Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

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 最近よく私の話題に出てくるインドネシアのスターバンドGIGI。ひょんなことから直接会って話す機会ができ、その後は4人メンバーのうち唯一バリ人のギタリスト、Dewa Budjana(デワブジャナ)とは共通の友達が多いこともあって急に仲良しになった。彼はもともと私の日本の友人を介して、私の作品を一点もっていることもあり、実はこれがきっかけでGIGIのみんなと会う機会につながったのだった。

 会ったときからずっとブジャナがギターに絵を描いて欲しいといっていた。てっきり社交辞令だと思っていたのだけれど、真剣に言ってることがわかったので、今回私のジャカルタ行きに合わせて制作の時間もとった。ジャカルタ滞在2泊の間に一気に描き上げるという少々ハードなスケジュールで出発。当日彼はバンドン公演だったので、私が泊まるホテルを知らせておき、チェックインのときギターを受け取れるようにした。

★初日(21日)
 午前11時ホテルにチェックイン。天下のGIGIギタリストから預かり物が届いていたために、レセプションの姉ちゃんは私を興味シンシンで見る。ルームボーイまでが、
「このギター、デワブジャナ様のですよね?彼はすごいですよね~~~」
なんて言っている。やっぱりこの人、スゴイ人なんだとあらためて実感。


b0090333_19592071.jpg 部屋に着いてすぐギターケースを開けてみる。
 ゲッ!あのギブソン・レスポアールがこんな無残な姿に…。私が絵を描きやすいように表面をやすり、電気系パーツはすべて取り外してある。さすがブジャナ、過去何人ものアーティストに作品依頼してるだけあって準備周到だ。これ見たらムチャやる気が出てきた。まるでギターに新しい命を吹き込む作業をもらったみたいだ。


b0090333_19594683.jpg ホテルで古新聞をもらって早速制作開始。テラコッタメディウムでざらざらしたテキスチャーをつける。普通ギターというと艶々した表面が一般的だけど、私は逆のザラザラしたもの、日本画の顔料みたいなイメージを作りたかった。


b0090333_2001666.jpg 初日はまったくホテルの部屋を出ずに制作。暗くなって気づけば、ホテルの部屋ってあまり明るくないんだな。テーブルライトのシェードをはずして床にもってきて夜なべの準備OK。


b0090333_2004131.jpg★2日目
 朝早くから起きて制作。今日は親友ササンの個展オープニングなので制作時間は夕方まで。急がねば!そしたら途中で突然ブジャナがやってきた。よほど気になったらしい。ギターを見るなり
「お~、ユニークだ。いいぞ、いいぞ、このまま自由にやってくれよ」
寡黙でクールな彼が笑顔を見せてくれたのが嬉しかった。ヤル気増加!


b0090333_2011136.jpg ブジャナが気に入ってくれた一部。チューニングのネジにチリメン布を貼った。巻くとき指にも感触がいいし、けっこうカワイイ。一応日本人が作ったってことをここで遠慮気味に出してみた。


b0090333_2013513.jpg ギブソンのギターのフォルムと、彼が演奏するとどの部分が隠れるかを計算して、メインには祈る人を描いた。彼は敬虔なヒンドゥー教徒で私が彼と知り合うきっかけになったのも、私がライフワークで作っているバリ・ヒンドゥーの護符絵がきっかけだった。きっと祈る人のモチーフは彼も気に入ってくれるだろうと思った。祈る人の上下に「天」と「地」、その横には「風」の漢字。ササンの個展オープニングに行ってからも、気に入らない部分を直してるうちに夜中になってしまった。でも2日間でなんとか思うところまで作れた。

★3日目
ブジャナがホテルのロビーから電話をくれた。緊張しつつ完成したギターを渡す。じっくりと出来上がりを見つめて、
「今までコレクションしてきたものとは全然違うよ、いい、いい…」
この一言がむちゃくちゃ嬉しい。2日間かなり真剣に描いたもんな~、これでちゃんと弦張ってブジャナが弾いてるところをTVで観たりできたら本当に本当に嬉しいだろうな…。


b0090333_2021781.jpg ファンになること15年、GIGIギタリストのギターに絵を描かせてもらえるようになってるとは、ま~~~ったく想像したこともなかった。彼は
「ホントにアリガトウ、ミドリ」
って言うけど、私からしたらこんな大事なギターに絵を描かせてくれたブジャナに感謝です。インドネシアの友達たちは私の感動のツボとは全然違うから
「わ!ミドリすごいね!たくさん払ってもらえるんだろ?オゴってくれよ~」
なんて言ってるけど、お金払うって彼が言ってたら引き受けてないかもな。彼は一番新しいソロアルバムをくれた。私は彼のギターに絵を描いた。これで交換は充分成立してるじゃん。早く彼がこのギター弾いてるところを見たくてしかたない。
by midoriart | 2009-05-23 19:50 | Jakarta
b0090333_20162834.jpg ジャカルタの展覧会場入り2日目。準備は順調。
 なのでGIGIの15周年記念、『The Stones are Still Rolling』の報告。
(コンサート会場は昨年末にできたばかりのXXI Ballroom)


 スゴイなぁ、本当にすごい。何がすごいって出演者。
GIGI(ギギ)15年間の業績を祝い、「時の人」が彼らの名曲を歌い、GIGIの4人はそれを観客席側から見てるという第一部。このメンツがすごい。インドネシアの歌謡界にさほど詳しくない私でも知ってるインドネシアを代表するバンドのボーカルが全員集まったって感じ。

b0090333_20141333.jpg NidjiのGiring、NaifのDavid、rifのAndy、SlankのKaka、PeterpanのAriel、UnguのPasha、PadiのFadliに最近私のお気に入りバンドThe ChangcutersからもTriaが呼ばれている。みんなソロでライブやったってかなりの観客が集まるレベルの人たちばっか。これを生でまとめて見れたってのは、なんだか私が10数年インドネシアで暮らしてきたことに対する、インドネシアからのお駄賃のようにも思える。
(NaifのDavid)


b0090333_20145379.jpg GIGIの名曲が次々に流れ、私は大興奮。でも今回の会場は昨年10月にできたばかりのかなり高級感漂う会場で、招待客たちは緊張してるのかなんだか、誰一人立ち上がるほどには盛り上がっていない。気づいたら私一人が立ち上がって踊っていたのだけれど、それに気づいて途中から着席するのも悔しいから、その後もずっと立って踊り続けてやった。それでこそコンサートでしょうが。
(SlankのKaka、この人もかなりの大御所。やっぱりオーラが違ってた)


