Culture & Art Report from INDONESIA


by midoriart

3月5日◇ジョグジャ挨拶回り

 ジョグジャにはたくさんの外国人が住んでいる。もちろんバリほどではないけれど、現地の人と結婚して住んでる日本人妻もいれば、起業してたり、日本の会社から派遣されてる人、JICAなどで数年だけ暮らしてる人もいる。インドネシアで才能あるアーティストをたくさん輩出している国立芸術院(私の母校でもある)には染色、美術、舞踊、音楽などの分野からたくさんの留学生を抱えたりもしている。
 こうしてジョグジャにやってきて数年で帰国する外国人たちは、よくフェアウェル・パーティなるものを開く。どっかのカフェを借り切って、バンドでも入れて、みんなを呼んで送別会とするって方法。でも、なんか私はこれが好きじゃない。日本だったらどうかしらないが、インドネシアの場合は、普段の展覧会オープニングを見てもそうだけど、そこで用意される食べ物やアルコール目当てでやってくる輩も多い。私は世話になってんだか世話焼かされたんだかわからないような人々がわいわいやってきて、話したい人ともゆっくり話せないようなパーティよりも、本当に最後に一言交わしたい、ちゃんとアリガトウとサヨナラを言いたいって思える人にだけ、直接家を訪ねていこうと決めていた。


b0090333_1572524.jpg マイカーも売れてしまったので足がない。いつも飛行機のチケット手配をお願いしていたエージェントに、今日1日のレンタカー&運転手を格安でお願いした。まずはここの皆さんにも挨拶。


b0090333_1581841.jpg 昨日のうちに挨拶ツアーの道順は決めておいた。まずは彫刻家の先輩にあたるYusara Martunus。彼の作品は私が企画して日本で開催したインドネシア若手作家展『Passing On Distance』でも紹介した。私が大好きなスマトラ出身アーティストの一人。


b0090333_1510759.jpg SテディD。東京でも紹介されたことのあるアーティスト。知り合った頃はクレイジーでクレイジーで、酔って記憶なくした状態でうちになだれ込んできたこともあった。でもアルコールが抜けている時には異常に真面目でシャイ。いかにも「アーティスト」らしい彼も、数年前に結婚し、父になったら随分としっかりしてきた。
 男性としては「う~~~ん・・」だけど、制作の姿勢からしたら私がすっごく尊敬してるテディにも最後に挨拶。一番最新のカタログに「親友、ミドリヘ」と記して私にくれた。


b0090333_15125120.jpg 最初に訪ねたYusraと同期の彫刻家。立体よりも自分を描いた平面で評価され、最近はどこの展覧会にも引っ張りだこのBudi。ジョグジャに来て最初に呑みに連れて行ってくれたのが彼だった。
 いまやインドネシアのアートバブルに乗り、こんな立派な家を買っちゃえるくらいになった。すごいなーブディ。


b0090333_15143328.jpg ちょっと街中まで戻り、過去数年に渡って世話になってきた印刷屋さんに寄る。一番若いスタッフのAdeにはイラストレーターやフォトショップの使い方を学び、私がジョグジャカルタ市観光局から依頼されて発行していたジョグジャの日本語情報誌『Jogja Surfing』もここで印刷してもらった。さらに私の愛車スターレットを買ってくれたのはここのオーナーYonoさん。


b0090333_15162829.jpg 日本で何度も展覧会をしてるインドネシアの現代美術界ではもう重鎮クラスになっちゃったAgus Suwage。彼とは同じ頃にジョグジャで暮らし始め、音楽好きという共通点から、毎晩のように家に遊びに行っては、一緒ギターを弾きまくったものだ。最近はそんな楽しい夜を過ごすこともお互いなくなっちゃったけど、久しぶりにこうやって会って語ってると、あの頃が懐かしい・・・。


b0090333_1518429.jpg MES56、写真家集団が共同生活し、手前のスペースを展示空間として運営している。去年福岡あじあ美術館で開催されたトリエンナーレにも出品したAngkiと別れを惜しむ。


b0090333_15192752.jpg 丸1日のツアーで会っておきたいと思ったほとんどの友に会うことができた。家に戻り、10年間のお隣さんであったおじちゃん・おばちゃんにも挨拶。町内会長でもあったおじ様はとってもやさしくしてくれた。

 あっという間にも思えるけど、10年ったら長い。同じように繰り返してきた毎日が10年分積み重なる中で、これだけの友達をつくって、いろんなことを体験してきたんだなーとあらためて感慨深い1日だった。
by midoriart | 2010-03-05 22:01 | Yogyakarta