
朝6時半に兄貴の嫁さんに起こされた。水浴びしてバリの正装に着替える。
今日の結婚式の儀礼のため、新婦側から代表者が15名、新郎の家に招待されていたのだ。私はその中の一人。初めてエリパニに会える。エリパニに会えることより、私はまず相手の男を見て、どういう態度をとったらいいのだろうってことばかり気になっていた。
この儀礼には新婦の両親は出席できないので、ムプ(母)からは
「ミドリ、たくさん写真撮ってきて後で見せてね、アノ子どんな服着せてもらってるのか気になるし」
と頼まれていた。
【←新郎宅での結婚儀礼の一部】
専門学校にこの8月入学した彼女は、それ以前に日本語専門学校へ通っていた。自分でアルバイトしたお金で夜間に通っていたのだ。デワとはそこで知り合ったという。最初は学校の友達だったのが、グッと親しくなったのはここ半年ほどらしい。アルバイト先にむかえに来てもらったり、向こうの家に遊びに行ったりしているのはムプも知っていたという。妊娠2ヶ月だとわかったのが9月半ば、エリパニはムプに事情を話したけれど、なんとそのとき兄貴は仕事でジャワに行ってて不在、姉妹のように仲よしだった母娘だったから、ムプのショックはどれほどのものだったろう。

父親不在のために、この結婚を許していいのかどうかわからず、ムプは明確に娘に返事ができなかった。そうしているうちに、向こうの家ではどんどん結婚に向けて準備が始まっていて、結果バリではよくあるのだけれど「かけおち結婚」という形がとられた。つまり、男の家に娘を住まわせてしまうのだ。19歳の誕生日に当るその日、アルバイトに出たエリパニは、そのまま実家には戻らなかった。
【新郎宅の儀礼に参加したうちの関係者→】
ムプは娘の妊娠と結婚の話を聞いて、一度は声を荒げて娘と話したけれど、少し落ち着いて話せる状態になっていた。ましてやその日はエリパニの誕生日、好物を作って待っていたのに、結局彼女は帰宅しなかった。そして翌日、町内会長が一通の手紙を持ってやってくる。
「御宅のお嬢様と当家の息子は相思相愛、彼らの結婚を認めていただきたく云々・・・」
ムプはこの手紙を読むなり、大声を上げて泣き出したという。

ま、話せば長い長い過程があり、今日の結婚式に至ったわけで、バリに着くなりそんな裏事情をすべて聞いていた私としては、いろんな感情が自分の中でグリグリ巡り巡り、複雑だった。とにかく、今日私が絶対にやると決めていたのは、新郎と二人きりになるチャンスを見つけ、エリパニが1年間学校で学ぶことをちゃんとサポートしてくれと頼むことだった。
【←うちの祠で挨拶。左からマデ兄貴、新郎、新婦、新郎の母、ムプ】
嬉しいことに、結婚を男側の家族からどんどん進められていく過程で、エリパニははっきりと自分の事情を向こう様に話していた。私の存在、現在学校に行かせてもらっていること、卒業までしなかったら私に顔向けが出来ないし、本人もちゃんと続けたいという固い意志のあること、これを話していた。向こうの家族も全面的にエリパニをサポートするので、もし子供が生まれてから学校えを続けるのなら、家族で赤ん坊の面倒は見ているからちゃんと学校へ行けばいいと言ってくれてるらしい。

【→うちの祠にお別れをしたエリパニとダンナと一緒に】
結婚の儀式はバリでは丸1日がかり。朝一番で新郎側の家に行って儀礼に立会い、その後新婦側の家に両関係者が集まり、新婦は実家の祠(祖先)にお別れの挨拶(お参り)をする。その後、ようやく新婦の両親は、嫁ぎ先を訪ねることができるのだ。
新郎と話すチャンスは、この最後にやってきた。すべての儀礼が終わり、みんなで家に帰るとき、エリパニは女友達にお礼を言ったりして忙しかったので、暇してた新郎をちょっと引っ張って私は言った。
「一つだけ、私からお願いがあるんだけどね。この子は本当に頭のいい子で、勉強が大好きなの。あなたがこれからもサポートして、どうか卒業まで応援してあげてね。お願いだからね」
22歳の彼は私の手を握り返し、とても丁寧に
「はい。必ず。わかりました」
と返事をした。

いっときは「19歳の娘に手を出した男はどんなヤツだ」と思っていたけれど、会ってみたら悔しいことに好感度のいい青年だった。エリパニよりちっちゃいのは笑ったけど、実に丁寧で穏やかなものごし、それもそのはずで、彼はバリに今も残るカスター(階級制度)の高い位の家系で、両親は祭司。バリ・ヒンドゥーが根強く信仰されているバリにあって、祭司はみんなから尊敬され、強い神通力をも持つと信じられている。
ま、親思い、弟思いで、勉強大好き、信仰熱心なエリパニが、こういうところへ嫁ぐってのは、納得できちゃうけど・・・。娘とられて大声で泣いてたムプも、夜にはほっとした表情になっていた。こっち側の家族では
「今日もまたムプが泣きまくるぞ~」
と冗談で言ってたけれど、実際にはどんどん来る客人への接待で急がしすぎて彼女には泣いてるヒマもなかった。逆に私一人、それぞれの想いを想像したり、自分自身のエリパニとの歴史を想い出しながらコソコソ涙をぬぐっていた。
【↑新郎の父。死の寺院を護る祭司は特に神通力が強いと言われる。エリパニのダンナも、この父ちゃんを継いで、いずれは祭司となる】