Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 ジャカルタとバンドンでの個展の合間に、日本からインドネシア現代美術の調査に来たSさんの同行通訳の仕事が入った。だいたい昔っから、日本の美術関係者が気にするのは首都ジャカルタ、そこから近いバンドン、アーティストの坩堝ジョグジャカルタの3都市。余裕があるとこれにバリがプラスされるのが定番。
 でも今回はちょっとハズレのジャティワンギがリストアップされているのが興味深かった。私自身、個展の準備に時間が必要で、調査にはあまり関われなかったので、今回は西ジャワのジャティワンギへの一泊二日、ジョグジャ市内でのアーティストへのインタビューの遂次通訳、これだけを引受ける事にした。

 ジャティワンギ。インドネシアでもそれほど知られた場所ではない。西ジャワ、バンドンとチルボンの間にある小さな町で、知ってる人は「瓦屋の町」として知っている。今回こんな僻地の、それも車で10時間もかかるような場所になんでついていったかというと、Sさんが見て、話を聞きたいというジャティワンギ・アート・ファクトリーの主宰が、私の古くからの友人だったからだ。
 もともとバンドンで演劇専攻で、でも美術学部の学生と仲が良くて、昔はバンドンでアートスペースの企画もやっていた。私はその時代からのつきあい。その彼が故郷ジャティワンギに戻り、絵描きの奥さんや土地の仲間と一緒になにやらイベントをやってるぞってことは本人から聞いていたけれど、じゃ行くか…という距離ではなく、ずっと行けないままだったのだ。


b0090333_19533552.jpg  そして今回のチャンスがやってきた。朝ジョグジャを出たって、向こうに着くのは午後8時。それでもジャティワンギ・アート・ファクトリー(以後JaF)のアリフは他の仲間たちと一緒に我々を待っててくれた。これがJaFのスペース。普段は妻が絵を描いていたり、音楽の仲間が瓦琴、瓦パーカッションなどを創作して練習してたり、この村の職人さんが瓦の土で立体作品を作ったり…となんでもありな空間。

b0090333_19545100.jpg  この日は長旅で疲れたのもあり、さらっと1時間ほどインタビューをして寝る。


b0090333_19544170.jpg  翌日明るいところで見たら、アリフの実家の瓦工場はかなりでかかった。
「お洒落な瓦の積み方してるんだねぇ~~~」
と関心していたら、実はこれ、先日9日にあった総選挙の時に、投票場として使われた名残。この隙間隙間に投票者が入り込んでいたわけね、なるほど…
 

b0090333_1955459.jpg  これがJaF主宰、旧友アリフユディ。昔はテキトーにやってる兄ちゃんって感じだったのに、実はやる人だったのね…、弟が村長に選ばれたこともあり、美術と一般大衆がとっても近く結びついてる。日本でもいいサンプルとして学ぶものが多いコミュニティだぞ、これは。


b0090333_19552387.jpg  昨日の夜に聞き逃したことをSさんがまたインタビュー。その横でやたら子供の声がうるさいな~と思ったら、嫁さんが近所の母子を集めてプレーグループ(幼稚園のようなもの)の真っ最中。インタビューを終えた我々に、日本語の単語を少し教えてほしいと言われ、コンニチワ、サヨウナラ、アリガトウを教える。お母さん方がちゃんとメモってて微笑ましい。


 また10時間の道のりが待っているからあまりゆっくりはできない。久しぶりにアリフに会ったのに、もったいないなぁ~~~と名残惜しくも車に乗る。そうそう5~6年前、まだ彼がJaFを作る前にここに来たとき、名産のナシ・ティンブルを食べてとっても美味しかったことを覚えていて、今回も何がなんでも食べなければ!と思っていた。

b0090333_1955359.jpg  岐路を急ぐ運転手に何度も何度も
「昼はナシ・ティンブル食べるから、お店探してくださいね~」
としつこくねだり、田舎にしてはかなり小奇麗な食堂で、かなり小奇麗バージョンのナシ・ティンブルにありつけた。おかずが取り立てて変わってるわけではなく、こうしてご飯が葉っぱに包まれてるんだけど。でも最初に食べた時は美味しかった。
 今回のは小奇麗すぎて、ローカル感に欠けたけど、でも味はよかった。Sさんも満足の様子でよかったよかった。


