Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

Passing on Distance:東京巡回展

 2005年6月に名古屋NAFギャラリーで開催された「パッシング・オン・ディスタンス~インドネシア90年代後半の若手作家たち~」展は、福岡アジア美術館の元学芸課長(現九州大学教授)後小路氏のサポートにより、今年春に東京へ巡回した。2004年の正月に企画が決まったこの展覧会、思えば長い道のりでここまできたものだ・・・。
 巡回会場になった東京で老舗のベイスギャラリーは最近茅場町に引っ越した。U氏とは長い付き合いであるギャラリーオーナーが、この企画をそのまま展示してくださることになったのだ。本展覧会のチーフキュレイターでありバンドン工科大学講師である友と、展覧会開催の6日前に帰国し、まず最初に昨年7月以降名古屋にある私のスタジオ(今となってはもう倉庫化している)に保管していた5名のアーティストの作品のコンディションを確認した。そして予算節約のため、夜行バスで東京へ・・・。
 何年かぶりに桜が見れると楽しみにしてきたのだけれど、3月半ばの東京はまだまだ寒い。息が白い!歯を食いしばってしまうから肩が凝る!インドネシア人の友人も動きが鈍くなっている。日本の気温に身体を慣らすのにまず時間がかかった。数日もすると二人の顔面はピキピキとひび割れ、笑うと顔が痛くなってきた。慌ててオリーブオイルを購入、ギラギラするまで顔に塗りたくって対処した。
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 3月23日に始まった展覧会には、思った以上にたくさんの人が来てくれた。アジア美術に興味をもつ人がこれだけいたとわかり、嬉しいことだった。なんといっても今回一番の驚きは、すべての作品が売れたこと。我々が選考した5名の作家のうち、1名はすでにインドネシアで買い手のついた作品を出品していたのだけれど、残る4名の作品はすべてベイスギャラリーで人手に渡った。
 もともとこの展覧会は、長くインドネシアのアート・シーンに身を置いている私にできることは何かを探る一つの方法だったので、展覧会をして作品を売るなんてことは頭になかった。名古屋一会場で開催する予算を切り詰め、なんとか東京へ巡回させたのも私の勝手といえば勝手。今回も我々は互いに自己負担承知での日本行きだった。もし作品が売れなければ、インドネシアへの返却も我々の手荷物にしたり、できるだけ負担を減らすように考えるつもりだった。
 そんな状態だったので、作品が売れたいうことは、まず第一に「作品返却費用を捻出しなくてよかった!」という喜び、そしてこれだけ長期に渡って作品を貸してくれていた作家達に対しても、いい報告ができるという安心感で、ダブルに嬉しかった。

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 で、いったいどんな人が作品を買ったのか。きっと皆さん気になっていると思うのでお話しすると、なんでもベイスギャラリーの常連コレクターではないらしい。まずオープニングの夜に1点を購入した男性は40歳前半くらいで商社マン。美術が好きで出張先のアジア諸国でも気に入ると買うらしい。次にコカ・コーラの日本代表というベルギー人のおじ様、彼はバンドンの町並みを描いたディディックの平面作品を見て、
「オ~、コレ、ワタシワカル。バンドンネ。ワタシ、マエニ スンデタ」
ってことで、懐かしさもあってご購入~。この作家のランドスケープ・シリーズの残りはベイスギャラリーが購入を決めた。
 その次に、私が一番悩んでいた作品、アルミニウムで200個の舌型のレリーフが壁に並んでいるものに買い手がついた。これは今回の作品の中で一番重量があり、作家に返却となると相当費用がかかるためにビクビクしていた作品だったのだ。こちらも40歳代男性、最近家を新築したので、そこに飾りたいとのことでご購入~。さすが東京、こうした一般人がフツーに美術作品を買うのだなーと驚いた。
 全体に作品価格が低かったために手が届きやすかったのか、商業画廊としてのベイスギャラリーの腕なのか、はたまた、作品そのものの持つ魅力のためか(これが理由であったら私はとても嬉しい)、とにもかくにもいい形で一つの展覧会が幕を閉じた。
 企画段階では我々企画者二人で、
「最終にはインドネシアで帰国展だ!」
と意気込んでいたけれど、ちょっと休憩。人のお世話も結構疲れる。今は人の作品の世話よりも、自分の作品制作に時間をとりたいと思う今日この頃なのだった。
by midoriart | 2006-04-18 03:29 | Art