Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

8月17日◆62回目の独立記念日に思うこと

 思い起こせば、12年前のインドネシア共和国独立記念日にはすでにバリで暮らしていた。金婚式じゃないけど、独立50周年はマス(金)の記念日といって、国中あげてかなり盛り上がって独立を祝っていたので、当時バイク乗りだった私は、カメラ片手にバリの田舎を走り回っては、市民が祝って作った幟や看板を撮影したものだった。あれからもう12年も経ったのか・・・。

 うちの隣はジョグジャでも有名な土産物屋なので、路上駐車が多い。その車を整理するために「パーキングおじさん」なるものがいる。なんのことはない。駐車してる車をちゃんと見てるってことで、運転手が発車するときにお金をもらうという公的な仕事なのだ。
 この隣の店の「パーキングおじさん」はもともとうちの町内のおっさんで、私の借りてる家の大家の遠い親戚に当たるらしく、やたらと私のうちのことにも口を出す。今回も独立記念日が近づいた頃から、何かと私の家の前に長~いこといて、めったに家から出ない私に会うなり
「ほれほれ、旗をよ~、ここにささないかんに」
と、何度も言ってきた。

 だから~、私はかわいい半円の紅白旗なのよ、ここ何年も・・・。と思ってるけど、どうも気に食わないらしい。めんどくさいので
「おじちゃ~ん・・・。私ちょっと忙しいのと、旗なんてどこで買ったらいいのかもわからないし、できたら、おじちゃんにお願いしたいんだけど、頼まれてくれるぅ?」
とできるだけ甘えるふりで言ってみたらすぐOKだった。
 つまりはこのおじさん、自分が頼られてるってことが嬉しい人なのだった(もちろん費用はこっちもち。おじさんのタバコ代も楽勝で入ってる額を渡した)。


b0090333_193931.jpg なので家の前もこんな華やかになった。


b0090333_195560.jpg 街はもちろんのこと華やか。


b0090333_1101823.jpg 考えてみれば、日本が終戦でショボくれてたときに、この国は生まれたのだ。徳川家康が天下とってる頃には、まだなかった国。そんなにさかのぼる必要もない。日本がついこの前、乃木大将の歌で戦争賛歌してたときにもまだなかったのだ。神様だったヒロヒト天皇の玉音放送に日本中が悔し涙を流したあの後に生まれた国。それがインドネシア共和国。
(独立の言葉を読み上げるインドネシア初代大統領スカルノ)


 今日は私の大好きなTV放送の映画枠も「独立コンサート」という生放送をジャカルタから流している。有名どころの歌手が、ナショナリズムの香りいっぱいの歌を歌っている。
 が、しかし・・・。

 今、終戦記念の特別番組を見て、どれだけの日本の若者が興味をもっているのだろうか。それと同じように、いったいどれだけのインドネシアの若者が、この独立を本当に祝っているのだろうか。62年は長い。オランダ植民地時代のことを覚えている人もどんどんあっちの世へ行ってしまう。そんな中で、どこまで本当のことがこの国で語られていくのだろう。日本もしかり。

b0090333_1143577.jpg 私にとっては戦争は他人事ではない。お爺ちゃんが戦場に行った戦争であり、父の同級生の腹に、B52機から撃たれた爆弾が突き刺さった戦争なのだ。今年の6月に一ヶ月滞在したフィリピンのバギオには、今も80過ぎの日本のお爺ちゃんたちが、その地で散った戦友の慰問に訪れるという。8月はいろいろ考えさせられる。この時期に、アメリカにいたりすると、いったいどんな気持ちになるもんなんだろう。広島や長崎のことを報道したりするんだろうか?それとも真珠湾だけにフォーカスしているんだろうか。
(写真は独立より後の1958年、スカルノ大統領と昭和天皇。昭和天皇はどこを見てるんだ???)

 私の部屋のTVでは映画が始まった。今晩はインドネシアの学生運動の英雄、GIEの生涯を描いた映画、その名も『GIE(ギー)』を放送している。
by midoriart | 2007-08-17 22:08 | Indonesia