 もったいないな~、もっとのんびりしたいわ、この村。ジョグジャからだと遠いけど、バンドンからだったらチルボン方面のバスで3時間。今度は村の土使って何かしに行きたいなぁ。アリフ、待っててね~。
by midoriart | 2009-04-13 23:51 | Bandung
 10月にバンドンへ行ったときに決まった個展について詳細を話し合うために、またバンドンへ行かねば・・・と思っていた。先回はバンドンで一番親しくしている知人ササンが信楽にある陶芸の森でレジデンス中だったので会えなかったけれど、ちょうど帰国したので、このタイミングで再びバンドンへ行くことにした。
 そしたらすごいタイミングで名古屋の知人からメールが来た。
「このたびバンドンで公演することになりました」
彼の名は小熊ヒデジ、名古屋の劇団KUDAN Projectの役者さんだ。以前インドネシアまでリサーチに来られたときジョグジャの公演先を一緒に探したのが縁で、帰国したとき一緒に呑んだこともあった。あのときのリサーチから2年くらいになるだろうか、ついにインドネシア公演が実現したわけで、これは見逃せないと、バンドン行きを確定。19日の夜行電車で一路バンドンへ。


b0090333_0284343.jpg 朝7時に駅に着き、乗り合いバスでまずは個展会場となるITB(バンドン工科大学)のスマルジャギャラリーへ。担当キュレーターのウチョがまだ来ないので、先に親友であるササンを大学に呼び出して再開を懐かしむ。そして彼の2ヶ月間のレジデンス話を聞く。
 スマルジャギャラリーはキレイなキューブじゃないので、作品設置が結構難しい。しっかり空間を撮影した。


b0090333_0295335.jpg 個展の打ち合わせ後、ちょうど今日が個展最終日になる友人の展覧会を一つ見た。新しくできたギャラリーS14はスマルジャギャラリー担当キュレーターであるウチョの嫁、ヘラが私宅の入り口スペースを使って運営している小さなギャラリー。今回の展覧会はセラミックアーティスト、ディジーのドローイング展。


b0090333_030446.jpg 午後2時開演に近づいてきたので慌てて会場であるSTSIへ向かう。3日連続公演の今日は最終日。筒井康隆原作『美芸公』は役者2人芝居。インドネシア語のセリフを紙に書き、マンガの吹き出しのようにして見せていくという方法がおもしろい。けど日本語のセリフを言いながらずっと吹き出しを見せてる役者さん、かなり大変だろうと思われる。

b0090333_0315130.jpg 1時間半の舞台、ローカルの若者も興奮して見ていた。大歓声の中、無事に最終公演が終わった。その後、舞台裏の控え室で2年ぶりに小熊さんと再会、記念撮影。彼らはこのままマレーシア公演へと旅立つとのこと、どうぞお気をつけて~


b0090333_0325932.jpg お昼ごはん食べるタイミングを逃していたので、気づいたら思い切り空腹。舞台に付き合ってくれたササンと一緒に会場近くにあったアチェ料理屋に入る。アチェはスマトラ島の最西端、ここの料理が最近知ったんだけどムチャ美味。インド料理とスマトラ料理がミックスされた感じ。このアチェの焼そばは下にカニ一匹隠れている。ピリ辛でヤミツキになる味。


