バリ時代、私が10年近く木彫りを学び、家族ごと世話になってきたのがマデ・サナ(私は兄貴と呼んでいる)の一家。彼の長女がエリパニ。私はこの子を幼稚園の時から知っている。知り合った最初の頃はアイスクリームをねだられていたのが、やがて小学校に入り、読書好き少女に育ち、本をねだられるようになり、それが高校になって化粧品に興味を持つようになり、オートバイを運転できるようになってからは街へ買い物といったらこの娘を連れて出るようになった。一緒に化粧品を見たりするのは楽しかった。そうした彼女の成長の過程をずっと見てきた私にとっては、彼女は私の「バリの娘」だった。

兄貴のマデは人がよすぎる木彫り師で、商売の才はまったくない。奥さんのムプはド田舎出身で小学校も出ていないけれど、商売上手で頭の回転がいい。家計を守っているのは明らかにムプだ。きっとエリパニは母の頭のよさ(って教育レベルとは別だから)を受け継ぎ、学校の成績もよく、高校までクラスで一番を守ってきた。
家族思いの彼女は高校卒業後も、もっと勉強して仕事を見つけ、歳の離れた弟の学費を出してやれるくらいになってからしか結婚は考えないと言っていた。
【供え物の準備をするマデ兄貴→】

10年来の付き合いで、家で儀礼があれば父ちゃん(マデ・サナのお父ちゃん。農夫)から電話があり、
「オイ、ミドリ、今度うちの祠の大きな儀礼だから、戻って来い」
って言われる仲だというのに、マデ夫婦はエリパニの進学のことは私にはいっさい相談してくれなかった。エリパニ本人も、私が何度もバリへ戻っているのに、一度もそんなことを口にしなかった。「外国人=お金持ち」だからちょっとくらい金をせびってもいいって思う人が多いバリにあって、うちの家族は私に借金すら頼んだことがなかった。
【←バリの我が家の家長、農夫の父ちゃん】
去年の暮れだったか、私が久しぶりにバリへ戻り、マデ家族と話しているときに、エリパニも高校を出てアルバイトを始めたって話を聞き、進学する気はなかったのか聞いたとき、初めて彼らが恥ずかしそうに経済的事情を私に話したのだった。
だからといって私もすぐにどうこうしてやれるわけじゃない。恥ずかしながら私自身がまだまだギリギリ一人で食べていける状態で、人をサポートできるような余裕はない。けれど、エリパニは特別だった。小さい頃からかわいがってきたこともあるけれど、私がジョグジャに移ってから、バリへ戻るといえばこの家に戻ってくるのだけれど、自分の部屋を丸ごと私に明け渡し、滞在中好きに使えるようにしてくれるのは彼女だった。

私は彼女に私専用の枕、ブランケット、バスタオル、サンダル、化粧品一式を預けてあるのだけれど、私がバリへ戻ると知らせると、すべてを洗濯し、私が着いた時にはまるで昨日も私がこの部屋を使っていたかのように、すべての道具が用意されていた。だから私にとって、この娘は他の子供(この家にはマデ以外に3人の男兄弟がいてそれぞれが家族をもっている)と比べても特別な存在だった。
【手前はエリパニの年の離れた弟、フォギ→】

私のなけなしの預金でサポートできるのは、1年間の専門学校だった。一緒に街の学校をチェックして、エリパニの習いたいコンピューター系を教えてくれる学校を見つけ、今年8月から新年度が始まった。その彼女が、突然結婚することになったのだった。「出来ちゃった結婚」ってやつで。
【←準備中の供え物】
せっかく学校に行かせたところなのに・・・とガッカリする気持ちと、相手はどんな男なんだ?って心配な気持ちと、「うちの娘に手を出しやがって・・・」って怒りと、「こんな早くに嫁いじゃって、きっとムプ(母)が淋しがってるだろうな」という母への想いと、複雑な気持ちを抱えて私はバリへ来たのだった。
結婚式は10月4日と聞いていた。けれど今回の結婚はちと理由があり、私が家に戻っても、彼女はすでに相手の家にいた。2日の夜にバリの家に着き、3日は明日の結婚式の準備で忙しい。今までの事情をエリパニに会ってゆっくり聞きたいのに、彼女はすでに嫁ぎ先にいるから会えるのは明日。兄貴と嫁さんから話を聞きながら、一日は準備に明け暮れた。明日はついに、娘の結婚式だ・・・