Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

2006年 06月 14日 ( 1 )

こどもテント・プロジェクトに向けて東グループがリサーチしてくれてる間、私は少々自由になった。なので今ちょっと時間に余裕のあるうちに、あらためて救援パックメンバーの皆さんにデリバリーのメンバーを紹介しておこう。
5月27日、ジョグジャカルタが地震に襲われて以来、我々の活動が今日に至るまで私を助け支えてくれたのは、義援金を託してくださった日本のメンバーはもちろんのこと、信用できるジョグジャの仲間たちのおかげだ。彼らなしだったら、私は救援パック・プロジェクトをここまで大規模に広げることなんてできなかっただろう。


b0090333_1411914.jpg 私がジョグジャで暮らしていて、何かあれば最初に相談するブラム夫婦。
彼らとのつき合いは、私がインドネシア国費留学生としてジョグジャにやってきた1999年の最初っから。彼が自宅の一角を改造して作っていたブンダ・アートスペースを訪ねたのがきっかけで、アートスペースのディレクターとアーティストという立場で関係が始まり、私はジョグジャカルタで最初の個展をここで開催した。妻のマヤはジャカルタ芸大出身。ブラムと結婚し、出産してからはしばらく専業主婦をしていたけれど、今はバッグのデザイナーをしている。ブラムはこのアートスペース経営ではまったく採算がとれないので、バントゥル県にあるクラフト工房のマネージャーとして働いている。

b0090333_1415098.jpg 地震当時、マヤは実家のスマランに娘を連れて帰っていた。ブラムは仕事の打ち合わせのため知人の家で泊まっていたのだが、運の悪いことにそこは今回激災地となったバントゥル県だった。あまりの揺れに驚いて庭に出ると、ザザー・・・ッと轟音をたてて目の前の家屋がパラパラ・・・とあっという間に崩れていったという。その光景はまるでブラピの主演した「ファイティング・クラブ」のラストで、ビルがザーッと崩れ落ちていくシーンのようだったと興奮気味に私に話してくれた。マヤと娘がジョグジャにいなかったので、何も心配することがない。だからブラムは翌日から私と一緒にバントゥル県の被災地チェックにつきあってくれたのだった。そんなわけあって彼は救援プロジェクトの一番最初の仲間。その後マヤが、ブラムから私と一緒に救援パックのデリバリーを始めたことを聞き、もう余震もそんなになくなったからといってジョグジャに戻ってからは、買出し、パック詰めなど、てきぱきと家族を使って進めてくれた。


b0090333_1422437.jpg その後地震から1週間が経ち、ブラムもマヤも仕事に戻らなければならなくなり、信用できるデリバリー仲間を失って困っていた私の前に登場したのが東(東幹久に似てるでしょ?)。彼は映像専門学校の講師をしながら、けっこう昔からボランティア活動で本格的な動きをしてきている。ジャカルタで役者をしている日本人の友人Sさんの古い友達ということもあり、この救援パック・プロジェクトにグループごと協力してくれることになったのだった。
 私はいまだに彼のスタッフ全員を把握していないけれど、東の腕となって常にスタッフに指示を出しているのがビモとヌキ。彼らも仕事はなかなか早い。現在こどもテントに適したロケーションを探してくれているのがこの二人。
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 で、このまま我々のこどもテントが実現してくると、そこで実際に子供を相手に遊んでくれるボランティアもすでにいる。彼らは様々な大学から集まった有志たちで、専攻もまちまち。数人はジョグジャの国立大学ガジャマダ大で心理学を専攻していて、こどもテントの時間割の中で、心理学の教授にも参加してもらって子供たちのメンタルケアになるようなプログラムを入れたいとしている。まーそのへんは追って考えていこうと思う。そうそう、老婆心な私の古い友人が、ここまで大きなプロジェクトになってくると、私一人でコントロールが大変なのではないかと心配してくれた。
 でもね、こどもテント・プロジェクトは、条件として「全壊した幼稚園または小学校の長からの依頼」があってから作ることになるので、救援パック・プロジェクト(おそらくは廣田が代表ってことになるんだけど)と△△小学校長との契約書ってものを交わすことになる。つまり、テントができてしまってからは、学校長さんがちゃんと責任もって維持管理していくってこと。ただ、ちゃんと学校が機能するまでは、こっちもプログラムとか子供たちの食事とかに口も金も出すけどね。だからそんなに心配はいらないよ、おTさんよ。

 で、今日も新メンバーです。
{オガワシンジさん、マスオカさん、オオヤマさん}(バイオタイド)、アカシ ヨリコさん、ショウジ オサムさん、プテイマニスナガイさん、ブラウン スティーブンさん&加藤孝子さん(名古屋)、高野美幹子さん(ピンパーズパラダイス募金)、コヤマ ヨシフミさん
以上7名、65,000円追加でーす。
 こういう震災って、最初だけTVで報道されて、日々情報がなくなっていって、そして忘れ去られるもの。今まで私だってそうだったし、実際の現場にいたって、ジョグジャ人自体が、南部の被災のことなんか忘れて毎日の暮らしを繰り返すようになっていくんだろう。でも、私の手元には皆さんから託された愛がまだ残っている。だからこれからもずっと、被災地の状況、被災者の欲するもの、子供たちの健康状態を気にしていようと思う。
by midoriart | 2006-06-14 23:40 | Jawa Earthquake