 その後、ササンがバンドンに新しくできたショッピングモールに連れて行ってくれた。その名も「PVJ=Paris van Java」、オランダ人が勝手に名づけた「ジャワのパリ」というバンドンの名称がそのままモールの名になっている。にしても、バンドンは本当~~~に洒落てる。さすが昔からオランダ人が避暑地として集まっていただけあって、なんか西洋的なんだよな、というかコロニアルな空気漂ってる。

b0090333_0335280.jpg ついついお上りさんとなって記念撮影したけど、この写真だけ見て、これがインドネシアだと思う人ってそんなにいないんじゃないだろうか。日本帰りのササンは私より日本の流行を知ってるから、
「写真とるならウィ~~~シュだろう」
といって、日本で流行のポーズを教えてもらった(合ってるんだろうか?)。


 今回はちょっと旅人気分味わいたくて、珍しく友達宅に泊まらずに安宿に泊まった。明日は朝一番の高速バスでササンとジャカルタに移動する。たった1日のバンドンだけれど、なかなか濃い1日となった。ずっとつきあってくれたササン、ありがとう~!
by midoriart | 2008-11-20 00:25 | Bandung
 今回のバンドン旅行で見てきた2つのギャラリー。一つは今回10周年記念展を開催した、バンドンの重鎮彫刻家スナルヨ氏のミュージアム、スラサール・スナルヨ(Selasar Sunaryo)、そしてもう一つはバンドン工科大学内にあるスマルジャ・ギャラリー(Soemardja Gallery)。
これらはバンドンにあるギャラリーの中でも、もっとも活動的かつ定期的に企画展を開催しているギャラリーといえる。財力から言えばはるかにスナルヨさんとことが勝るけれど、スマルジャは国立大学のもつギャラリーとして、教育的、文化的に意味のある展覧会も多く開催している。

SELASAR SUNARYO
10周年記念展のオープニングでは、あまりに人が多くてゆっくり展示作品を見ることができなかったので、翌日に撮影を兼ねて訪ねてみた。最近の絵画作品バブルの波はインドネシアにも入ってきてて、展覧会が始まれば翌日には購入目的の成金たちがたくさんやってくる。

b0090333_14382099.jpg スナルヨさんところに新しく増設された展示スペース「バレ・トンゴ(Bale Tonggoh)」は開放的なスペース。作品を作って見せる者としてこのスペースを見ると、なかなか魅力的ではあるけれど、インドネシアの気候を考えると、雨季のときって使いにくいだろうな・・・

b0090333_1439989.jpg スラサール・スナルヨのいくつかある展示館の中で、私の好きなスペースはここ。自然光がたくさん入って気持ちいい。今回はジョグジャのアーティストグループ、ジュンデラ(Jendela)の5人がここで作品を展示していた。


b0090333_14394626.jpgSOEMARDJA GALLERY
スラサールでスゴイのは、こんな洒落たカフェがあること。ここのオックステールスープや、アイスコーヒーにはたくさんのファンがいる。大きな木の木陰で美術鑑賞の合間の時間を過ごす。こんな贅沢な時間と空間があるって、インドネシアじゃ~めったにない。ここでイイ展覧会見て、山の空気吸って、ちょっと美味しい飯と茶してゆったりするためだけでも、8時間の夜行電車でバンドンに行ってもいいって思うくらい。


b0090333_14402047.jpgSOEMARDJA GALLERY
今回キュレーターから個展企画をもちかけられたのがバンドン工科大学内スマルジャギャラリー(Soemardja Gallery)。以前は構内にしかエントランスがなく、外部の人たちからは少々敬遠され気味だったギャラリーが、最近になって改装し、外からダイレクトにギャラリーへ入れるようエントランスを外に作っていた。たしかに、これだったら外部の人たちにもわかりやすい。なんたってガネーシャ通りから大学に入ったら真正面に入り口が見えてくる感じだもの。


b0090333_1441171.jpg オランダ植民地時代に、オランダによって創設されたバンドン工科大では、せべての建物がバタくさい。このギャラリーがきれいなキューブじゃないのも、建物自体が円柱だから。かといって美しく八角形とか九角形とかになってるわけでもないから、普段まず会場のサイズを測ってから作品の展示を考える私にとっては少々ツライ空間ではある。


