぬいぐるみの毛づくろいをしてやるようになった。少しほっとして、私はジョグジャへの帰路についた。

今朝、バリの家族に電話してスギトの様子を聞いてみた。
「夜はずっとぬいぐるみを抱いて寝てるよ。今エサをやりにいってぬいぐるみを触ったら、守ろうとして怒ってきたよ」
とのこと。未亡人としてつらい日々を送らないでいてくれることを願うばかりだ。これからは一人身になったスギトのためにも、できるだけバリにも戻ってあげようと思う。