Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

6月18日◆「バタアン死の行進」の道を訪ねて

 ついにバギオを去る日がやってきた。この一ヶ月お世話になったキドラ宅のみんなにお別れをいってマリコさんのオフィスへ。バギオからクラークの空港までは、マリコさんが車と運転手を用意してくれた。もともと、最終日にはクラーク周辺に今も残る第2次世界大戦に縁ある場所を巡りながら空港まで行きたいと話していたので、地の利に詳しい人を用意してくれたのだった。
 
 話は、私が2年前初めてフィリピンを訪ね、ナショナル・ミュージアムのコレクションで日本軍の非道な行為を描いた一枚の絵画を見たところまで遡る。初めて知った「死の行進(Dearh March)」の事実・・・。
 昨年フィリピンで初めて開いた個展の作品「The Back of Affection」はこの「デス・マーチ」が大きなモチベーションとなっている。そして今回キブガン村の奥地に入り、お年寄りを訪ねては自分の作品を交換してもらったのも、すべての始まりがこの「デス・マーチ」だった。だからフィリピンを去る前に、縁の地を訪ねたかったのだ。


b0090333_4395157.jpg バギオからクラークへと南下しターラックを越えてすぐに「Capas National Shrine」の標識が見えてきた。ここで大通りを右折して小さな道へ入ると、1キロごとにこの塚が立っている。その名のとおり「死の行進塚」だ。
 

 そして10ペソを払ってフィリピンの軍用地に作られたナショナル・シュラインへ入る。
 ついこの前マニラで4日を過ごしたとき、日中に街中を30分歩いただけで目眩がして喉がカラカラに乾いた。1942年、日本軍の捕虜になったアメリカ兵11,796人とフィリピン人74,800人は、100キロ以上もある長い長い道のりをわずかな食料と水だけで歩かされた。生き残ってCapasに着いたのはアメリカ兵9,300人、フィリピン人45,692人。その後に空腹と病でさらに30,000人の人々がこの世を去ったというからまさに「死に向かう行進」だったといえる。


b0090333_440152.jpg 今日はとてつもなく美しい晴天。ちょっと車から出るだけでもザッと汗が流れ出る。彼らの道のりはいったいどんなだったのか。少しでも列から外れたら打たれ、弱って座り込めばその場で殺されたとうう。今日のため息が出るほど澄んだ青空を眺めながら、65年前の彼らが見た空は何色だったのか想像してみたけれど、私にはわからなかった。ただただ涙が出た。酷いとか、かわいそうとかという言葉では言い切ることのできない切なくてたまらない涙が溢れた。


b0090333_4402671.jpg 記念塔は3本の柱が一つの大きな塔となって天に向かって伸びていた。1982年にバタアン死の行進40年を記念して建てられ、1991年にアキノ大統領がこの場を記念塔として認めた。3つの柱は日本、アメリカ、フィリピン。三国がこの悲劇から多くを学ぶようにと作られたのだと説明があった。


b0090333_4405924.jpg ここからさらにクラークへ向かうと、大通りに面して大きく「神風」と書いた標識が見える。一ヶ月前マリコさんのお迎え車でバギオへ向かうときに見つけて気になっていた場所だ。

b0090333_441123.jpg 入り口には日本語の大きな解説文があった。マバラカット観光局長からの言葉で、
「観光局が神風平和記念公園の建立を推進した理由は、神風特攻隊の栄光を賞賛するためではなく、その歴史的事実を通じて世界の人々に平和と友好の尊さを訴えるためです。このような不幸な出来事を二度と繰り返さないと誓う場所となることを祈念するものです (中略) かつて何の変哲もなく長閑なマバラカットの街が神風発祥の地として第二次世界大戦中の太平洋における戦場で歴史を刻むと誰が想像したでしょう・・・」
とあった。
 日本本土を防衛するための、死に物狂いの体当たり手段「神風戦術」が広まったのが、このマバラカット基地からだということも、今日初めて知った。


b0090333_4412969.jpg フィリピン滞在最後の日に、この二つの場所を訪ねることができて本当によかった。私の文章力では今日感じたことの半分も書き表すことはできない。若い世代がどんどん生まれてきて、第二次世界大戦が日に日に風化していく中で、私はお爺ちゃん子だったこともあって戦争は他人事ではない。人間の狂気がここまでの悲劇を生んでいくことを、その事実があった場所で知り、少しでも感じることができた今日は、私にとってとてもとても貴重な1日だった。


 今19日の午前3時半、シンガポール空港でジャカルタ行きの飛行機(午前7時30分発)を待っている。あと10時間もしたらジョグジャに戻って犬たちと再会して、またインドネシアでの日常が始まる。けれどこの1ヶ月間の貴重な体験は、きっと何らかの形で私の行き方にも影響していくのだと思う。AC効きすぎの寒い寒い空港にて。
by midoriart | 2007-06-19 03:36 | the Philippines