b0090333_14415178.jpg これは2階から見た空間。とり様によっちゃあおもしろい空間ではある。私はここ数年続けている交換プロジェクトの作品は、教育施設に近い場所で展示をしたいと思っていた。特に今計画中のプロジェクトは、バリ島に生存している日本軍占領時の、当時の記憶をまだもっているお年寄りとの作品交換。
こうしたインドネシアの歴史とも関わり深い作品なので、そういう意味を一緒に感じて考えてくれる世代の人たち、考えてくれる可能性のある人たちに是非見てほしかった。だから今回バンドンへ行って、偶然にもキュレーターから個展に誘われて本当にラッキーだった。


いまインドネシアでは90%以上といわれるイスラム教徒の皆さんが断食中。10月1日に断食明けして彼らにとっての新年が始まる。この時期は帰省ラッシュも激しく、宗教的には関係のない中華系の金持ちたちは長期休暇に便乗してバリ島などへ家族旅行する。まさに日本で言うところの「盆暮れが一度に来た」感がある。
なのでこの時期私のような一人身はジョグジャにポツンと残っていると結構寂しい思いをする。だから今回はこの断食明け休暇を使って私はバリ島へ帰省(?)して、スマルジャギャラリーで展示するための新たな交換プロジェクトをバリで実行してこようってわけだ。どんなお爺ちゃん、お婆ちゃんと出会えるか、今から楽しみ。
by midoriart | 2008-09-13 14:36 | Bandung
 今回バンドンで泊めてくれた若き女性アーティストのプリラは断食中。近代的な作品作ってフツーの現代ッ子だけど、ちゃんとイスラム教の教えは守ってるんだな。展覧会オープニングまでずっと作品完成させるのに忙しくて、今朝は日の出前ギリで最後の食事してたわけだから、朝の行動はゆっくりめに。私はプリラの父ちゃんのPC借りてネットで作業。


b0090333_17344169.jpg 昼からプリラと外出。まずは建築家の父ちゃんが作ってるレストラン予定地へ。
 なんでも以前買っておいた土地(竹やぶ)があって、ここに父ちゃんがレストラン&プリラのためのギャラリーを設計しているという。スゴイな~インドネシアの金持ち・・・。スケールがでかい。最近バンドンの北部(ダゴやスティアブディ)はどんどん開発されて、洒落た店が軒を並べてるから、ここもきっとジャカルタの金持ち層が来るに違いない。
 バンドンの中心地の混雑した大通りから少し入ってて、高地で、さらに竹もいっぱいでのんびり感あって、最高のロケーション。これ完成したら私だって茶のんでボケ~~~ッとしてみたいよ。完成予定は今年12月とか。


 次にITB(バンドン工科大学)へ。土曜だから基本キャンパスは静か。
 私たちが行ったのはGaleri Soemardja(スマルジャ・ギャラリー)、バンドン工科大学美術学部のもっている学内のギャラリーだ。現在ここのキュレーターを勤めているのはウチョという私の古くからの友達。彼は昨年福岡アジア美術館でキュレーター研修をしてきて戻ったばかり。来春ここで私の個展を企画してくれるというので、久しぶりに会場を訪ねてみたわけだ。
 もともと知ってるギャラリーではあるが、自分が作品を展示するとなると、また別のチェック項目も出てくる。壁の質や天井高、搬入口の確認などをして終了。


b0090333_1736271.jpg 今日の夜行電車は午後7時発。断食明け(日没)は午後6時。今回世話になったプリラの断食明けにつきあって、美味しいもの食べてからジョグジャに戻ることにした。駅まで送ってもらい、近場にあったスンダ料理屋でバンドン名物を注文。

b0090333_1841941.jpg 日没を待って、1日断食しながらも私につき合ってくれたプリラと紅茶で乾杯して、生野菜の多いスンダ料理を楽しむ。


b0090333_18415625.jpg 夜行電車の種類にもよるけど、私の乗ったのは飯付き。飛行機の機内食をショボくしたような感じ。何ものってない皿、目玉焼き、きゅうり、ミニせんべい、バナナが最初に配られ、ライスジャーとしゃもじを持って歩いてくる姉ちゃんを待つ。姉ちゃんが来たら空の皿を出して、そこにナシゴレン(焼き飯)をよそってもらうというシステム。機内食のようにゴミが出ないってのはエコかもしれないが・・・