b0090333_20154078.jpg 有名どころが1曲ずつ歌ったところで第2部、GIGIのヒストリーブック出版記念イベントに。そう15周年の今年、彼らは今までの歴史を一冊の本にまとめたのだった。今日はこのら運賃愚、新アルバムの発表を兼ねている。2部では過去GIGIのメンバーだった数人も招かれ、ステージでは昔話などに花が咲く。
 ここでアルマンがGIGIを代表して今回のイベント関係者に謝辞を述べ始めた。何気に聞いていたら、
「そして日本からきてくれたミドリ…」
名前呼んでくれてる!!! またまた年を忘れて叫んで立ち上がってしまった。ま、日本からわざわざ来てるわけじゃないけどね。でも謝辞に入るとは光栄、ありがとうございます。


b0090333_20172869.jpg そしてこの後、待ちに待ったGIGIの新曲披露~!!!
運良く昨日彼らの練習を聴いていたから、みんながまだ知らない新曲もなんとなくメロディを知っている。どこがノリ場かわかってる。最後までしっかり躍らせていただきました~…。


b0090333_20175545.jpg 感動さめきらぬまま、ライブが終わったのは午前0時だった。こんな大きなイベントを終えて忙しいだろうに、デワ・ブジャナは私の携帯電話に今晩のお礼と、次回はもっとゆっくり時間を作って会おうというメッセージを送ってきてくれた。なんていい人なんだろう。
(ライブの最後に、過去のメンバーも入れて記念撮影)


 いやーーー…本当にレベルの高いライブを見させてもらった。やっぱりGIGIはすごい。今でも若い世代の神様的存在バンドであるってのがわかる。
そして翌日デワ・ブジャナはまたメッセージをくれた。
「ミドリ、GIGIは今日から5日までスマトラ公演なんだ。次回はゆっくり会おう」
ジャカルタ会場での個展は4月20日まで。作品撤収の時期にうまくスケジュールが会ってまた会えることを祈るばかりだ。
明日からは2日の開会式に向けて、集中して作品設置するぞっ。
by midoriart | 2009-03-31 23:12 | Jakarta
 2006年、フィリピンで始まった私の「交換プロジェクト」作品シリーズが今年はインドネシア3箇所を巡り、最後に東京で展示されることになっている。小さな作品をフィリピンで1000人と交換したプロジェクト、東ジャワのブリタルに生き残っている元PETA(祖国防衛義勇軍)の兵士30名との交換、そしてまだ進行中のバリ人の爺ちゃん&婆ちゃんとの交換、そしてこちらも始まったばかりの日本での交換プロジェクト、これら4バージョンを今回展示する。
 インドネシア巡回の最初の会場は国際交流基金ジャカルタ事務所にあるホール。4月2日のオープニングに向け、私は3月30日にジョグジャからジャカルタへ飛んだ。


b0090333_2254491.jpg まずは会場に入って作品の梱包を解く。思ったより広い会場を見て、作品レイアウトを決定するまでに結構時間がかかった。でもまだいいな、2日までには時間がある。
 普段だったら、先が見えてくるまで安心できなくてずっと会場に詰めるのだけれど、今日ばかりはそうは言ってられない事情があった。なんたって10数年来ファンでいるインドネシアのバンド、GIGIに会える日なんだから…。

b0090333_22132835.jpg インドネシアの大スター、GIGIに会うことになった経緯はハショるけど、4人編成バンドのGIGI、ギタリストはバリ人のDewa Budjana(デワ・ブジャナ)で、嫁さんは私のバリの家族が住んでるプリアタン村出身。私がジョグジャで親しくしているバリ人のアーティスト数人がデワ・ブジャナの親友、さらに以前在インドネシア日本大使館勤務していた私の友人AさんがGIGIと交友があり、デワ・ブジャナの結婚祝いに私の作品を購入して贈ったとういう経緯もあり…
 そんな友達の輪、輪…が今回偶然にもつながり、デワ・ブジャナは私の作品ではなく、私という人間のほうも知ることになったわけだ。


 そして私がジャカルタへ発つ2日前に、デワ・ブジャナから電話がかかってきたのだった!よかったぁ~、ちょうど誰もいない車の中だったから、興奮してどでかい声で会話してても誰にも驚かれずにすんだ。
「ミドリ!ジャカルタにくるんだろ?GIGIのコンサートにおいでよ。招待券渡すから」
GIGIのコンサートは3月31日、私がジャカルタへ行くのが30日、この日程もラッキーだった。
「なにがなんでも作品セッティングを早くに終わらせてGIGIを生で見る!」
実は今回、こっちにかなり気合が入った状態でジャカルタ入りしていた。
 展示会場でおよそのレイアウトを決めた後、早々に引き上げ、デワ・ブジャナと待ち合わせたGIGIのミュージックスタジオへ。すでに心臓はバクバク、狭心症でやしないか心配なくらい脈拍上がってる。
今までは電話とチャットでしか交流してなかったデワ・ブジャナ, そしてGIGIのボーカル、私の10数年来のアイドルArmand(アルマン)の生がここにいる!スタジオに入ると、ちょうど明日のコンサートの練習が始まったところで、分厚いドアの向こうからアルマンの生声が聴こえる。もうこれだけでも今までインドネシアでがんばって暮らしててよかったぁ~~~~と思える。泣けそう、マジで。


b0090333_22135531.jpg そして待つこと30分、奥から
「ミドリ~~~」
の声!デワ・ブジャナだ!
「やっと会えたなぁ~~~」
と握手の後、憧れのアルマンにも紹介してもらって握手。う~~~叫んで飛び上がりたいけど我慢。年齢を考えなければ…。
 彼らは明日の記念イベントの準備でまだまだ忙しく、取材したいTV局のクルーが後ろで待ってるっていうのに、わざわざ日本(ジョグジャだけど)から来た私に気を使って相手をしてくれた。こっちが申し訳なくなってきたので、記念撮影だけして、明日の招待状もらって、早々に去ることにした。
「展覧会がんばれよ~!!明日待ってるからな~~~」
と送られて夢のような時は終わった。


