Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

4月5日◆キブガン村の修行系プロジェクト・イン・フィリピン

 5月の末からフィリピンへ行く。一般にはマニラがフィリピンの窓口で、国際空港も立派になったのだけれど、私の用事はもっとずっと北部なのと、旅費の節約のために、シンガポールからタイガー・エアーという、ネットでのみチケットを販売し、座席も指定されず自由に座り、飲食もしたい人だけがメニューを見て購入、ブランケットも使いたい人だけがお金を払う(逆に言えばいらない人は何も払わなくてイイ)という、割り切りまくりのエアラインを使ってクラーク空港から入る。
 クラークはマニラから北西90キロ、1991年に20世紀最大の噴火といわれたピナツボ火山のお膝元にある街で、旧米空軍基地がある。この基地も噴火の被害に遭い米軍は撤退、その後フィリピンに返還されて今は国際空港になっている。
 2年前に初めてフィリピンを訪ねたときも、この節約コースで行ったので、クラーク空港へ降りたった。ジョグジャの国際空港も「たいがいにしときゃ~よ」(名古屋弁だけどわかるだろうか?)と言いたいレベルだけど、クラークはもっとひどかった。まさに軍の基地の飛行練習所みたいな空港。


b0090333_145522.jpg 今回はこのクラークからさらに北へ4時間ほど行った街、バギオが活動拠点となる。現在も現地の関係者とチャットで打ち合わせ中なのだけれど、主催のNGO代表のマリコさんと話していると、スケールの大きさに驚く。
「迎えに行くから大丈夫よ」
それで所要時間を聞くと平気で
「あそこなら近いから4時間」
とか、
「ミドリさん、温泉好きなんだったら、キブガンの近くにもあるわよ」
「行く~!行く行く、絶対行く~!」
「山を下って2時間風呂はいったあと山を登って4時間それでもよければ」
なんて言ってくれる。


b0090333_145424.jpg 私が野焼きのワークショップと個展のためのプロジェクトを実行するのは、バギオからまたまたバスで5時間奥地に入ったキブガン村。手元にあるガイドブックには名前すら出てこない場所なので、イメージがわかなくて困っていたら、マリコさんが写真を送ってくれた。
 標高も1000mちかくあるようで、水浴びがかなり寒いらしい。インドネシアでもローカルの友達の家に泊まるときにはめったに温水シャワーなんてないから、フツーに水浴びはしているけれど、標高1000は手ごわい。精神修行も兼ねることになるのか。。。


b0090333_1462389.jpg これが今回私と一緒に野焼きをやるセラミック・アーティストのレイ君。お父さんがフィリピーノ、お母さんがアメリカン。もとはエンジニアだったのが、陶芸に転向したらしい。彼とは面識がなく、マリコさんがコーディネートしてくれたのだけれど、ここ何度かチャットでやり取りをしていて、非常に律儀で真面目な人って印象だったので、送られてきた写真を見て驚いた。

 彼とは最初、『国際環境デー』のイベントの中の一つとして、彼が暮らしているキブガン村でのワークショップで関わるはずだった。けれど、何度かチャットで話し合っていて、私が個人的に個展の準備で田舎に入り、ヒトの作品を交換してもらうという話をしたら、面白そうな企画なので是非アシストしたいと申し出てくれた。キブガン周辺の村ではまだまだ人見知りする人が多いし、英語も通じないので、彼のようなミドルマンは確かに必要かもしれない。頼もしい助っ人が現れてラッキー。


b0090333_1465565.jpg「ミドリが村に入ってきて、物々交換したいって言ったら、きっとYAMASHITAの宝だと思うよ」
とレイ君がジョークを言う。
 そう、ルソン島北部、標高1000m級の山に囲まれたコルディレラ地方は実は日本軍とも関係深い場所なのだ。マッカーサーのレイテ島再上陸後、日本軍は追いつめられ、陸軍第14方面司令官の山下奉文大将を頭にして、最後の闘いが繰り広げられたのがこの地方なのだ。
(レイ君のセラミック工房)


b0090333_147429.jpg  結果1945年9月に日本軍は降伏、山下大将はバギオへ移送された。なんでもこの山下大将がずっと隠し持っていた戦争中のお宝がどこかに埋まっているといって、いまだにこの地域では有名な話らしい。実際山奥に入ってお宝探し真剣にしてる人もいると聞く。
 キブガン村にはワークショップとヒト交換プロジェクトのために10日間ほど滞在予定。インターネット環境を聞いてみたら、電話線もないと言われた。本当に陸の孤島・・・。確かに、マリコさんの送ってくれた写真を見たら、電気が来てるだけでもラッキーって感じの場所だ。

 ジョグジャの片田舎でADSLが来たりマイクロウェーブ買ったっていって中途半端に喜んでいる私には、こうした本当の田舎でそこにあるものだけで生活する体験も重要かもしれない。この地方では、今もそれぞれの伝統文化を守り、民族衣装に身を包み、自然と共存して人が暮らしているという。さらに、ユネスコの世界文化遺産に指定された「天国への階段」といわれる棚田もある。本当にキレイな自然を見ることができるのはかなり楽しみだ。
 
 また一方では、山下大将の名がここまで残っているように、レイテ戦の厳しい闘いで日本軍が最後までたてこもり、降伏した地域なので、私はその歴史も真正面から見つめたいと思う。お爺ちゃんっ子だった私にとって第2次世界大戦はけして過去の話ではない。周辺にはたくさんの慰霊碑も残されているというので、出来る限りそうした場所もたずね、お爺ちゃんの代わりに、お爺ちゃんの戦友さんたちを拝みたいと今から考えている。
by midoriart | 2007-04-05 20:43 | the Philippines