b0090333_18421844.jpg こうして午後7時ジャストに出発したバンドン発の電車は、翌7日の午前4時にジョグジャに到着。知らない町で暗闇の中、駅に降り立てば緊張もするけど、ジョグジャは違う。クリミナルがまったくないわけではないんだけど、なんか緊張感のないトロ~~ンとした空気なんだなぁ。田舎くさいというか。
 私の家までは元気なら歩けなくもないけど、ベストはベチャ(人力車)。寝てるベチャ引きを起こして家まで帰った。昔のことを思えば、随分電車も快適にはなったけれど、あの指の先が凍えて動かなくなるまでの冷房だけはなんとかしてもらいたい。本当に。
by midoriart | 2008-09-06 17:30 | Bandung
 西ジャワのバンドンはインドネシアの3大現代美術中心地のひとつ。ここにはスナルヨさんという彫刻家の重鎮がいて、自分のミュージアムを持っている。またそれが、バンドンの山側のとってもお洒落なエリアに建っている。
 彼のミュージアム、Selasar Sunaryo(スラサール・スナルヨ)も今年で10周年、5日には10周年記念の展覧会『A Decade Of Dedication –10 Years Revisited-』が始まるというので、久しぶりにバンドンへ行くことにした。前日の夜行電車(23:10発が遅れて23:50に出発)でバンドン着は午前8時。


b0090333_1132069.jpg バンドンで親しくしているキュレーターでありバンドン工科大学教授でもあるアスムジョ宅で休憩を取らせてもらい、一緒に会場へ。ジョグジャと比べるとバンドンは本当に涼しい。オランダ植民地時代のオランダ人たちが、バタビア(現ジャカルタ)から避暑に来たってのもわかる気がする。
(スナルヨさんのミュージアム周辺から見た景色)


b0090333_11324659.jpg 9月1日から断食が始まっているので、普段なら午後7時半がオープニングタイムなんだけれど、今日は早くに始めてみんな一緒に断食明け(日没)を祝おうという趣向らしい。だから始まりは午後3時半。少し遅れて4時に開会式が始まりスンダ(西ジャワ)音楽も流れ出す。


b0090333_11331948.jpg スラサール・スナルヨの会場内。さすが、バンドン最大の個人ミュージアムでの記念展とあり、取材陣もたくさん来ていた。これは私も好きだったバンドンの陶芸家、故ヘンドラワン氏の作品。


b0090333_11334490.jpg 現在ジョグジャの売れっ子になってしまったスマトラ出身の作家グループ、JENDELA(ジュンデラ)5人の作品はワンフロアにまとめられていた。いつ見ても彼らの作品は洗練されてて、技術的にも緻密で感動する。


b0090333_11341817.jpg 10年間の軌跡をまとめた本も、今日の展覧会オープニングと共に発売されていた。私にはちょっとお高いので買うのはパス。今年4月に日本からもってきた日本人アーティスト20数組によるグループ展『KITA!!』展はこの10年間の後半ギリギリにかかっていたため、スナルヨさんのミュージアムで作品を発表したパラモデルや松本力さんの作品写真も掲載されていた。これ、本人たち知ってるかな・・・。