b0090333_2255328.jpg けど、嬉しい~~~。
 インドネシアに暮らし始めて最初に知って好きになったバンドGIGIの15周年、私がバリの片田舎で住み始めたのが94年だから、彼らの音楽活動は私のインドネシア生活ともほぼ重なってるわけだ。そんな彼らに会って話ができた!!!感動…。
 国際交流基金の方々には申し訳ないけど、個展の準備すっかり忘れそう・・・、明日のコンサートに着てく衣装のほうが気になる。
(これが今日もらった招待状。左上が長年のアイドル、アルマン、右上がインドネシアを代表する名ギタリスト、デワ・ブジャナ)
 ジャカルタに着くなりミーハーな1日になった。明日は朝からがんばってセッティングして、夜は心置きなくGIGIのライブを堪能したいものだ。
by midoriart | 2009-03-30 22:04 | Jakarta

b0090333_1213320.jpg ジャカルタの友達太君宅にササンともどもお世話になり、朝一番からギャラリー巡り開始、最初は来春ササンが個展を予定しているsigi art spaceへ。ブロックMから近い洒落たエリアにあって一階はアイスクリームの美味しいカフェ。朝早すぎたためにお店は開店前でてガッカリ。

b0090333_123145.jpg「この絵画バブルの時期に、僕のような立体作品も展示するという画廊の勇気が気に入った」
とササンが言うように、sigiでは今も彫刻作品を展示していた。ササンの繊細なセラミックの立体作品はこのスペースならぴったりだ。床のキラキラ光る素材が目障りではあるけれど、空間としてはこじんまりといい感じ。ロケーションもバッチリ。ササンの個展は来春3月8日から始まる。


b0090333_124598.jpg 次は新しくなったDギャラリーへ。最近の金持ち層は、絵画作品を買うタイプと、美術好きであることを見せるためにギャラリー経営に走るタイプがあるらしい。ここは後者で金持ちのお嬢様がやってるギャラリー。ここでもたまたま知ってるバンドンの若手アーティストが数日後に個展オープニングを控えて作品設置途中だった。まだ始まってない個展で、すでに金持ちお嬢様の友達関係が7点を予約済み。おそらく個展会期中には完売なんだろう。おそるべし、インドネシアのバブリーアート。


 ギャラリーおかかえのキュレーターがなんと以前バンドンで何度かあったことのあるバンドン工科大学彫刻科出身の男性で、むこうが運良く私のことを覚えててくれた。ササンからしてみれば自分が教えてる大学の学生ってことにもなる。この男性がバンドンから運転手付で車に乗って来ていた。でも彼にはギャラリーでの作品設置という仕事が残ってる。
「夕方まで僕の車使っていいよ、いろいろ回ってきたら?」
ジャカルタで市民の足ミニバスのルートを把握するのは一苦労、さらにスリやら交通渋滞、乗り換えの不便さなどを思うと結局使うのはタクシーになる。さらに道を知らないと、遠回りしたり姑息なことされちゃうのが田舎ものの運命。こんなときに運転手付車を使えなんて、天からの声に聞こえる。


b0090333_1264866.jpg 老舗から新しい画廊まであるクマンエリアまで運転手に連れてってもらい、まずは老舗のエドウィンへ。チャイニーズ系のオッチャン、エドウィン氏が70年代に始めた画廊でインドネシアでは堂々の老舗画廊と言える。最初にこのオッチャンに会った時、ジーンズもエドウィンだったので笑った。
「今のバブルは冷静に見送るしかないよ。続いたってあと2年だよ」
さすが老舗の貫禄。今の風潮には流されないぞという強さが見える。

b0090333_127512.jpg ここから近い新しいスペースはルマ・ルパ(Roemah Roepa)、ササンが昨年グループ展で参加したギャラリーだ。自然光がたっぷり入って気持ちいい空間が3階まで続いている。小品のグループ展に適していそう。


b0090333_1293560.jpg そして夕方はまたオープニング。ここもできてまだ2年ほどの新しいギャラリーARK。やっぱり金持ちの若者が3人で運営してるもので、ここにはインドネシア・アート界キュレーターの重鎮、ジム・スパンカット氏がアドバイザーでついている。今日の展覧会はバンドンの若手アーティスト(バンドン工科大学建築科)の個展だったのでササンからしたら教え子世代。
 最近のアートバブルで、ジャカルタの金持ち画廊はバンドンの若手作家をあさってるんだな、だからバンドンを良く知ってるジム氏やその他数人のキュレーターがその間に入って若手作家を発掘し、ジャカルタで紹介して絵画作品を売り捌くという方式。キュレーターなのかアートディーラーなのか、線引きも微妙になってきた昨今。


 ササンはこの展覧会を見た後、夜のバスでバンドンへ戻っていった。私はさらにここからショッピングモール、プラザ・スマンギの屋上へ向かう。
 ジャカルタに来たら必ず会う日本人の友達の一人、スズキさんがちょうど今晩ここの屋上でコンサートに出演するのだ。彼はバンドン、ジャカルタで演劇を学び、今ではインドネシアのTV番組や映画にもよく出演している。彼が関わるインドネシア日本文化財団が、日本インドネシア国交樹立50周年を記念した交流イベントをするというのだ。ジャカルタの宿になってる太君と一緒にイベントを見る。

b0090333_1211924.jpg インドネシア側が、日本ではほとんど知られてないのにこっちでは大流行した五輪真弓の名曲『心の友』を歌い、日本側としてスズキさんが『コピ・ダンドゥット』(日本で流行ったのは『コーヒー・ルンバ』といったっけ)を歌う。その他には踊りアリ、剣術みたいなんありといった1時間半。

 終わった後、ローカルの出演者の半額のギャラだったと不満でいっぱいのスズキさんと合流してモール屋上のカフェでお喋り。ジャカルタの最後の夜はプラザ・スマンギで更けていった。
by midoriart | 2008-11-22 11:56 | Jakarta
 昔はジャカルタ~バンドンって遠かった。電車でガンビル駅まで行くと3~4時間、で出発時刻も正確じゃない。ジャカルタはでかいから、ガンビル駅に着いても目的地まではまた移動手段を考えなくちゃいけない。
 ところが2年前くらいか、バンドン~ジャカルタの高速道路ができた。そしたらもう便利、便利。ジャカルタ~バンドンの2都市がぐんと近くなった。そのせいでジャカルタ人が週末ごとに車でバンドンへ来ては、洒落たアウトレットの洋服を買い込み、高地のトレンドスポット、ダゴのカフェで呑んでたむろするので、バンドン人にしてみたら週末の交通渋滞でうんざりらしいが。

