Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

3月17日◆飛行機事故裏話:タクシー運ちゃんの怖い話

 話はジャカルタへ出かけた日、3月12日に戻る。
 ジョグジャは空港がわりと近くにあるので、私はいつも家にタクシーを呼んで出かける。所要時間は20分。今回は生々しい炎上事故があったために、一時はビビって予定をキャンセルしたものの、2日前のキャンセルではほぼ全額キャンセル料として支払う必要があるので、往復の50万ルピア(約7,000円)が無駄になる。それも悔しいので結局は利用日を変更することにしたのだった。結局は事故の5日後の出発となった。
 ここからはタクシーの中の会話。

「姉ちゃん、どこまで?」
「空港までお願いしま~す」
「あ・・・  そうかぃ・・・。 んで、今日はどこまで行くんだぃ?」
「ジャカルタまで」
「まさか、ガルーダ使うんじゃないよね?」
「いや~、怖くて・・・。それに私、もともとガルーダは高いから使わないんですよ」
「この前のよ~、うちの婆さん乗ってて、死んじまってよぉ、一緒にいた嫁さんは足折ってまだ入院中だよ。大変だったわなぁ~~~」

「え・・・? 運転手さんの家族が犠牲になったの?」
「お~、婆さんがなーーー。それもよぉ、かなり最初に非常口から出たんだけど、なんせ非常口の高さが3メートル近くもあったもんで、そっから落ちりゃー年寄りゃ死ぬわなぁ」
「じゃあ、焼けたわけじゃないんだ・・・」
「そうそう、早くに降りようとして、高すぎたんだなぁ・・・」


b0090333_14212.jpg そんなふうにして亡くなった人もいたことは、運転手さんの話で初めて知った。
 それよりも、今から飛行機に乗るっていうのに、こんな生々しい話聞かされて、私の心臓はバクバク鳴り始める。これは何かのお告げか???


「姉ちゃんよー、なんでこんな暗くなってから発つんだい?雲もなんだか怪しいしよぉ」
おぃおぃ、運ちゃん、脅かさないでよ。。。

「婆さんは、ジャカルタの孫が見たくてよー、1ヶ月くらいむこうにいたんだわ。向こうの家族がもっといればいいっちゅーのに、年寄りは頑固だから、ジョグジャに戻る戻るってダダこねて、ほんで乗ってみりゃ~あんなことになっちまってよ・・・」
 私はだんだん怖くなって、話をそらそうとした。
「ホント、怖い事故でしたよね~」


b0090333_145240.jpg「そうそう、あれよー、この前ようやく最後の犠牲者が一人、見つかったんだよ。俺の友達が検視官やってるからよー。話聞いたんだ。この友達が、最後の一人も見つけたんだよ」
 もう、この運ちゃん、ほとんど自慢話として話し始めた。


「最後に見つかった一人は、非常口のすぐ近くだったらしいよ。みんなに押されてそこで倒れて逃げられなかったんかねぇ~・・・。とにかく、機体の中で人間の肉が機体にくっついちまって、大変な状態だったらしい」
って~!!!
だからぁ~~~、私は今から飛行機に乗るっつーーーの!

「運転手さんのお婆様の冥福を祈りますよ。これも何かの縁だから、きっとそのお婆様が、今日の私のフライトの危険も、一緒にもってってくれたんだよね。そう思っといてもいいでしょ?」
「お~、そうだそうだ。あんたは大丈夫だ~」
 こんなときは誰にでもいいから「大丈夫」の一言が欲しい。そんなしてるうちに空港に着いた。
「まだ明るいうちだったら、事故のあった場所が空から見れたのになー、残念だな~」
って、そんなん怖くて見れんってばぁ!

 普段は500ルピアの単位までお釣りを請求する私だけれど、今回はもう端数は犠牲になったオバアチャンへの香典だと思ってそのままタクシーを降りた。


b0090333_164970.jpg こうして過去を振り返ってここで書いてるように、結果私は無事にジャカルタへ行き、生きてジョグジャまで戻ってきている。昨年のジョグジャ大地震にしても、今回のような飛行機事故にしても、本当に、こういったことに巻き込まれるかどうかなんて、人間誰にもわからない。じっと家にいたって、地震がこれば安全とはいえない。そう思うと、ここまで元気に事故にもあわずに生きてこられたことが、すでに奇跡のようにも思える。

「あなたが虚しく過ごした今日という日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日」
という言葉がある。ついつい忘れがちだけれど、今日も生きて太陽を見ることができたこと、それだけのことに感謝して暮らしたいものだなーと心から思ったのは、タクシーの運ちゃんと、そのオバアチャンのおかげだった。
by midoriart | 2007-03-17 21:02 | Yogyakarta