 バンドンは1年ぶりくらいだったので、懐かしい友達にも会えて楽しいオープニングだった。今日のお泊りはバンドン出身の若手作家プリラ宅。彼女の作品は私がキュレーションで関わった展覧会で日本とフィリピンへもっていったこともあり、ここ数年親しくしている。お父さんが建築家でけっこうお嬢様、家も広いので泊めてもらうにも気兼ねがいらない。
 彼女も今回の展覧会に出品していたので、今日は疲れたに違いない。私も老体に夜行電車で疲れたので、早々にオネム。
by midoriart | 2008-09-05 11:31 | Bandung
 さすがにバンドンは寒い。ササンやプリラの家があるダゴはバンドンの北部でかなり高地。ずっと南にある鉄道駅ですでに700mというから、1000m近いってことか。明け方には肩が寒くて目が覚めた。

b0090333_049581.jpg にしても、この快適な部屋!プリラは5人兄弟の真ん中。一番上のお姉さんはすでに結婚してジャカルタで暮らしているので、彼女の部屋はゲストルームとして使われているらしい。建築家のお父さんをもってるだけあって、なかなか凝った作りの部屋だ。


b0090333_0492333.jpg プリラの作品を見るために、相方のササンがやってきた。まずはヨーヨーの腕前を試す。
「ボクは全然やれないよぉ~~~」
って言ってたくせに、いきなりクリクリとループ技をやり出した。
私がまだ連続で10回もイケてないのに、ササンいきなり地味~~に10回をクリアしている。悔しい~~~・・・


 今日中にできるだけのアーティストと会いたいので、早々にプリラ宅を出る。そして私が1年前バンドンに来たときから気になっていたカフェ・バリで、ちょっと早めのランチタイム。

b0090333_049564.jpg これが私の頼んだ「ナシ・バリ(そのまんま『バリ飯』って意味)」。
 確かにジョグジャやバンドンの味付けじゃない、バリ臭さがちゃんと出てる!美味しい~~~。つい最近バリへ戻ったばかりだから、そんなに大感動ってとこまでいかなかったけれど、しばらくバリに戻ってないときにこの味を食べたら、かなり嬉しいだろうな~。


 この店で今日一人目のアーティストと面談。彼女のもってきた作品データを見ながらお喋り。彼女の作品は以前にも見ていて、今回の展覧会のテーマにはぴったりなので是非作品をもっていきたいと思っていた。彼女もフィリピンで作品が紹介されることには興味あるみたいで、話はまとまりそうな気配。

 ここで豪雨&雷。次の場所へ出るにも公共機関使ってる我々にはツライ天気。雨足が落ち着くのを待ってたら携帯が鳴った。
「ミドリ~どこよ?迎えに行くから場所教えて」
デイジーさんからだった。彼女は私がとってもお世話になっているバンドンのキュレーター、バンドン工科大学美術学部の教授でもあるアスモジョ氏の奥さん。たまにしか会わないのだけれど、なぜかとても懐かしい気持ちになる人。
 ちょうど家族で降りてきてる(彼らの家はバンドンのかなり北部)から、どこかで落ち合おうという話だった。ササンと一緒にカフェ・バリにいると伝えたら30分後には迎えに来てくれた。


b0090333_051123.jpg 彼らと一緒にバンドンの新しいアート・スペースBUTONを見にいくことに。アスモジョも若い子とアート談義するのが大好きだから、結局ここでかなり長居をしてしまった。私はこのグループ(11人の若手集団)の中の1人の写真作品に興味があり、その子の資料が見たかったのだ。


b0090333_0512657.jpg 代表者の青年からBUTONの成り立ちを聞いたり、今やってるミューラルの展覧会の説明してもらったりした。にしても、80年代生まれの子らが、こうやって元気に、真面目に美術のこと考えてアクション起こしてるってのは、私にも刺激になる。たまにこういうパワーの近くにいくとワクワクする。
(アスモジョもササンもさすが先生。若いものみるとついつい講義が始まっちゃう)


b0090333_052892.jpg 彼らのトイレにはぎっしりとオバケが描かれていた。これもBUTONのメンバーの1人の作品。彼の作品にはインドネシアの代表的なオバケ、ポチョンやジェランクンが描かれていて、化け物好きな私には嬉しかったけれど、ササンの趣味ではなかったようだ。


b0090333_0524241.jpg これ、ポチョン(あるいはポチョンガン)というインドネシアのオバケ。
  イスラム教徒は死ぬと白い布に包まれ、頭と足の先を縛られる。ちょうどアメのパッケージみたいな感じになる。で、ここではこれがオバケになって出てくるのがポピュラー。縛られててちゃんと歩けないから、キョンシーみたくピョコン、ピョコン・・・と飛んでくるらしい。
 