 昨日ギャラリー・スマルジャの打ち合わせが終わり、次は国際交流基金ジャカルタ事務局で個展の助成申請。バンドンの親友ササンは基金のJENESYSプログラムで信楽陶芸の森でレジデンスを終え、10月中旬に日本から帰ったばかり。レジデンスの成果を基金ジャカルタ事務所のギャラリーで展示しないかとの打診を受けていた。お互いに基金に用事があるってことで、一緒にバンドンを出発した。

b0090333_11523469.jpg 初めてつかったシティトランス。その他にもいろんな会社がバンドン~ジョグジャ間のエキスプレスバスを運行している。コレなんて片道70,000ルピアで一席ずつ分かれての7人乗り。スペースも余裕あってキレイで、なんと2時間かからずしてジャカルタのど真ん中まで着いた。とっても楽!早い!だから最近はバンドンの芸大生がジャカルタの展覧会にささっと日帰りで行くわけだ。本当に近くなった、この2都市。


 基金での用事を終えたササンと私はジャカルタでのギャラリー巡りを始めた。今回は私の日本人の友達太君ちに泊めてもらって、ササンも二日間ギャラリーを見て歩くことになっている。最近のアートバブルでインドネシア、特にジャカルタには雨後の竹の子のごとくギャラリーが出来ている。世界的に経済がヤバいってのに、インドネシアの金持ちってのは半端じゃない金持ちで、ルピアが下落しようとも外貨預金してて逆に得してるくらいのもんで。


b0090333_11533482.jpg だからこんなマーケティングギャラリーなんてダサい名の画廊までできる。つまりジャカルタの中心地に立つとんでもない高級アパートメントの予約受付事務所の横にギャラリーがあるわけだ。サンプルの部屋を見て入居を決めた金持ちに、
「それならお部屋にはこんな絵をいかがでしょう?」
と薦められる。オマケに売れればマージンが入る。
 偶然にも今日オープニングの3人展の一人はバンドンの知り合いだった。随分と画風が変わってしまったのも、今のバブリーなインドネシアアートの影響かと思うと少々寂しい気もする。


 偶然このギャラリーにバンドンの教育大学美術科の学生が貸切バスで来ていた。こうやって日帰りで来られるのは学生にとってはいいことだ。そしたら付き添いの一人がこれまた私の知り合いだったので、もう一件別の場所でやってる展覧会のオープニング会場までバスに便乗させてくれた。中は大学生だらけ。
「イブ、イブ(お母さんの意味)、どうぞここに座ってください・・・」
とバスで席を譲られた。微妙。インドネシアって年寄りにやさしいんだよな、でも席譲られちゃうか。。。


b0090333_11541847.jpg 今度着いたのはでっかいショッピングモール。ディズニーランドかなんかみたいに、天井が夜空になってる。このモールには数件のギャラリーが入ってるらしい。今晩オープニングのあるKOONGギャラリーはチャイニーズインドネシアのオッチャンがやってる老舗、でも最近ここに移転したので私は初めての場。
 

b0090333_1155697.jpg ここでも偶然、ジョグジャの友達パレヴィの個展だった。ジョグジャでもめったに会わないのに、ジャカルタで久しぶりに顔を見る。ジョグジャの友達が数人会場に来てるのを見た。そのくらい今じゃジャカルタ~ジョグジャも近くなったんだなぁ~。


b0090333_115616.jpg しかし。
 展覧会のオープニングに来る人の層、それとオープニングに用意されてる食べ物・飲み物がぜ~~~んぜんジョグジャと違う。ジョグジャじゃいまだに食えない若手のアーティストがタダのスナックに群れ、作品より飯という感が強い。イスラム圏ということもあるが、ギャラリーの経済力もあって出るのはコーヒー、紅茶とトラディショナルな市場菓子。けれどジャカルタで会うのは金持ちのお嬢さん、オッサン、小奇麗にした画廊主。そして画廊が用意してるのは様々なワインに美味しい美味しいバタビア料理だったり、洒落た氷菓子だったりする。かけてる金が違う。


 どっちがいい悪いってことじゃないけど、インドネシアは本当に広いね~~~と実感した夜。それと、今のインドネシアのアート、本当にすごいことになってる。それは確か。家を買うのにも、土地を転がすのにも、高級車買うのにも飽きた金持ち層が、今みんなアートに走っている。ブランドを追うように、アーティストの作品を買いあさっている。作る側にとっては買う人がいてくれるのはいいことなのかもしれないけれど、この状態いったいいつまで続くんだろう?
 明日もササンと一緒に最近のギャラリーを見て回る。
by midoriart | 2008-11-21 22:49 | Jakarta
 九州大学後小路さんのご一行様帰国の朝。
 18日から今日まで1週間のアテンド中、バンドンとジャカルタでは同じホテルに泊まりながらも一度も朝食を一緒にすることがなかった。というのも、後小路教授は朝6時半から起きて宿泊先周辺を散歩するのだ。そして出発時間の1時間前には朝食をとり、いったん部屋に戻って歯磨きする時間もしっかり計算に入っている。
 私はといえば、出発時間から朝の準備(シャワー&化粧)に20分、朝食時間に20分を引いて起床したいタイプなので、どうしたってご一行様と朝食タイムが重ならない。けれど、せめて最後の朝食くらいは皆さんと・・・と思い、ジャカルタまで同行してくれたササンと一緒にがんばって早起きして最後の晩餐ならぬ朝食。


 ホテルでご一行様のお見送りを済ませ、向かえにあるショッピングセンターへササンと散策しに行くことにした。ホテルの外で色とりどりの花輪発見。来春、国際交流基金の企画で日本人アーティスト約15ユニットによる大アートイベントが予定されていて、私は現地コーディネーターとしての役を仰せつかった。

b0090333_333165.jpg 参加作家の一組は大阪在住、淀川のゴミから作品を作って注目されるようになった「淀川テクニック」。韓国は光州で去年開催されたビエンナーレに出品した彼らの作品には、韓国の川のゴミで作った大きな花輪もあった。私の出身地名古屋ではパチンコ屋の開店にかかせない派手な花輪。

b0090333_334930.jpg そんな花輪が今日ホテルである結婚式なのか記念パーティなのか、そのためにたくさん並んでいたのだ。ついこの間、現地リサーチでジョグジャを訪ねた「淀テク」の柴田君のことを思い出し、いつくかの花輪を撮影。来春はこんな花輪を「淀テク」がジョグジャの川のゴミから作ってくれるのだろうか。


