Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

カテゴリ:Art( 63 )

バリ・ビエンナーレ

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今月号最初の話題はジャカルタで開催されたCPビエンナーレでの「事件」だった。今年のインドネシアはビエンナーレ(2年毎の大型展覧会)ラッシュで、ジョグジャカルタでもバリでも開催が予定されている。ジャカルタでも開催予定だったのだが、あまりに多いために来年に延期した。それが得策というものだろう。、すべてが同じ年に集中したらアーティストと展覧会という需要と供給のバランスがあっという間に壊れるだろう。
 私が招待を受けたのは今回が第一回目となるバリ・ビエンナーレ。初めてとあっていろいろな不安もあるけれど(ましてや今回のような主催者の失態を見てしまうと)、私にとってバリは第2の故郷、ここで久しぶりに作品を発表できるというのは嬉しいことだ。  今ジョグジャで制作中の新作は以前石膏で作ったブロックの作品の延長で木製のブロック140個を使用する。今はこのブロック作りに忙しい。前の石膏ブロックよりも軽いので腰にはやさしい。次回は完成した作品を皆様に紹介できるよう、明日も制作に精進しなければ!
by midoriart | 2005-10-30 00:40 | Art

ポルノなアート

インドネシアでは2003年に国内初の大型美術展CPビエンナーレが始まった。過去にジョグジャカルタ・タイムズ13号にて報告した展覧会だ。第1回には私もアーティストとして出品している。2年を経て今年8月初旬、第2回CPビエンナーレがジャカルタで始まり、オープニングに出席した。その後すぐ、私は愛知万博の関係で帰国したのだが、展覧会は9月末まで開催されていた。
 日本にいる間から、私のメーリング・リストには気になる内容のメールが届いていた。それはCPビエンナーレ出品作家の一人、アグス・スワゲが写真家ダルウィス・トゥリアディとコラボレーション(共同制作)して出品したインスタレーション作品が大きく問題になっているという話。彼はジョグジャカルタ在住で、私の一番親しいアーティストの一人だ。まず彼が今回出品した作品を説明しよう。 会場の一角が白い壁で区切られ、一つの独立した空間が作られ、中は照明が落とされている。その壁いっぱいにヌード(といっても大事なところはちゃんと隠してある)の男女が様々なポーズで登場しているというもので、私達日本人からしたらその表現には何も奇抜なものはない。しかしこれがインドネシアでは大問題になっているという。気にはなっていても状況を知るには現場にいるのが一番、と私は10月9日にジョグジャカルタに戻るとすぐにアーティストの友人にこのゴシップについて聞いた(それまでのメーリングリストからの情報で、作家本人はかなり傷ついているとあったので、本人に連絡するのは避けた)。数人の友人から得た詳細はこうだった。
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このモデルの男性、実は今売れっ子の男優アンジャスマラ。実は私もファンの一人だ。女性は売り出し中のグラビアモデル。この男優がいけなかった・・・。インドネシアにも「3時のあなた」的なワイド番組があって、毎日スターのゴシッップ・ネタを放送している。CPビエンナーレが始まって5日目、アンジャスマラのヌード姿もこの番組で取り上げられたのだった。ファンたちはおそらく喜んで展覧会場へ行ったことだろう。けれどこれに過剰反応したのがジャカルタにあるイスラム団体だった。
 「有名スターがポルノまがいなポーズ、けしからん」と彼を厳しく非難した。最初はアンジャスマラも堂々と  
「僕はアートに貢献しただけ。僕のしたことはポルノではなくアートだ」
と頑張っていたけれど、もともと彼は美術家ではなく大衆のアイドル、インドネシア大衆にポルノだと言われた日には、非を認めて謝っておいたほうが後々のイメージ回復にも得策だ。ということでチャッカリ謝ってしまった。これで調子にのったイスラム団体はこの作品を即刻取り払うよう要求。ここからの主催者側の対応が悪かった。  私は作家がどういう経緯でこの作品を作ったかよく知っているが、キュレーターも主催者側も作品内容に同意の上で展示しているのだから、出品作品に対するすべての責任はキュレーターを含む主催者側にあるべきだ。なのに彼らはこの団体を恐れて作家に知らせもせずに作品を閉鎖したのだった。広い展覧会場を仕切って作られたアグス・スワゲの作品はちょうど2つの入り口があったのだが、これが見事に「閉められ」、まるでその壁の向こうには何もありません、という格好になったのだった。

 実はこのイスラム団体、同じイスラム教徒たちが「イスラム教の名を利用したヤクザ」と評するちょっと危険な団体で、悪く言えば「ナンクセ」つけるのが仕事。かわいそうにアグスも悪い輩に目をつけられてしまったもんだ。考えてみればアンジャスマラというのが悪かった。売れた男優を使ったばかりに、それがワイドショーから一般大衆に知れるところとなり、今回のような大事に発展した。だってモデルの女性は何も批判されていないのだから。しかし、これが大事になるインドネシアはまだまだアートも発展途上だなとつくづく思う。 作家本人にはこのイスラム団体から脅迫電話までかかる始末(だから、これってやっぱり宗教団体じゃなくヤーサンなんだろう)、今後は裁判沙汰にまでなるかもしれないという話だ。
 今では、作家一人を守れない、自分の作った展覧会に責任も持てないということで、アーティストの間ではCPビエンナーレを企画したキュレーターへ非難の目が向いている。インドネシア美術を牛耳ってきた重鎮のキュレーター生命もこれで終わりだという人も少なくない。ビエンナーレには重鎮以下、3名の副キュレーターがいたのに、アグスの作品閉鎖については、残りのキュレーターは何も知らされていなかったということで、重鎮はついにキュレーター仲間からも信頼を失ってしまった。