 BUTONを後にして、アスモジョ家族と一緒に夕食をとり、私はそのままササンに送ってもらって鉄道の駅に向かった。昨日の事故、実は2箇所で起こっていた。これはこっちの有名紙コンパスの記事から。

悪天候が影響、1日2件もの鉄道脱線事故
21日午前3時25分、ジャカルタ発のスラユ号が西ジャワ、ガルットを通過中に前から4、5両目が7m下の崖に転落、3両目はぶら下がる事故が発生。乗客600人中7人が重傷、70人が軽傷を負った。現場は雨で地盤が緩みレールが歪曲していたもの。同日12時15分、ソロ発ジャカルタ行きの特急列車(9両編成)の最後尾車両が西ジャワ、プルウォクルト近くで脱線。相次ぐ列車事故に新たな記録を追加した』
 駅で聞くと、ジョグジャへ戻るには一度北に上り、そこから東へ向かう線に乗って向かうので、通常より4~5時間余分に時間がかかるとのこと。いまさら仕方ないので、納得して乗ることに。

 そして翌朝、ジョグジャの駅に着いたのは午前9時半だった。昨日の夜8時に出てから、なんと13時間半、電車に揺られていたことになる。行きも帰りも、老体にはかなり厳しい旅になったけれど、その大変さも忘れるほど、久しぶりのバンドンは充実した楽しい旅になった。
 今週中にはフィリピンへもっていく作家の作品をすべて決定させなければいけない。
by midoriart | 2007-04-22 23:03 | Bandung
 今回のバンドン行きは、6月中旬からフィリピンで開催予定の「Everyday Life and Popular Culture –Indonesia Young Artists-(仮称)」で紹介する若手アーティストのリサーチが目的。ジョグジャ⇔バンドン間は約500km。中途半端に近くて遠いので、この間の飛行機はあまり飛んでいない。さらにバンドンは1000m級の山々に囲まれた盆地で、着陸時にかなりの覚悟がいるとみんなから聞くので、私としては飛んで行きたい場所ではない。
 そうなると選択肢はジャカルタまで1時間飛んで電車で2時間戻るか、素直にジョグジャから電車に8時間揺られるか。値段的に私は後者を選んだ。


b0090333_14293092.jpg ジョグジャカルタのトゥグ駅を23:40に発つ夜行電車は、バンドンに翌朝07:33着予定。最近はインドネシアの鉄道事情も随分よくなり、1~2時間遅れても当たり前ってことがなくなった。予定より10分遅れて駅に入ったエクスプレス号に乗り、とっとと眠る私。
(夜のトゥグ駅。私が慣れたからか、駅が改善されたからか、物騒な印象はない)


 午前5時、乗務員に毛布を取り上げられる。電車は止まったままで動いていない。乗客がザワザワしている。私の耳にはiPODのイヤホンがささってるので、車内アナウンスが聞こえなかった。隣の席のオッチャンに聞いたら、
「わたしらの前の列車が転覆事故らしい。バンドンまでは行けないから、バスに乗換えないといけないよ」

b0090333_14303972.jpg ここ数日の雨で、弱い地盤が崩れたところを通過した電車が、そのまま傾いて川まで落ちていっちゃったという。こっちが先行してたら・・・と思うとぞっとする。それでも死者がいなかったのは不幸中の幸いか。



b0090333_14301811.jpg そんなわけで、あと1時間半もあればバンドン到着って所まで来ておきながら、我々乗客はバスに乗換え、4時間の山道を通ってバンドンへ向かうことになった。ま~それでも途中にはこんなキレイな景色も見れたので、仕方ないか・・・
(アンラッキーの中にもラッキーを見つけることが上手くなったのは、とにもかくにもインドネシア暮らしが長いからだと思う)。