 お役目の終わったササンは午後からバンドンへ帰っていった。私はもう一泊ジャカルタ。
 もう4年前になる。当時ジョグジャカルタのガジャマダ大学で学生をしていた私の友人は、2年の学生生活を経てジャカルタにある日本大使館での勤務が始まった。若いのにバリバリに仕事をするやり手の女性と有名な彼女(おそらく本人は名前を書かれるのがイヤだろうからふせておく)は、学生時代(大使館員としての学生生活)から多くの貴重な交流事業を企画し、私もその企画に参加して美術展などをキュレーションする機会を与えてもらった。


 そんな彼女がインドネシア勤務5年を終えて、この9月に霞ヶ関に戻ることになったのだ。彼女は生まれて初めて私が出会った外務省の人であり、私がずっともっていた(ゴメンナサイ!)「頭の硬い、センスの悪いお役人様のイメージ」を100%崩してくれた人でもある。今までジャカルタに行くと、彼女のアパートメント(言っとくが日本のアパートとはぜんぜん違う。中にフィットネスもプールもある)に泊めてもらったこともなんどもある。


 今回はちょうど安部総理来イで大忙しだった時期のちょっと後と、私がジャカルタで仕事を終える時期が重なったので、ここで彼女のお別れ会をすることになったのだ。以前から彼女が気にしていた名古屋メシの「味噌カツ」と「小倉トースト」を私バージョンで披露することに。


b0090333_341127.jpg 今回は食べやすくするために本来は豚のところ、鶏を小さめに揚げてみた。思い切り味が濃いので、緩和剤としての野菜は多め。


b0090333_342887.jpg 今日の参加メンバーは大使館時代の彼女のパートナーであるKさん、国際交流基金のTさん、ジャカルタで役者をしているSさんと、彼の古い知人でバンドン在住の日本女性。みんなで記念撮影するつもりが、雇われ女将の私も、家主の彼女も台所で忙しかったので、写真に写ってる人たちはゲストの方々のみ。


 途中、そうめんタイムをはさんで、最後の締めは小倉トースト。名古屋では喫茶店のモーニングでも厚切りのトーストにたっぷりバターを塗って、その上に小倉というのは別に珍しいものではないが、これを食べたことのない人が今日の参加者にも2人いた。味噌カツにいたっては多治見出身のTさん以外、みなさん初めて食べた味だったらしい。
 

b0090333_34466.jpg 今日は私のテキトー・バリエーション。一つ目はトーストに小倉とクリームチーズをのせ、まるごとオーブンで焼いたもの。


b0090333_35577.jpg もうひとつは、話の途中で話題になった「イチゴ大福」(これも発祥は名古屋と聞いた)を思い出したので、トーストしておいてそこへ小倉とイチゴをのせてみた。こっちは皆さん、味噌カツほど恐々食べてる様子はなかったけれど、32年生きてきて初めて味噌カツと小倉トーストを食べたKさんは、小倉に関しては、もう二度と食べたくないような顔つきだった。


  とまれ、今日の主役は名を明かさない大使館員の彼女なわけで、彼女が喜んでくれたことが私には一番だった。毎日ハードワークで大変な外務省関係の皆さんも、今日は土曜なので安心して夜更かし。最後には近々インドネシアを去る彼女のDVDや本コレクションをみんなで分け、解散したのは午前2時半だった。
by midoriart | 2007-08-25 22:57 | Jakarta
 思い切り濃いバンドンの取材を終え、一同はジャカルタへ車移動。最近はジャカルタ~バンドン間に高速道路が開通し、随分と移動が楽になった。スムーズならば所要時間は約3時間。今日は早朝に出発したこともあり、予定通りの3時間でジャカルタのナショナル・ギャラリーへ到着。
 ジャカルタ2日の調査にも、バンドンからササンが同行してくれることになったので心強い。いくらインドネシアに長く、バンドンもジャカルタも頻繁に来てるとはいえ、お客様を連れて歩けるほど地理に精通しているわけでないので、こんなときのササンはムチャありがたい。


 到着していきなり始まったのは、インドネシア現代美術界では海外で一番名の知れた重鎮、ジム・スカンパット。現在はナショナル・ギャラリーの名誉アドバイザーであり、いくつかのギャラリー企画も担当するインディペンデント・キュレイターでもある。

b0090333_16351328.jpg ちょうど今、ナショナル・ギャラリーで開催中の「アファンディとその流れ展」を企画したのが彼ということもあり、インタビューの場所に指定されたというわけだ。展覧会にはアファンディの娘であり、本人も有名なアーティストであるアファンディ・カルティカも来ていた。彼女は過去に私の大きなインスタレーション作品を買ってくれたこともある。


b0090333_16353339.jpg そしてジムのインタビュー。
 ササンにとっても、彼はバンドン工科大学の大々先輩だし、先生でもあるので、彼の意見はとっても真剣に聞いていた。取材の後で後小路さんから
「いや~、今日のジムの話はとてもおもしろかったですねーーー。おそらく、通訳がよかったからだと思うんです。ヒロタさんのおかげですよ・・・」
と言っていただき、とても嬉しかった。

 確かに、ササンも言ってたけど、今日のジムの話は理解しやすかったし、言ってることに間違いや寄り道がなくて、訳しやすかった。それになんてったって自分のやってる世界の話なので、ある程度難しい用語や表現方法が出てきても大丈夫というのは強い。


 翌日は宿泊先のホテルで、インドネシア陶芸界の重鎮、ウィダヤントの展覧会が始まった。インドネシア現代美術の脈に入る人ではないけれど、一般大衆にまでその作品が知られているという測りでいったら、かなりの有名アーティストといえる。今回はなんと瀬戸市にある陶磁器会社とのコラボで、ジャワらしいモチーフの陶人形を発表していた。

b0090333_16355369.jpg そしてちゃんと見つけてます!
 ヨーヨーをするジャワの子供~~~!!! これは私のヨーヨー師匠、世界チャンプのTAKAさんにひとつ持って帰りたいシロモノだったけれど、おそらく彼が興味を示すのはヨーヨーそのものであって、陶人形ではないだろうから、今回は撮影するだけにした。