 インドネシアのアート界が一般大衆を巻き込んで騒々しくなってきた中で、私はといえば、それとはまったく関係なくアンジャスマラの肉体の美しさにあらためて惚れ惚れしている。展覧会初日に出向いて、自らアグス・スワゲのこの作品を撮影しておいてよかったなー、いつかはプレミアムものかもなー、とも思うのだった。
by midoriart | 2005-10-02 23:41 | Art

フィリピンへの旅

 日本から7月半ばにインドネシアに戻った私は、一ヶ月もしないうちに、フィリピンへ旅することになった。アジア好きな私も、まだ訪れたことのない国だ。実は今回、ビザの問題でインドネシアをいったん出るというのが一番の目的だった。インドネシアから一番安く出られる国といえば、シンガポール。しかしこの国は過去に数回訪れ、ほぼすべてのギャラリーやミュージアムを見てしまったこともあって、今回は違う国へ出たいと思っていた。残り少ない人生、せっかくなら一度も行ったことのない国を訪ねてみたいではないか。そんな時、ふっと浮かんだのがパトリックだった。

 パトリックはフィリピン、マニラにあるナショナル・ミュ-ジアムの学芸員であり、またフィリピン唯一のエリート校、フィリピン国立大学の芸術学教授でもある。私は彼が4ヶ月インドネシアのキュレーター・シップについて調査していたときに、知人の紹介で知り合った。親しくなってみると彼は非常に有能で、日本で開催されたいくつかのアジア美術に関する展覧会にフィリピンの担当者として関わっていた。ジョグジャカルタ、バンドンでの調査を終えて最終調査地ジャカルタにいた彼と展覧会のオープニングで会ったとき、ちょうど私はインドネシアを出る予定を立て始めていた。そんなときに彼に会った私は突然「フィリピンへ行ってみよう!」とひらめいたのだった。

 彼がインドネシアでの調査を終えて8月1日に帰国、そして私は間もなく8月10日にシンガポール経由でフィリピンへ飛んだ。ジョグジャからフィリピンへの安いフライトは彼が教えてくれたタイガー・エアー。シンガポールからの往復がたったの155シンガポールドル(日本円にして約10000円)。怖いのはシステムで、チケットレスのフリーシート。予約はネットでのみ、クレジットカードで購入というもの。でも、彼のフィリピンの友人はいつもこれを利用しているという。モノは試しでこのチケットを買ってみた。そして緊張の11日、シンガポールの空港でタイガー・エアを探すと、ちゃんとカウンターはあった。ネットで購入した際に知らされた予約番号のプリントアウトをカウンターで渡すと、ボーディングパスをくれる。が座席番号はない。ボーディングと同時に、開店したてのパチンコ屋さながら、乗客がダーーーっと機内に走りこんで好きな席を取っている。まるで普通電車のノリである。安くてひどいかといえば、そうでもない。それなりに機内は清潔。機体はエアバス。しかし、安さ重視の驚くべきアイデアで、離陸直後に配られたデューティーフリーの小冊子には機内食のメニューもはさまれていて、飲食は希望者のみ、お金を払って頼むというもの。
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さらに徹底していることに、枕もブランケットも「売り」。寒がりの私はやむをえず4シンガポールドル(約300円)でブランケットを買ったが、せめて半額でレンタルしてほしい。買ったブランケットはどうなる?軽装の旅なのに、なんでブランケット持ち歩かにゃならん?捨てるのももったいないし。文句を言いながらも3時間ちょっとで飛行機は無事にフィリピンへ。勿論、交通の便の良いマニラ空港へなんて着いてはくれない。クラーク空港という、ピナツボ火山近くにあるアメリカの空軍基地跡。1991年まで使用されていたけれど、ピナツボ火山の大噴火以降撤退、周囲はフィリピン軍に引き渡され、小さな飛行場は一応国際空港となったらしい。

 あらかじめパトリックが調べておいてくれたので、私はこの国際空港とは思えないのどかすぎる空港を降り、所要時間2時間のシャトルバスに乗ってマニラ中心へ向かった。降車場になっている大きなショッピングモールで無事にパトリックと再会、彼が予約してくれた民宿へ。  彼が用意してくれたのは、彼の勤めるナショナル・ミュージアムの他にもメトロポリタン・ミュージアム、フィリピン文化センターなど、文化的な施設に簡単にアクセスできる場所で、マニラ湾まで歩くこともできる。宿も私の希望で木賃宿なのだけれど、古い民家を改造したお洒落なもので、とても満足。しかしパトリックは 「夜はね、ここからむこうダメですよ、ヤクザ多いからねー。ここからこっちになら一人歩きOK」 と説明してくれた。  私は昔から一人で海外をひょこひょこ歩くのが好きなので、自然と危険な場所に対する嗅覚がよくなっている。だから彼の行っている意味は空気ですぐにわかった。でもこの周囲の環境、わずか1週間の滞在ではあったけれど、私は好きになった。少し怪しくて、人はフレンドリーで、アジアなのに西洋的な部分の多いこの空間は気に入った。
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by midoriart | 2005-09-02 05:15 | Art