Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

5月18日◆まずはバギオまで

 今回のバギオ行き、インドネシアの陶芸作家ササンも一緒だし、多少過酷でもOKとナメてたらえらいことになってしまった。バギオに着くなりダウン。数日ほとんど食欲ナシ。

 それでわかったこと。
 年相応の旅をすべき。

 今回の道のりはこうだった。
5月17日(木)
19:25発でジョグジャカルタからジャカルタへ。(飛行機で1時間)
22:00発でジャカルタからシンガポールへ。(1時間半、ここで時差1時間)
5月18日(金)
シンガポール時間の00時35分。カウンターで荷物を受け取り、そのまま空港内で夜明かし。シンガポール空港はバリ時代から何度も来ているので詳しい。朝一番の便を待って一晩空港内で明かすくらいのことは平気だったのだけれど、今回の誤算はターミナルだった。

シンガポールにはターミナル1と2があり、1は24時間営業のでかいレストランが入ってたり、リクライニングシートで薄暗くした部屋でいつでも映画上映してる空間があったり、無料インターネットや無料国内電話があるのだけれど、今回シンガポールからフィリピンへ飛ぶのはタイガーエアーという格安エアーで、これに乗るのはターミナル2から、さらにみすぼらしい「Budget Terminal」というターミナルへ移動しなければならなかった。2年前に使った時には、こんなターミナルなかったのに・・・。

今回は私もササンもマニラでのインドネシア若手作家紹介展のため、出品作品を自分たちで運んでいるから荷物はすごい量。これ持ってターミナルの1と2を何度も往復してるのもつらいので、結局はスターバックやマックくらいしか開いてないショボいターミナル2で一晩を明かすことに。

b0090333_23344232.jpg 8時間半のトランジットをスタバで仮眠。とはいってもなかなか眠れない。正面にはバックパッカーの兄ちゃん二人。右に少し見えてるのがササンの足。昔だったら、こんな状況でも平気で眠れたのに、なぜか今回は厳しかった。冷房キツイし。明るいし。椅子は座り心地悪いし・・・。なのでほぼ寝ないままで朝を迎えた。


クラークの空港まではシンガポールから3時間半。格安飛行機なので水すら出ない。飲みたきゃ買えという主義。飲んだら格安じゃなくなる気がして、ササンと二人で意地でも何も飲まなかった。こうして昨日から計算するとジョグジャからジャカルタへ1時間飛行+ササンとジャカルタで落ち合ってシンガポールまで1時間半飛行+8時間半の眠れぬトランジット(さらに冷房効きすぎで凍えた)+格安の狭いシートでシンガポールから3時間半でフィリピンのクラーク空港に到着。
今回のイベントの主催者であるマリコさんがファミリーで空港まで迎えに来てくれていたのでホッと一息つくも、ここからバギオまでは約5時間のドライブが待っている。昨日の夜からず~~~っと移動ってことになる。


b0090333_23352786.jpg 空港の近くでランチをご馳走になった後で、この周辺にはたくさんの日本兵慰安碑があることをマリコさんが教えてくれた。私が1000体ものヒトを作るきっかけとなった「バタアンの死の行進」のルートにも重なっているし、神風の慰霊碑もあるという。今回の私の個展の作品は、背景に実はフィリピンでの日本軍が大きく関わっている。私の大好きだったお爺ちゃんの戦友たちに挨拶すべく、一つの慰霊碑に立ち寄り、手をあわせた。


バギオにつく頃にはすっかり暗くなっていた。考えてみたらマリコさんファミリーも私を迎えるために往復10時間ものドライブをしたってことになる。こんなに距離があるとも知らず、お迎えをお願いしてしまって反省。ホテルに着いたらどっと疲れが出て、とにかく身体を横にして眠りたかったので、募る話や打ち合わせを明日に回して別れた。
腹の減ったササンと外へ出るも、私はダウン寸前。何も食べられないし、店の冷房だけで震えがくるほど寒い。バギオはフィリピンの避暑地だとはいえ、私の体感温度では新潟並み。これは明らかに風邪ひいて倒れる前兆なのでビタミンCを思い切り摂取し、ジンジャーティーを自分で入れて飲み、着られるだけの服を着こんで寝ることにした。


b0090333_2336479.jpg そこまでの体調だというのに、フィリピンの人気ファーストフード、ジョリビーのマスコット、ジョリー蜂君を見たらちょっと元気が出た。前回来た時からこのキャラと一緒に写真を撮りたかったけれど、一人なので撮ることができなかった。早速ササンにお願いしてパチ。
by midoriart | 2007-05-18 23:33 | the Philippines