 ジャカルタは広い。さらにムチャ交通渋滞。短い滞在で効率よく人に会うため、ジャカルタのアーティストにはご足労かけてホテルに来てもらった。これはジョグジャのアーティストたちからもリコメンドのあったビデオアーティスト、イルワン。ジョグジャでも個展をしたことがある。彼のおもしろいのは、デザイナーとしてキャリアをはじめ、そこからプロジェクト的な作品を作っていること。

b0090333_16362127.jpg 自分の作品についてのプレゼンなどは、いかにもデザイナーらしい構成で、私は好感が持てた。さすがジャカルタともなると、センスのいい子がいるもんだ。


 もう一人、ビデオ作品も作り、自らインドネシアの近代絵画の歴史に詳しく、当時の作品を使った新しい切り口の展覧会などをキュレーションしているハフィズにも会った。彼はイルワンとはまったく別のタイプで、まだ一世代前のシリアスさをもってて、彼は彼なりにおもしろかった。


b0090333_1636401.jpg 夕方には、キュレーター界の重鎮、ジム氏が推薦してくれたジャカルタの新しいギャラリー、ギャラリーARKを訪ねた。確かになかなかいい空間。さらにお洒落。この前マニラの都心で入ったカフェ・ギャラリーとあまりにも構造が似てるので、思わずオーナーに聞いたけれど、まったく関係はなかった。ここではちょうど、今回の調査に入れたい若手作家の一人、クリスティン・アイチョが個展開催中だったので、作品を見ることもでき、ギャラリー空間を見ることもできてラッキー。

b0090333_1637163.jpg そして夜はまた按配いいことに、ジョグジャの作家ハンディウィルマンがナディ・ギャラリーで個展のオープニングだった。本当にいいタイミング。
(写真は2枚ともギャラリーARK)

 短い滞在で、大事な部分は運良くすべて抑えることができたのは、後小路さんの強運か。約1週間、ジョグジャ~バンドン~ジャカルタと駆け足で見てきたインドネシア現代美術の最先端。私自身も普段めったに会えないアーティストと会え、充実した時間を過ごすことができた。福岡市美術館時代から福岡アジア美術館、そして九州大学での現在、ここまでためてきた後小路さんのアジア美術についての資料が今回の調査もあわせて編纂される。これは本当に貴重な一冊となることだろう。来春の出版が楽しみだ。
by midoriart | 2007-08-23 16:32 | Jakarta
 昨晩は日本人5人で呑んだ後、会社勤めのAさんとKさんと別れた後、自由業である私とSさん、F君でファミリーカラオケに行った。ジャカルタでは、日本でも週刊誌で事件が掲載されたことがあったけれど、色っぽいお姉ちゃんがもれなく付いてくるようなカラオケ屋もたくさんあるらしい。日本から来るヒヒ爺さんたちは、普通そっちに通うらしいけれど、私もSさんもF君も自分たちが歌うことがメインなので、健全な方を選択。特にSさんは、芝居が近くなると、発声練習を兼ねてカラオケを使うこともあるらしい。


b0090333_14413734.jpg 午前2時まで叫んだ後なので、起床は9時。そこからささっと支度をして、行動を開始。
 今日のメインは私がずっと気になっててまだ行ったことのないギャラリー、CPアートスペース。過去にインドネシアで2度も大きな国際展を開催したCP財団の持っているギャラリーだ。注目をあびてきたインドネシア・アーティストの個展を今までにいくつも開催してきた。


b0090333_14415911.jpg さすが、お金持ちだけあって、エントランスもきれい。会場のスペース自体は6x10メートルほどのこじんまりしたものだけれど、照明など設備はしっかり。アシスタントの対応もちゃきちゃきしていて気持ちよかった。

 残念ながら今は展覧会がなく(写真に写っている作品は過去の展覧会のものが搬出されずに残っているもの)、現在CP財団が企画している中国人アーティストの個展はガンビル駅前のギャラリー・ナショナルで開催中という。近いのでそっちにも寄ることに。


b0090333_14422642.jpg ギャラリー・ナショナルは国の持っている大きなギャラリーで、CP財団が開催した第1回CPビエンナーレではここが会場になり、私も出品したことがある。CPアートスペースが推してるアーティスト、ヤン・シャオビンの個展がちょうど開催中だった。

b0090333_14424577.jpg 会場をさらっと流し、ここからまた、昨日観光したコタ地区へ向かう。


  今日の目的は「王将」の餃子。日本にたくさんある「あの」チェーンとは無関係だけれど、この店も「王将」という。キャベツのシャキシャキ感がなんともヘルシーで、はじめてSさんに連れてきてもらったときに私は大感動したものだった。今日は水餃子と焼き餃子、両方を試してみた。どっちも美味い~~~。

b0090333_14433176.jpg 大満足で店を出、次に目指したのは金徳院という中国寺院。王将の餃子周辺は、まんま中国というエリアで、私たち3人が歩いていても、誰も日本人とは思わない。特に我々トリオは、皆さん自由業で国籍や年齢不詳系(私は時に性別も不詳)だから余計かもしれないが。

 新鮮な果物や野菜を所狭しと並べている長い路地には、怪しい「大人の薬」や、バッタもんの中国映画DVD、お経唱えてクルクル回る観音様、電動でず~っと手招きしてる金の招き猫なども売っている。「蚊力源」って書いた小さな瓶があったので、虫除けの薬かと思って聞いたら、
「ちがうよ。ちがうね~、オトコのため~」
とオバちゃんが教えてくれた。この辺の人たちはいくらインドネシアに暮らしていても中国人コミュニティで生きてるから、インドネシア語の下手な人もいる。しかし、なんで「蚊」なんだ?


b0090333_1444174.jpg そんなチャイナバリバリの通りを行くと、極彩色の屋根が見えてきた。ここが金徳院(Dharma Jaya)。院に入ると、まずは煙で目が痛くなる。皆さん熱心に祈っている。蚊取り線香のグルグルを引っ張って円錐にしたようなでっかい線香が天上からいっぱいぶら下がり、床には私の背ほどの巨大な真っ赤なロウソクが並んでいる。いたるところにいる神さんの祠は、まるで多神教のヒンドゥー寺院のよう。

 私が好きなヒンドゥー教の女神サラスワティ。バリ島では「サラスワティの日」もあって、文学、音楽の女神サラスワティのために書物や楽器にもお供え物をする。このサラスワティが日本に伝わって「弁財天」(弁天、弁才天)になった。金徳院にあるたくさんの祠の中にも、弁才天をたくさん集めた祠があったので、ここの弁天さんに挨拶しておいた。
 あっという間のジャカルタ観光も終わり、ここからタクシーで空港へ向かうことになるので、院を出るところで
「飛行機の事故からはどうかお守りください」
としっかりお祈りしてからこの場を後にした。