 結局バンドンの駅に着いたのは11:30。昨晩電車に乗ったとこから12時間の旅、老体には結構厳しい。駅には展覧会を一緒に企画しているバンドン工科大学美術学部の講師、ササンが迎えに来てくれた。セラミック・アーティストの彼も、今度のフィリピン(バギオ)のイベントに招待されている。仕事が速く、正直で真面目なので、彼とは過去にいくつかの展覧会を共同企画してきた。インドネシアの友人の中で、私が一番信頼している人だ。


b0090333_14311494.jpg 駅の喫茶店で2日間にやるべきことを話し合い、ざっとスケジュールを立てて、とっとと始動。アンコッ(乗り合いバス)で第一の目的地を目指す。
(アンコッに乗ってくる子供の流し。ギターも歌もなかなかの腕前)


b0090333_14313544.jpg インドネシア若手作家としてフィリピンで紹介するアーティストの候補の1人は、バンドンで有名なTシャツブランドのデザイナー。彼は今バンドンにいないので会うことができなかったけれど、ササンが事前にコンタクトを取り、彼の作品資料CDをこの店で受け取ることにしていた。
(店内は日本にあってもおかしくないようなコジャレた内装。左隅の細くて高いのがササン)


b0090333_14315775.jpg 次に訪ねたのはCCF、フランス文化センター。ここの展示スペースでパフォーマンス・アーティスト集団が展覧会をしていた。今日は私の旧友ヘルーがディスカッションのパネラーになっていたので、正直あまり興味はなかったのだけれど、のぞくだけのぞいてみた。
 彼にささっと挨拶だけして、次の目的地へ。
(CCF。INVALID URBANというアーティスト集団のグループ展風景)


b0090333_14322818.jpg このヘルーはRed Pointというギャラリーの専属キュレーターでもある。彼はディスカッションが夕方まであったので、私はササンと二人でギャラリーへ。Red Pointは私がバンドンへ頻繁に遊びに行くようになった90年代半ばにすでにあった版画家グループの名で、彼らが集まる場が発展して展示スペースになっていったもの。
 その後、名を聞かなくなった時期を経て最近また復活し、展示スペースでは版画作品に限らずいろいろな作品を紹介している。残念ながら今は展覧会がなく、27日から始まる次の展覧会用の作品がディスプレイ待ちで置いてあるだけだった。


 バンドンもジョグジャと同じで夕方からどよ~んと曇ってきた。
 今日のお宿はバンドンの女性アーティスト、プリラ宅。彼女の作品は2005年夏と2006年春に「Passing On Distance ~90年代以降のインドネシア若手作家たち~」展の中で名古屋(NAF Gallery)と東京(BASE Gallery)で紹介したことがある。
 今回のフィリピンでの展覧会にも、私は彼女の作品を持って行きたいと思っていたので、最新作を見せてもらうついでに、そのまま泊めてもらうことにした。今まではバンドンではササン宅が定宿だった。でも昨年末に結婚して、嫁は東京芸大陶芸科に留学中だという状況で私が泊めてもらうのも今ひとつ気がひけるし、それよりなによりササンちは温水がない。プリラ宅はでかくてキレイで温水シャワーもあるので、気持ちのいい方を選ばせてもらった。


b0090333_14354340.jpg せっかくのサタデー・ナイト。ササンと一緒にプリラのオススメ・スポットに連れてってもらうことにした。コーヒー・ショップ&ライブラリーPatluck。店内は展示スペースもあり、若手アーティストの発表をサポートしているという。プリラもここで過去に展示したことがあるらしい。今はササンの教え子にあたる現役の学生のイラストレーション展が開催されていた。
 

 考えてみたら電車脱線のため、昨日の夜はあまり寝てなかったので、午後11時にプリラ宅へ戻り、とっとと就寝。
by midoriart | 2007-04-21 23:28 | Bandung