Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

自衛隊の朝礼見学

今朝は前から一度見てみたいと思っていた自衛隊の朝礼を見に行った。毎朝、宿舎の庭で7時50分から始まると聞いていたので、7時からスタンバイ。先遣隊が5月末日にジョグジャにやってきて、その後6月5日に150余名の本隊が入った。これまでほぼ毎日なんらかの形で自衛隊宿舎に出向き、短時間ではあるけれど上層部の方々のアシストをしてきたけれど、全員をまとめて見る機会はなかった。私が宿舎(司令部を兼ねている)に行く頃には、お医者さんたちはすでに診療所へ出かけているので、私が見るのは補充関係の人たちだけだった。
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 ところが、今朝庭で立っていると、くるわくるわ迷彩の嵐。「おーーこんなにいたのか!」とまずは量的に感動する。ジョグジャ被災地の2箇所で開設した診療所も、自衛隊帰国を前に、すでに閉所式を終えている。診療がまだあった頃、朝礼が始まる時間にはお医者さんたちはとっくに診療所へ向かっているので、パラパラっと隊員がいるだけだったらしいけれど、ちょうど私はいいタイミングで行ったので、全員をまとめて見ることが出来た。
 パシッと敬礼してるとやっぱカッコイイわ。それぞれの担当が今日の伝達事項を前に出て話す。班ごとに並んだ隊員がそれを聞いてメモったりしてる。ちょっと違うけれど、一般ピープルの私は、修学旅行を思い出した。ちょうど帰国が迫っているので、
「パスポートや出国カードをなくさないように~」
って話だったし。内心ラジオ体操とかもするのかと思っていたんだけれど、それはなかった。

 b0090333_12431153.jpg 宿舎前に停まってた車を見ていたら、先遣隊の一人がやってきて
「それねー日本から持ってきてるんですよ。記念撮影しておいたらどうですか。じゃーいきますよーーー」
って撮ってくれた。あ、どもども。。。って感じでパチリ。
 
 30分くらいの朝礼が終わって、いつもアシストをしている補充班の皆さんに会ったら、ちょうど必要な物資を購入に行くところで、できたら一緒に行けないだろうかと言われた。あと2日間のお努めなので、私はいつでも彼らのアシストができるよう時間はあけてある。午前中はジョグジャ市内で補充班が必要物資調達するのを手伝った。


 昼からはフリーになったんだけれど、すみません。今日は作品作ってましたー。あと、日本の美術雑誌に掲載するための原稿がなかなか終わらなくて、こっちを何がなんでも仕上げてしまわないといけなかったのだ。ブログには毎日あまり苦労なく報告文が書けるんだけど、美術の原稿となると、よほど頭をきちっと切り替えないことにはなかなか進まない。制作もどっちかというとそうで、いったん気持ちや思考回路をかっちりチャンネル変更しないと、どーも頭の中が「こどもプロジェクト~・・・」とか「今日の調達ってもう全部終わったっけ~」とかになっているから困る。

b0090333_12452232.jpg 被災する前の私の記事を読んでくださった人はご覧になっていると思うけれど、ジョグジャ地震が5月27日だったでしょ、私は5月23日から始まったジャカルタ・ビエンナーレという大型展覧会に出品しているのだ。その作品設置と展覧会の開会式のためにジャカルタに行き、ジョグジャに戻った翌々日に被災したってわけ。もしこの展覧会がもっと後で、私の陶の作品がまだ自分のスタジオに残っていたら、全部が被災していたことになる。それだけは本当に不幸中の幸いだったと思う。
 で、今度のマニラの個展でも、このペンギンのようなヒトを使ったインスタレーション作品を計画している。ただ、ジャカルタへ持っていった270体のヒトは900度という弱い温度で焼いたテラコッタ、これだとかなりもろい。ジャカルタへ送っただけで20体はお陀仏だったくらい。だから今度マニラへこれをもっていくのはかなり危険だなー・・・と思って、陶に変わる素材をいろいろ考え、今回はマニラ使用としてファイバーを使うことにした。 

b0090333_12455457.jpg ちょうど私が通っていたジョグジャカルタ国立芸術大学彫刻科のずっとずっと先輩にあたるオッチャンが、パブリックアートのでっかいファイバー彫刻とかを仕事にしていて、こまごまとした土産物用の立体なんかも手がけているので、このオッチャンに相談。私が今までに作った陶の作品をモデルにして型をおこし、ファイバーで1000個作ってくれることに決まった。これならマニラまで無骨に運搬されたって割れることはない。早速サンプルに一体作ってくれたので、工房へ見にいってきた。できてたのがコレ。
 ファイバーなのでまだ艶があるんだけれど、これは後でマットなコーティングをしてもらう。私がひっかいたり削ったりしたかなり細かいディテールまでちゃんと復元できているので安心した。これで後はオッチャンとこの工房で大量生産されていくのを見守るばかりだ。ホッ。このヒトがとりあえず1000体、後は布を使った立体をプラスして作品になる。今はこの制作、自衛隊アシスト、こどもテント・プロジェクトと、頭を3つに分けてるんだけれど、あさってには自衛隊の皆さんが帰国するので、制作にかける時間がちょっと増える。
 でも、本当は自衛隊行っちゃうの淋しいんだなー。今回彼らのアシストをして、いろんな隊員の方を見て、ホントにイメージ変わった。被災地にあって、彼らといると本当に心強かったし、彼らの現地の人に対する友好的な態度も、私はインドネシア人側から見ててとても嬉しかった。みんなの憧れるパイロットしてるのに、フツーに話してたら心優しいそのへんにいるオッチャン的だった空のおじさんたちとか、幕僚のすげー偉いさんなのに、私や地元運転手さんにも頭の低い上層部の皆さんとか(このあたりの方々で私と同い年くらいなので、オッサンとはいいにくい)ね。
 今、彼らが日本に戻っても、きっとそっちじゃーイラクの話やワールドカップで盛り上がっちゃってるだろうけれど、帰国のニュースなんかあったら「お疲れさん」って思ってあげてほしいわ、本当に。

 というわけで、今日は東からの報告もなかった。週明けに物資調達とロケーションのことで話し合いすることになってるので、もう少しお待ちを。
by midoriart | 2006-06-18 23:40 | Jawa Earthquake