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 おかげさまでライオン・エアーのジャカルタ発ジョグジャ行きは無事にジョグジャに到着。途中何度か横揺れにあったので、そのたびにヒヤ~~~ッ・・・としたけれど、何事もなくてほっと一息。今回ジャカルタへ行くとき、家からジョグジャの空港まで使ったタクシーの運転手さんが、偶然にもガルーダの犠牲者の家族だった。どんな状況だったかを行く前にリアルに聞かされてビビッたのだけれど、
「うちのオバアチャンが事故で死んだことで、あんたのSIAL(不運)ももってってくれたから、あんたは大丈夫だよ」
と言ってもくれた。だとしたら、亡くなったオバアチャン、私を守ってくれてどうもありがとう・・・
by midoriart | 2007-03-14 23:40 | Jakarta
 12日から14日までジャカルタに行ってきた。今回は珍しく、何かの打ち合わせとか、見たい展覧会があるとかではなく、ほんの少しジョグジャから脱出したいだけの理由で出かけた。昔はジャカルタというと、まったく知り合いもいない大都会で、行くだけで気合入れすぎて熱が出たものだった。
 今では10年以上の仲でバンドンからジャカルタへ移って役者をしているSさん、ジョグジャで数年を過ごしてからジャカルタへ移って起業した若きF君、在インドネシア大使館期待のホープ、やり手のAさんなど、私が行けば相手してくれる友達がたくさんいるので、怖い大都会ジャカルタもずいぶん身近な街になってきた。そうして思うと、「恐怖は知らないから生まれる」っていうのもわかる気がする。何度か行って、道もわかり、どのエリアが危なくて・・・ってのがわかり始めれば、気合熱も出なくなる。

 普段は目的があるために、逆に観光をすることがなかったので、今回は完璧ツーリストになってジャカルタ観光することにした。F君がつきあってくれたので、彼のバイクで巡ることに。以前Sさんに美味しい餃子を食べに連れてってもらったKOTA(コタ)のエリアにはたくさんの博物館が集中している。1日目はこの周辺を回った。

b0090333_14363068.jpg コタ地区は「旧バタビア」、オランダ植民地時代の政治の中心地で港町として栄えた場所。今でもたくさんのコロニアル式建造物が残り、バタ臭くておもしろい。まずは本で読んで気になっていた「跳ね橋」を目指した。まるでゴッホの絵から出てきたみたいな跳ね橋は、今ではもう使われていないけれど、ちゃんと管理者もついて歴史の証人として残されていた。

跳ね橋から見れば、川沿いにはたくさんの古い建物が残っていて、インドネシアにいながらオランダ色いっぱいな不思議な空間だった。がしかし、川が臭すぎ・・・



b0090333_1437596.jpg ここからさらに北に向かうとスンダ・クラパ港。東インド会社があったころには多くの船が行き来した大きな港だったらしい。港のすぐ横にあるのがバハリ(海洋)博物館。1652~1771年までかかって少しずつ増築されていった東インド会社の香辛料倉庫。1942年には日本軍が物資を保管する倉庫として使っていたこともあるという。その後1977年に、ジャカルタ特別区によって海洋博物館として一般に公開されるようになった。

b0090333_14372532.jpg 正直、展示物はそれほど貴重なものではないし、展示方法も下手。でもこうやって歴史的な建物を保存できるのはいいことだ。ジャカルタともなるとなかなか洒落たことも考えている。2009年までに周囲の環境整備もして、港の景観美化につとめ、海上カフェも作る予定とか。そこまでやったら、このエリアはきっとかなりお洒落になるだろう。ガンバレ、ジャカルタ特別区!
(洪水対策のために港から入る海水をせき止めた場所。このため景観が悪くなってしまったらしい)


 ここから南に戻り、コタ駅にあるファタヒラ広場へ。
 ここが旧バタビアの中心地。どこもかしこも建物密度が高くてごっちゃゴチャな大都会ジャカルタでは珍しく広場があって木々も多くて気持ちのいい場所だ。ここには旧市庁舎を使った歴史博物館、旧バタビア裁判所を使った陶磁器博物館、旧教会を使ったワヤン(影絵芝居に使う人形)博物館などが並んでいる。
 

b0090333_14383034.jpg すでにランチタイムだったので、ここでまず休憩。2度来たことのあるバタビア・カフェに入った。これは歴史博物館の正面にあるレストランで、ジャカルタでも人気の場所。ちょっと高級だけれど、確かに雰囲気はイイ。店員に聞きこそしなかったけれど、場所的にも、内装を見ても、おそらく当時のオランダ人、港に着いたヨーロッパ人のダンスホール、あるいは迎賓館のようなものだったんだろう。

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b0090333_14391051.jpg しっかり休んだ後でワヤン博物館を訪ねた。1940年に常駐オランダ兵のために建てられた教会はその後地震で崩壊して再建もされ、1975年に現在の博物館として開館した。これもジャカルタ特別区の管理。今回は海洋博物館とワヤン博物館しか回れなかったけれど、意外だったのは係員の対応。

  インドネシアの公的機関では、いくら美術館だ博物館だっていっても、専門家をおいていることはなく、スタッフは公務員の制服を着て、新聞読むか、携帯電話でメッセージ送ってるか、コーヒー飲んでるか。来客があろうがなかろうが、自分には関係ないやって人が多い。そんな中で、海洋博物館にいた兄ちゃんなんか、ちゃんとその場所の歴史も説明してくれたし、今後のジャカルタ特別区の計画も教えてくれた。こういう対応があると本当に気持ちいい。


b0090333_14393731.jpg これはワヤン博物館で見つけたレアな1品。インドネシアのワヤン(影絵芝居)では、演じられる内容はインドの叙事詩「ラーマヤナ」か「マハバラタ」が中心で、それにそれぞれの地域の民話などが織り込まれる。ところがこのワヤン、よ~く見ると十字架に付けられたイエス・キリストや天使がいる。この他にもアダムとイブのワヤン、悪魔のワヤンもあった。解説によると、これはジョグジャのお隣の古都ソロで、クリスマスを祝うために作られたワヤン。


 今回はお上りさんなので、予定もいっぱい詰めていた。この後はインドネシアで3つしかないというプラネタリウムへ向かった。ところが行ってみると上映時間の午後4時半だというのに人気がない。入り口の小さな掲示を読んだら、
「機械の故障でしばらく休館します。また上映できるようになるまではお休みします」
とのこと。いつまで休むかわからないのはインドネシアらしい。ひょっとしたら、国内にテクニシャンがいない可能性もアリだな。
  この時点では私とF君に、Sさんも合流してくれていたので、近くの喫茶店でお喋りして、仕事の終わったKさんとAさんと5人、日本料理屋で久しぶりの再会を祝った。
by midoriart | 2007-03-13 23:35 | Jakarta

b0090333_213490.jpg ここんところ、雨季が本格化している。ジョグジャはジャカルタほど排水システムが悪くないので洪水こそないけれど、一定時間に集中して降るので、我が家の前の道路も時間によってはボートが出せそうになる。雨水がひいたあとには、お決まりのゴミがあちこちでヘバりついていて美的にも衛生的にもよろしくない感じ。
(写真はジャカルタの洪水。おっちゃんが船漕いでるのは墓場。死んだ人もたまったもんじゃない)


b0090333_214354.jpg そんな雨季に入り、まず影響の出たのが米。例年なら新米がぞくぞく集まり始めるはずの今、米の入荷はさっぱりで、稲は収穫までまだ2ヶ月以上かかる見込み。天候不順で通常の植付けが遅れたり、水害で苗を植えなおしたのが原因だけれど、それに加えて私の暮らしている中部ジャワでは、病害やネズミの被害もかなり大きいらしい。
(ジャカルタの市民の足、バジャイ。ジョグジャの我が家の前も、このくらいの水位にはなる)


  おかげで1週間ほど前から米の値段がいきなり上がってて大変。市場では購入量の制限をしたり、安値の米を買うのにすごい人が並んだり、天気は悪いは米は高いは、エライことになっている。

 最近の雨は午後から降り始めるので、筆と足りなくなってきた絵の具を買うのに朝一番から出かけてきた。午前10時頃、バリのN翁よりSMS(携帯電話のショートメッセージ)が入った。
「ヒロタさん、ジョグジャで豪雨だって聞いたけど、大丈夫なの?」
  豪雨は毎日のことなんだけど、バリの翁が心配するような何かがあったのか?


b0090333_21112637.jpg  気になって家に戻って調べたら、どうやら昨日18日午後5時、ジョクジャのうちから北東へ3キロほどにあるルンプヤンガン架橋周辺で竜巻が起こったらしい。普段私がよく通る道だ。昨日の竜巻はここらで起こり、東へ移動してから再び西へ戻ったらしい。この約15分の間に、付近の倉庫のトタン屋根が吹き飛び、道端に出ていた屋台などは10mも飛ばされたという。車で通ってたらどうなってただろう、怖っ・・・。
(ジョグジャでの写真がなかったので、写真はアメリカ製竜巻)


 かわいそうなことに、ここに生えていた老樹ガジュマルが根こそぎ倒れてしまったらしい。最近の雨はやり過ぎ、暴れ過ぎ、ホントに。この竜巻で被害にあった家屋は519戸、負傷者も30人いるというから結構デカかったんだろうなぁ。昨日はジャカルタでも竜巻が発生して、倒木や民家破損の被害が出ているらしい。日本でも竜巻があったニュースを聞いたことがあったけれど、これも世界的異常気象の一環なのだろうか???


b0090333_2161994.jpg そうそう、少し前にジャカルタの国際交流基金(独立行政法人ジャパンファンデーション)Tさんから連絡があった。あらゆる分野での国際交流を図っているジャパン・ファンデーションは世界中に支局をもっている。私はインドネシアで暮らし始めてからずっとここにお世話になっている。インドネシアでの個展、私が企画した日本人アーティストによる展覧会やワークショップ、近いところでは去年開催されたフィリピンでの個展の時にも、フィリピンへの渡航費と滞在費(これはマニラ支局から)、またインドネシアからフィリピンへの作品輸送費(こちらはジャカルタ支局から)を交流基金に助成していただいた。
(しつこくジャカルタの洪水の写真。都会のくせして水はけをちゃんと考えてないあたり、さすがインドネシア。毎年同じことしてて直さないあたりも本当にサスガにインドネシア)


 昨年のジャワ中部沖地震で私が始めた救援活動「こどもプロジェクト」を知った国際交流基金本部(赤坂のアーク森にある)のKさんは、ジョグジャカルタで学生生活を送ったこともあるインドネシア通、すぐに私のもとに義捐金を送ってきてくださった。そしてずっと「こどもプロジェクト」の活動をブログをとおして応援してくれていた。
 去年10月日本へ一時帰国したとき、被災地への慰問を基金本部の事業として実現させようと頑張っていたKさんと対面し、現地の子供たちに望まれるものは何か、ベストな時期は、場所は・・・と、現場の意見を伝えてきたのだけど、これがついに実現するはこびとなったらしい。そしてKさんの希望で、この交流基金からの慰問団が、我々の作ったバンブー幼稚園1舎へも訪問できるようにスケジュールを調整することになったのだ。


b0090333_21125680.jpg 雨季の時期をできるだけずらし、2006年度の予算で実現させるとなると遅くても3月末までに実行しなければならない。というわけでスケジュールは3月20、21日。やってくる慰問団はヨーヨーのプロ、手品師、南京玉すだれ師(?)など4名。
(こどもプロジェクトが3つめに建てたロロン村第3バンブー幼稚園は2006年11月22日に開園した)


  私が幼稚園の子供たちからリクエストを受けた「サッカーの中田に会いたい(それなら私も!)」「お相撲さんを見たい」「ドラえもんに会いたい、無理ならアレを描いた人と一緒にお絵かきしたい」という希望は叶わなかったけれど、被災地の子供のことを思うやさしいオジちゃん・オバちゃんが来てくれるようなので、それはそれで楽しみ。
 撮影中で忙しい東と相談し、我々の関係したロケーションから1箇所選ぶなら、最後に建てたロロン村第3バンブー幼稚園がベストだってことになった。ここは村人と幼稚園の先生のつながりが強く、周囲の村とも円満なので、慰問団が来たときも周囲の人たちにオープンにできる。自分たちで独り占めするんじゃなくて、近隣の皆さんを招待することもできるからだ。

 日本からのご一行が来る前に、おそらくジャカルタ支局のTさんと打ち合わせすることになるだろう。詳細が決定しだい、メンバーの皆さんにもこの場で報告したいと思う。
by midoriart | 2007-02-19 21:07 | Jakarta